アートプロジェクト探訪
アートは陰の力。島おこしの主役は島民
「アートの力を借りないとだめなんだけれども、アートはなくてならない陰の力であって、主役は島の自然や島民なんです」と、「島を美しくつくる会」の副会長を務める民宿さざなみの鈴木喜代司氏は語る。「アーティストは自然を引き立て島に付加価値を付けてくれる。その財産を生かして、島をおこすのは島民たちの役目です。食材を紹介したり、弘法ロードを整備したり、自分たちができることを行なっています」。祭りが復活し、長らく太鼓を守ってきた長老たちが師匠となって、島の若い人たちから小中学生へと再び世代順に受け継がれるようになった。
一つひとつの作品に思い出がある。《大葉邸》では、かなづちで石を割り、庭に敷き詰める作業を手伝った。海岸から大量の石を軽トラックに積み、細い路地を一輪車で運ぶのもきつかった。「だけど楽しかったですよ。『白い部屋』は中に入ると、島におる人間でも感動します。煙草を吸ってはいけないんだけど、一人で一服したいくらい。ガラスを通してくる自然の色合いとか、香りを感じたい。アーティストはこう見てくれとは言わないので、お客には『私はこう感じましたけど』と言って話します。一緒につくっているとアーティストの思いが伝わってくるから、作品が少し理解できるようになったり、繰り返し見て楽しめたりしますね」。
島民から見れば佐久島にはアピールできるものはそんなにないと思っていたが、いまあるものを磨き上げることによって、お客が自分で何かを見つけてくれることを知った。「船の最終便まで2時間しか滞在時間がなくてもやって来るし、また来たいとも言ってくれる。自然を肌で感じられ、体験できるアートがあるからなのでしょう。都会から来る若い人たちも本当に来たくて来てくれるからマナーがいいんです。いつも自然に触れていない分、自然を大事にしてくれる」。
潮風から保護するためにペンキより安価なコールタールで塗った黒壁も、集落の雰囲気が良いと誉められて意識するようになった。そこで「島を美しくつくる会」がコールタール(現在は環境に配慮して水性ペンキを使用)を提供し、塗れる人は自分で塗り、塗れない人の家はボランティアで塗りましょうと提案。ボランティアの募集には400人近く集まった。「(解体には費用がかかるため)集落にはそのまま残され朽ち果てた空家もある。僕らは見せたくないんですよ。でも、ボランティアの人はそれを見て『この1回のペンキ塗りでも長持ちできればいいな』と考えてくれる。復旧するまでに3年かかりましたが、お金をたいしてかけなくても島に昔からあったものを生かすことができました」。
もちろん島民のなかにもいろいろな考えがあり、葛藤もある。「全員が同じ考えなんてあり得ないから異を唱える人がおってもいい。そういう場合は横道にそれても反対の理由を聞きます。ハード事業はつくってしまったらそれをどうにかしないといけないでしょう。でもソフト事業であれば、立ち止まりながらやれる」。
島民がつぶやいた言葉を引き立てることで、新たな輪ができることもある。《佐久島のお庭》を梅園公園にしたのも島民の一言だった。「梅なら花が咲くし、落葉樹は海に栄養素を与える土壌をつくることができる。実ができたら収穫祭ができるよ」と言ったその人がメンバーを集めた。一色町のライオンズクラブも島外から苗や人員を提供。松岡もそれを応援するように、オブジェを制作した。「お返しの気持ちを表わそうと、じいさん、ばあさんが梅干しのおにぎりとあったかい海鮮味噌汁を出すんです。みんなで集まって朝4時から仕込むので大変ですけど、ボランティアの人たちも私たちにとってはお客さんですから」。
「島が振わないのを行政のせいにする人もいるけど、一方で自分たちはなにをやったか。人が来ないのは渡船が少なくて不便なせいではなかったのです。まずは自分たちにしかないものをつくることが大事。自然のキャンバスは春夏秋冬いろいろな景色を見せてくれる。冬には島水仙が咲くので、山から裾野に植え直して見えやすくしました。水仙の香りを嗅ぎながらアートが見られるって感動してくれるんですよ。僕らにとってはただの田舎道。昔は踏んづけておった水仙も、今はもう宝だね(笑)」。
現在の島民人口は300人弱、高齢者率はその5割を超える。しかし、島外との交流からヒントを見出し、遊びや癒しといった「場」をつくるようになった。それにはいいところばかり見せるのではなく、よくない部分も見てもらう。例えば、本土からの漂着ゴミはかたづけても1日経つとまた流れてくる。「観光で来た人にもペットボトル1個でも拾ってもらって、島の人々の気持ちをわかってもらえればいいなと思うんです」。作品の周りの雑草は、夏場は刈っても1週間で10センチは伸びる。それが自然の力であり、除草剤を使えば簡単だが、島の自然に反することになる。常に完璧な状態で見せられないのは残念ではあるが、プロジェクトの予算や人手が足りない島の現状でもある。
「それまでアートに興味なんてなかったけれど、いろいろなものの見方や考え方を教えてくれたのはアートだった。アートじゃなければうまくはいかなかったと思います。アートファンは日本の人口においても少ないし、即効性はない。でもびっくりするくらい不思議な力がある。ハード事業では短期間で成長してもまた下がるときがくる。するとまた投資しなければならない。ソフト事業はやればいろいろな発想が出てきます」。役場にはいいことも悪いこともどんどん言ってコミュニケーションをとる。「こんなに自治体とうまくいっているところはない」とも言われるそうだ。
「観光」とはなんだろうか
今後は作品を増やすことよりも椅子を制作する「すわるとこプロジェクト」などホスピタリティを整備していく。また「弘法プロジェクト」を進め、八十八カ所巡りを復活させることを目指している(2011年2〜3月には建築家の小川次郎と長岡勉の新作を公開)。また、現在、西尾市、一色町、吉良町、幡豆町の1市3町の合併が2011年4月1日を目指して協議されており、佐久島も新たな局面を迎える。
一時的なブームにしないために、さらにお客を増やすのではなく、いまのお客を持続させるための工夫を凝らしている。佐久島にもプロジェクトの代行をもちかけるエージェンシーは多数来るが断っているという。代理店が儲けて地元の人が苦労しても意味がない。それなら自分たちの手で産みの苦しみを味わうべきだと考える。メディアにはアピールしたい点を必ず伝えるし、自分たちでも毎月編集会議を行ないインターネットの情報を更新している。
地域活性化と結びついたアートは、いま「観光」という側面を与えられている。アートの観光化を嘆くような声も時に聞かれるが、アートの側からこれまでの「観光」を問い、変えることもできるのではないだろうか。観光客が受け身ではなくどのように観光するのか、観光とはなんなのかあらためて考え直すチャンスでもある。「あいちトリエンナーレ」から足を伸ばしてみてはいかがだろうか。
三河・佐久島アートプラン21
会場:愛知県一色町佐久島
*10月3日「佐久島太鼓フェスティバル」、11日「かしや餅づくりと大葉邸茶会」、15日「秋の大祭」などを開催