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2011年、美術の展望

2011年01月15日号

執筆者一覧

阿部一直(山口情報芸術センター[YCAM])飯沢耕太郎(写真評論家)五十嵐太郎(建築批評)大向一輝(国立情報学研究所准教授)影山幸一(ア-トプランナー)鎌田享(北海道立帯広美術館)木村覚(美学、パフォーマンス批評)小吹隆文(美術ライター)酒井千穂(美術ライター)坂本顕子(熊本市現代美術館)SYNK(デザイン批評チーム)須之内元洋(メディア環境学、メディアデザイン)住友文彦(キュレーター)角奈緒子(広島市現代美術館)中井康之(国立国際美術館)能勢陽子(豊田市美術館)日沼禎子(国際芸術センター青森(ACAC))福住廉(美術評論家)光岡寿郎(メディア研究、ミュージアム研究)村田真(美術ジャーナリスト)山口洋三(福岡市美術館)鷲田めるろ(金沢21世紀美術館)

*各掲載箇所の氏名をクリックすると詳しい略歴をご覧いただけます。

鎌田享(北海道立帯広美術館)

地方公立美術館の行く末

 この数年、頭に貼りついて離れないのは「地方公立美術館の行く末」である。運営体制の変化や予算の削減といったことは、もういい。いやよくはないが、それ以上に切実な疑念が頭をもたげる。公立美術館は、いまなお求められているのだろうか?
 帯広市内のある中学校で、美術館は必要か否かというアンケートを行なったところ、“不要”との回答が4割強を占めたそうだ。筆者が子どものころには、文化や文化施設は、良いもの・必要なものというのがデフォルトであった。所詮は建前だったのかもしれないが、建前が通じなくなっている。
 公立美術館は特別展というイベントの会場として、人々に認識されてきた。されてきてしまった。それを更新するために、コレクションの活用やアウトリーチ活動を繰り広げ、社会における美術館の存在意義を語ってきた。しかし強固な一般認識は、容易には打ち崩せていない。
 公立美術館は地域の美術を発掘し調査し、作品を収集し展覧会に結実してきた。そのいくつかは識者のあいだでも高く評価されている。しかし地域の住民に、その底意が届いているのか、ただニッチを探る活動と受け流されていないか、そんな不安すら浮かんでくる。
 公立美術館が対象としうる領域と、現在のアート状況との、乖離もある。調査・収集・保存・展示・教育普及という美術館=ミュージアムの活動はいずれも、「モノとしての美術」に立脚するからこそ成立する。しかしインスタレーションにしろワークショップにしろサイトスペシフィックにしろ、現在注目を集めるのは「コトとしてのアート」である。ミュージアムはそこにキャッチアップできるのか? 例えばインスタレーション。これは仮設のものだから、収集も保存もできない、理論上はそうなる。
 公立美術館のネットワーク、美術館連絡協議会の加盟館はいまや130館に達しようとしている。しかしそれらが10年後20年後もミュージアムであり続けることは、可能なのだろうか? そして必要とされるのだろうか?
 モデレートなミュージアムを一方に置く。「モノとしての美術」が現に存在し、今後もおそらくは生成され続ける限り、それは必要であろう。しかしその一方で、ミュージアムのくびきから離れる館があってもいいのかもしれない。教育普及に特化し人々が美術・アートに接する入口機能に注力する館。「コトとしてのアート」のみを対象とする館。そうした施設はすでに存在するけれども、ここであらためてすべての公立美術館は、その機能と意義を確認し、解体し、地域と時代の状況にあわせて分節していく必要があるのかもしれない。そこまで踏み込まないと、公立美術館は社会から遊離してしまうのかもしれない。
 うん、暴言かも、しれない。

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木村覚(美学、パフォーマンス批評/日本女子大学専任講師)

「つながり」の可能性

 具体的な例はあげられないのだけれど、今年も僕が楽しみにしているのは、異なるジャンルのアーティストが協働して作品やイベントを制作する企画から生まれてくるものについてだ。「つながり」の可能性は近年さまざまなかたちで試みられている。たんに「つながれた」ことから生じる一過性の高揚感よりも、そこで求められるのは、異なるジャンルから刺激されることであらわになる、自らの芸術表現のもつ潜在的な力であり、そこから新たな異形の存在を生み出すことだ。それは批評的であるということ。自らを批評するフレームを他者から借りてきて、自らを反省し更新すると同時に、鏡に用いた他者のフレームをも批評すること。安易な結論に着地してしまうのではなく、そうした批評の運動が活性化され研ぎ澄まされてゆく過程こそ、僕が見てみたい光景だ。たとえば、昨年の小林耕平とcore of bellsとのパフォーマンスは、そうした光景のひとつだったのかもしれない。強く、恐ろしくさえある問い。そうした問いが投げかけられる現場に居合わせていたい。いや、「居合わせたい」なんて傍観者の振りをしている場合ではない、彼らと僕とは(批評家である以前に、有名無名関係なくTwitterなどのメディアによってメッセージをダイレクトに発信/受信しうる時代の人間であるという意味において)「つながり」うる関係なのだから。僕もこの批評の運動の渦中で、自分の立場から、すぐれた「問い」を発信しなければ、と思う。

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小吹隆文(美術ライター)

2011年の関心事

 昨年、私が住む関西では、アートフェアの増加、京都在住の若手アーティストたちによるオープンスタジオの一斉開催、地域を舞台にしたアートイベントの隆盛など、アートをめぐるバラエティに富んだ展開が見られた。それらが今後も継続して市民権を得るのか、それとも一過性の流行に終わるのか、結論を出すにはあと2〜3年の時間が必要だろう。
 ただし、関西では貧弱な現代アートマーケットの底上げを図る催しが、今後も継続されるのは確実。まだ詳細は明かせないが、既存のアートフェアとは異なる新たな活動が年内に行なわれるとの情報を得ている。私が伝え聞いた通りの内容であれば、業界にそれなりのインパクトをもたらすであろう。
 一方、昨年末に大阪の老舗だった信濃橋画廊が閉廊したことを受けて、改めて貸し画廊の存在意義や、アーティストとマーケットの関係を語り合う時期が来ているように思う。アーティストや画廊から、それらに対する具体的な行動や提言が起こることを期待している。

2011年のプロジェクト、執筆予定の著書など

 2011年に私が直接かかわるプロジェクトといえば、某アートイベントの審査員を頼まれているぐらいで、ほかは特にない。これまで通り、日々画廊や美術館巡りを続けることで、底辺からの報告を続けていく。


京都オープンスタジオ2010アートフェア京都瀬戸内国際芸術祭 2010

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酒井千穂(美術ライター)

2011年の関心事

 2010年5月、ホテルのワンフロアを使って開催された「アートフェア京都2010」や、重要文化財の指定を受けた邸宅を会場に開催された「超京都 現代美術@杉本家住宅」。京都では昨年、この二つの大きなアートフェアと同時に、80年代生まれの4人のメンバーで構成された0000(オーフォー)が催した「¥2010 exhibition」も注目を集めていた。その後も、昨年はことあるごとに彼らの活動が話題にのぼる機会に接した。その存在はいろいろな意味で京都の芸術系大学で学ぶ学生たちや、若いアーティストたちに影響を与えているだろうと思うが、だからこそ、京都を拠点に制作・発表を行なっている他の作家たちの活動がこれまで以上に気になっている。
 また、昨春オープンした、京都市立芸術大学のギャラリー@kcua。伝統をふまえながら次世代を担う新しい表現者たちを育んできた歴史ある大学機関のサテライトは、これからどのような交流を広げる場となっていくだろうか。その、京都市立芸術大学出身の作家たちが多く共同アトリエを構える桂や太秦地区で、複数のスタジオの一般公開と展覧会やイベントを開催する京都オープンスタジオも今年は三回目。もっと前から開催されていたような、もはや浸透した親しみがある。制作の空間を共有する作家たちの関係が如実に表われたアットホームな雰囲気に触れるせいもあるだろう。作品と場所とそれに関わる人が切り離されず、直接交流をはかり、等身大の作家の生の日常の感覚に近づきながら作品を鑑賞する体験は貴重だ。
 昨年は、寺島みどりや池上恵一も、自宅兼アトリエを同時公開するオープンスタジオ「鞍馬口美術界隈」を行なっていた。こちらの場合はアーティスト同士が「ご近所さん」であったことがきっかけ。これも京都ならではだ。華やかなアートフェスティバルやイベントによってアートマーケットの拡大、経済活動の活発化をはかる動きが起こっている一方で、このように、ゆっくりと、しかし着実に個々がつながり、新たな関係と交流をはかっていく活動が京都ではより活発になってきた。
 今年、特に活動に期待している作家たちの多くが伝統という言葉と深く関わっている。画材を製造する産業の衰退や、稀少化する原料、技術継承の現状などの問題についても積極的に考え、自らも取材調査を行なっている吉田翔。現在は複数のアーティストたちとともに、モノクローム表現の展開の可能性を探る企画展を計画しているという。釉薬を何度も重ねて陶板に描いていく陶板画の制作を続けながら、老舗の和菓子匠と茶事にまつわるイベントやワークショップも開催している河原尚子、西陣の箔屋の跡継ぎとして修行するかたわら、箔を用いた自らの表現に取り組み、地道な発表を続けている野口琢郎など。
 また、京都のアートシーンを牽引する存在として知られるneutron kyotoが開業10年を迎える今年、その店舗を完全に閉店し、新たな活動展開のための準備に入るという。作り手と受け手、それらをつなぐ方法や場所。京都では表現をめぐってさまざまなことが動き出している。今年も京都はいっそう騒がしくなるだろう。

2011年のプロジェクト、執筆予定の著書など

 美術家のムラギしマナヴさん、中村協子さんとともに立ち上げた、NPO施設「アトリエとも」での計6回の展覧会プログラム「スコップ・プロジェクト」を終え、それらの結果と活動を複数の視点から検証するリポート記録集を作成公開予定。“アウトサイダー・アート”という括りではなく、現代美術に関わる立場からアートと福祉の関係について現状を考察し、今後の活動につなげたい。


小沢さかえ展「指先から銀河」展示風景(9月)


ムラギしマナヴ展「HEART OF GOLD」アニメーション制作ワークショップ会場風景(10月)
フジタマ×山西愛 展「みんなひっかかる」ワークショップ会場風景(12月)

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坂本顕子(熊本市現代美術館)

2011年の関心事

 筆者の拠点とする九州そして熊本におけるキーワードは、「交通」そして「交流」ではないだろうか。「交通」では、まず一番に、2011年3月12日の九州新幹線の全線開業があげられる。熊本駅前東口広場を西沢立衛(2011年暫定完成)、西口広場を佐藤光彦(2011年完成)、熊本駅舎を安藤忠雄が手がけることが話題であり、くまもとアートポリス事業に代表される県下のその他の建築物とあわせてのアートツーリズムや、サービスやソフトの開発が期待される。
 さらに、新大阪〜熊本間が2時間59分で結ばれる見通しとなることから、関西圏を中心とした多くの観光客の来熊が見込まれ、これまでささやかなマーケットを相手に美術文化を「地産地消」していたものが、より大きなパースペクティブをもって考えていく必要に迫られている。それと同時に、高速道路の料金値下げなどから、九州の他都市を活動圏としてとらえることも可能となっている。
 また、「交流」においては、スマートフォンの普及とあわせて、情報ツールとしてTwitterやブログ、Facebookがより標準化されていくだろう。とりわけ、地域的なハンディキャップのある九州のアーティストやオルタナティヴ・アートスペースなどにおける、文化的な「時差」をある程度解消するのに有用である。そういったツールで知った新たな情報をもとに、人々がスムーズでリーズナブルに移動を楽しみ、他の都市の個性的な美術文化を発見し、さらにそれを自らがひとつのメディアとなって発信していくような循環系がさらに成熟していく姿を見つめていくことを、ひとつの展望としたい。

2011年のプロジェクト、執筆予定の著書など

 京都服飾文化研究財団のアーカイブを活用した九州で初となる本格的なコスチュームの展覧会「ファッション──時代を着る ウォルト、シャネルからコム・デ・ギャルソンまで」および、九州新幹線全線開業を記念した夏のワークショップ、また2012年の熊本市現代美術館開館10周年を記念したプロジェクトの準備を予定している。

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SYNK(デザイン批評チーム)

2011年の関心事

 2010年は、ひとつの企業のデザイン、あるいはブランドの歴史を振り返るタイプの大きな展覧会があまり見られなかった一方で、小粒ながらも、デザインが社会で果たす役割、可能性、未来を示す提案型の展覧会が注目を集めたと思う。たとえば、発展途上国が内包する多くの問題に対してデザインによって何が解決可能かという視点からさまざまなアプローチを紹介した「世界を変えるデザイン」展は、東京ミッドタウン・デザインハブ[開催:5月15日〜6月13日]とアクシス・ギャラリー[開催:5月28日〜6月13日]の会場に1万9,000余の人を集めたという。
 特定の企業が関わる大きなデザイン展がないのは現在の経済環境を反映していて、そのこと自体は憂うべきことなのだが、この状況は相対的に見れば、小規模であっても質の高いよく企画されたデザイン展に人びとの関心を集める絶好の機会でもある。そのような場からデザインを通じてどのような提案が発信されるのか、今年も注目していきたい。(SYNK/新川)

2011年のプロジェクト、執筆予定の著書など

・2010年10月〜(財)国際高等研究所研究事業「アジア・デザイン・エンサイクロペディア」プロジェクト参加研究員として参加しています。(金相美)
・英国のデザインと美術を中心に研究しています。今夏はロンドンに海外派遣、V&Aで調査してきます。(竹内有子)
・経済や経営を学ぶ学生にデザインの歴史を教えています。彼らのモノを見る目が少しでも変わるといいなと思っています。(新川徳彦)
・2月に21_21 DESIGN SIGHTで開催される「倉俣史朗とエットレ・ソットサス展」図録に寄稿しています。(橋本啓子)