会期:2024/03/09~2024/03/10
会場:京都芸術劇場 studio21[京都府]
京都芸術大学共同利用・共同研究拠点形成事業「2023年度テーマ研究Ⅰ|舞台芸術を用いた〈他者〉との対話の場の構築と継続―旧真田山陸軍墓地を巡る二つの創作を通して」:https://k-pac.org/openlab/10082/

「旧真田山陸軍墓地」という記憶の集積装置を起点に、「演劇の上演構造」そのものと「歴史の語り方」への反省的な再考をリンクさせた、極めて意欲的で画期的な試みだ。

大日本帝国陸軍第四師団が根拠地としていた大阪城に近く、大阪市内中心部にある旧真田山陸軍墓地は、1871(明治4)年に設置された日本で最初の兵隊埋葬地である。戦没した日本兵の階級・氏名が刻まれた墓碑や納骨堂に加え、事故死や自殺者、外国人俘虜の墓碑なども含む。現在は2つの団体が関わり、公益財団法人「真田山陸軍墓地維持会」が慰霊祭や清掃などの維持管理を担い、NPO法人「旧真田山陸軍墓地とその保存を考える会」(以下「保存会」)が学術調査など歴史研究の立場から関わっている

本公演は、京都芸術大学の共同研究事業の一環として実施。演劇研究者の岡田蕗子と劇作家・演出家の筒井潤(dracom)らが「保存会」と関わりながらリサーチを行ない、2022年には、筒井の演出により、「墓地を歩きながらスマホのイヤホンで墓碑名の朗読を聴く」というサイトスペシフィックなオーディオ・パフォーマンスを2回実施した。

同じく筒井が演出した本公演は、劇場での演劇作品だが、「上演構造」に特異な仕掛けがある。6つ用意された短編のピースのうち、「観客が一人ずつ引くくじ引き」によって「実際に上演される5つのピース」とその「順番」が決定される(従って、必ず1ピースは除外される)。この「第1の上演」の後、再びくじ引きが行なわれ、構成ピースとその順番が異なる「第2の上演」が行なわれる。「差異や欠落をはらんだ反復構造」が、歴史の語りの揺らぎ/上演そのものとして立ち上がる。

劇場実験『墓地の上演』より、観客によるくじ引きの様子[撮影:脇田友]

「演出家の意図や作為」を排したランダムな上演順だが、「第1の上演」の流れはとても自然に感じられた。一つひとつは断片的なエピソードだが、各ピースの連なりにより、現在に至るまでの日本の近現代史が多面的かつ多視点で浮かび上がってくる。以下、私の観劇順に各ピースを記す。演技はナレーションを交え、ほぼマイムで淡々と進行した。

① 「女学生」(1925-1944)では、旧真田山陸軍墓地の近くにある高等女学校の生徒が「学級日誌に綴った所感」が年を追って朗読される。学校の恒例行事である「墓地参拝」のルーティン化が反復構造によって強調されると同時に、愛国心の鼓舞と敗戦色が強まっていく。「“外”から墓地に来た人」の視線で作品内へと導入されると同時に、花を手向けて祈る女子生徒たちは、「死者の弔いと祈り」というジェンダー化されたケア役割を戦争が強化する構造を指し示す。

劇場実験『墓地の上演』より「女学生」[撮影:脇田友]

②「規則」(1904)では一転して、激しさを増す日露戦争の前線が舞台に。銃弾に倒れ、折り重なる兵士たちの死体。戦死者数の激増のため、将校と一般兵では火葬と遺骨の収集方法が差別化された規則改変が語られる。日本に帰れなかった遺骨は、ロシア人が作った公園に建てられた巨大な「大連忠霊塔」に収められた。「大陸にあるもう一つの陸軍墓地」は、中国軍とソ連軍に破壊され、現在は公園になり、忠霊塔の土台の上にサッカーボールのモニュメントが鎮座する。そこはまさに、「国家」の輪郭をめぐって消去と上書きが繰り返される記憶の堆積の場である。

③「少年」(1945)では、ある少年の目を通して、戦時中と戦後にまたがる「犠牲/加害」の両面が提示される。大阪大空襲と、日本のポツダム宣言受諾を促すため、8月14日に米軍が行なった「フィナーレ爆撃」。玉音放送の後、米兵捕虜の斬首を命じられた兵士の葛藤のモノローグ。ジャズが流れるなか、米兵の相手をするパンパン(街娼)は、少年にとって「日本の恥辱の象徴」に映るが、米兵に馬乗りになったパンパン自身は「男性の身勝手な論理」を糾弾する。「日本が勝ってたらアメリカの女の子を抱くやろ。戦時中は特攻に若い男を差し出し、負けたら女を差し出す」と。

劇場実験『墓地の上演』より「少年」[撮影:脇田友]

④「 脚気 かっけ 」(1878、1883)では、戦没者以外の死者に焦点を当てることで、「名誉の戦死」でなくとも、結局は国家に殺されている皮肉な事態を浮き彫りにする。徴兵された若者が「頑健な肉体をつくれ」と白飯ばかり食べたため、脚気(ビタミン不足による栄養障害)で衰弱死していったのだ。

劇場実験『墓地の上演』より「脚気」[撮影:脇田友]

⑤「見物」(1894)では、日清戦争での清国人俘虜たちが連行される様子を珍しげに見物する大阪市民が描写される。衛生状態を考慮しない非人道的な扱いだったため、俘虜たちは「くっさ~」と笑い物にされ、「大日本帝国万歳」の声が上がる。こうして、「参拝者」として外から墓地に招き入れられた観客は、戦地の内部/外部、時空を行き来しながら近現代史の断片を目撃し、最後にアジアへの差別的視線を介して、再び墓地の「外部」へと連れ出される。

劇場実験『墓地の上演』より「見物」[撮影:脇田友]

このように、「第1の上演」は、出来事の時系列順ではないものの、円環を描くように各ピースがはまって感じられたため、順序のシャッフルと「新たな1ピース」が加わった「第2の上演」は、撹乱されているような違和感を覚えた。一方、「舞台上に残された第1の上演の痕跡」が、「第2の上演」で反復される同じピースの見え方に干渉し、「出来事の痕跡が書き加えられていく多層性」が上演の構造そのものとして立ち上がる場面もあった。「第1の上演」での「少年」のラストでは、大人になった少年が墓地に桜の木を植えたことが語られ、桜の花びらが撒かれる。「第2の上演」でも舞台上に 留まり続ける ・・・・・・ 花びらは、再び上演された「女学生」で、「先輩がたも毎年花を捧げてきました」という台詞と予期せず重なり合い、「毎年供えられ、散った花びら」の見えない残像のように見えてくる。「痕跡のレイヤー」は見えなくともそこに存在することが示唆される。

ちなみに、「第2の上演」では「見物」が脱落し、新たに「集い」(1950~最近)のピースが加わった。小学校のグラウンドとしての使用、草野球や太極拳、お花見、高校演劇の稽古場、慰霊祭での国家斉唱など、戦後の墓地に流れた時間が点描的に連なる。

また、「第2の上演」では、配役の交代など内容の一部に変更が忍ばせてある。顕著なのが、「少年」での、パンパンと米兵のシーンで流れる曲の相違だ。「第1の上演」では、永遠の愛を歌うジャズ「Till the End of Time」がしっとりと流れる。一方、「第2の上演」では、軽薄な曲調の「Rum and Coca-Cola」が流れ、(日本ではなくカリブ海の島の設定だが)米兵を歓待する現地女性が揶揄を込めて歌われる。

陸軍墓地という主題を扱うことは、ナショナルな共同体という神話の強化に加担してしまう危険性をはらんでいる。だが本作は、「戦没者」という中心性をずらし、戦争・占領とジェンダー、ナショナリズムと排外意識、モニュメントの政治性、国家による間接的な死といった「墓地の周縁」へと視点を広げていく。

そして本作の秀逸な点は、日本の近現代史が高密度に圧縮された旧真田山陸軍墓地という特異な記憶の場を題材としながら、「くじ引きによる上演順序の決定と、シャッフルによる順序の解体/再構築」という仕掛けによって、「完全なものとして固定化された、単線的で唯一の歴史の語り」そのものに抗う姿勢である。ここには同時に、演出家の意図に沿って、各ピースを絶対的な秩序としてタイムラインにはめ込んでいく、時間芸術としての演劇のあり方そのものに対するメタ批評がある。さらに、「タイムラインという秩序の撹乱」を、演出家によるチャンスオペレーションではなく、「観客に一人ずつくじを引かせる」操作は、責任や権力の共犯関係に観客を巻き込むという点で、狡猾に思えるかもしれない。だがここには、私たち観客は傍観者ではなく、「歴史をどのような視点から、いかに語るか」に主体的に関わっているのだというメッセージも込められているのではないか。

また、「第1・第2の上演」ともに、「6つ用意されたピースのうち5つしか上演されない」という脱落や欠損を組み込んだ仕掛けは、「完全で唯一の正しい歴史」の否定と同時に、「ある語りの背後には、必ず語られなかったことがある」ことへの想起を促す。歴史の語り方への反省的思考を、演劇でしかなしえない形で立ち上げた、秀逸な公演だった。

★──旧真田山陸軍墓地の詳細な歴史については、「旧真田山陸軍墓地とその保存を考える会」のウェブサイトを参照。https://www.assmcc.org/

鑑賞日:2024/03/10(日)