あらたに「キュレーターズノート 」の執筆陣に島根県立石見美術館の学芸員、廣田理紗氏に加わっていただくことになった。廣田氏はファッションが専門領域で、2020年11月には、新型コロナウィルスがもたらしたファッションへの影響について論考を寄せていただいた。島根県立石見美術館は島根県立いわみ芸術劇場と共に島根県芸術文化センター(グラントワ)と呼ばれている。美術館と劇場スタッフとが協働する企画が活発にうみだされ、他館からの巡回展であっても、この館独自の企画が併催されていることが特徴だ。第一回目として、全国でも珍しいこのような超領域的な企画がどのように生まれてきたか、ご紹介いただいた。(artscape編集部)

筆者が勤める島根県立石見美術館は、劇場との複合施設として2005年に島根県西部の益田市に開館した。大きな水盤のある中庭を中心に、その周囲を美術館、劇場の大ホール、小ホール、スタジオなどがぐるりと囲む配置となっており、美術館と劇場の間をお客さまが行き来しやすい環境が作られている。企画・運営は、美術館と劇場では全く別のチームが担っているのだが、2017年から共同企画として公演を実施するようになった。音楽会やバレエ、朗読会、活弁などを、企画展やコレクション展といった美術館の展覧会に合わせて実施することが多いように思う。ここで少し紹介してみたい。

展覧会のテーマをほかの分野からアプローチする

益田市にはもともと音楽ホールがあり、合唱や神楽が盛んな土地柄ゆえに地元住民と舞台芸術との親和性は高かった。そこに美術館が後からあいのりしたのだが、美術館も開館当初から展覧会そのものとは別の角度で展覧会のテーマを体験できるようなイベントを積極的に実施していた。スポーツウェアの展覧会ではダンスチームの「まことクラヴ」を招き、ジャージの活動性に注目したワークショップとモダンダンスの公演★1(2006)を、モガの展覧会では遊佐未森による昭和歌謡のコンサート★2(2008)を開催するなどしている。このように、当館で行なわれる展覧会関連イベントの質と量は、かなりのものだと思う。筆者はこの頃まだ石見美術館に勤務していなかったのだが、記録を見、話を聞く限り、自主企画展と並行してこんな手の込んだイベントを少ない人数でよくやっていたなと感心する(当時学芸課は学芸課長含めて5名。今年から6名になった)。長年培われていた文化的風土に寄り添うような形で、展覧会をより面白く感じてもらいたい、という先輩方の思いから始まった「関連イベントを充実させていく」という体質は、その後も引き継がれ、キッズファッションショーや展示室内でのコンサートなどのかたちで続いた。2010年からは、活動写真弁士による独自の説明と、音楽家による書き下ろし楽曲で収蔵品鑑賞を楽しむ催し「名画を彩る話芸と音楽」がはじまり★3、不定期ながら2021年まで8回にわたって実施される人気企画となっている★4

ミューシアvol.15「名画をいろどる話芸と音楽」9 ─夢声と非水の時代─(2021)

旺盛な関連イベントを支えるスタッフとボランティア

こうした状況を実現できていた背景には、学芸員のやる気以外に二つの要因があるように思う。ひとつにはワークショップやイベントを手伝ってくれる強力なボランティアスタッフがいたことだ。いまは高齢化がすすみ活動休止中だが、美術館の「ワークショップボランティア」として、縫い物の指導から参加者のケアまでしてくれる地元のお母さんグループがいて、ワークショップではないときですら、イベントごとにサポートしてくれた。よく気がついてなんでもできるボランティアさんたちの存在は大きく、いつも救われていたし、人気の出なかったイベントでは人集めでも大変お世話になった。もうひとつの要因は、劇場事業を技術的に支えるスタッフが同じ屋根の下にいてくれる環境だと思う。複合施設を共に支えるいわみ芸術劇場の職員として、音響、照明などの専門家がいて、劇場の備品としてプロの用いるアンプやスピーカー、マイク、ライト、グランドピアノがあるので、話ひとつで借りられ、セッティングや調整をしてもらえる(もちろん費用負担はする)。こんな美術館、ほとんどないだろう。

Museum×Theater ミューシア──美術館と劇場のチームが協働する企画

このように、美術館の関連イベントとしてあれこれやることが定着していた一方で、劇場は劇場でさまざまな公演を開催していたが、開館以来育成事業に力を入れてきたこともあり★5、自主企画・自主公演をゼロから立ち上げることは多くなかったように思う。劇場としては、自主企画をつくる機会ともしたかったのかと思うが、2017年から美術館と劇場の企画・運営チームが一緒に公演を立ち上げて運営する体制が徐々に整備された。まずはこの事業に名前をつけよう、ということで、大変ベタだが「Museum×Theater: ミューシア」と呼び名がついてスタートした。

当初は美術館の企画展関連イベントとして学芸が考えた企画に劇場のチーム(以下、事業課と記す)が力を貸す、というように始まったと記憶している。初回はプラントハンターとして知られるジョセフ・バンクスの植物学的調査の成果をまとめた『バンクス花譜集』を、その成立の背景にあったジェームズ・クック★6の太平洋航海の冒険旅行と一緒に紹介する展覧会でのコンサートだった。クックの船に乗って長い時間を過ごしながらオーストラリアやインドネシアを旅し、現地で未知なる植物を見出し、採集して、現地住民と交流したバンクス。その旅を想像しながら、4回の連続コンサートを開催した★7。第1回は「瞑想と躍動の音楽」としてオーストラリアの先住民、アボリジニに伝わる楽器ディジュリドゥのコンサートを、第2回は「星の音楽」として彼らが旅した18世紀後半の船旅に不可欠だった星の観測をヒントに、ピアノのコンサートを実施した。第3回は「旅の音楽」として、旅に同行して長い航海の時間をよいものとした音楽家たちに思いを馳せ、イギリス古楽器で同国にちなんだ楽曲の演奏をしてもらった。「祈りと祭りの音楽」とした第4回は、寄港地の一つであるジャワ伝統のガムランを聞いた。事業課の人脈や、運営ノウハウを得たおかげで2カ月の間に4回もの充実したコンサートを開催できた。

ミューシアvol.1 音楽でめぐる探検航海 第4回「祈りと祭りの音楽」(2017)

さまざまな領域にひろがる企画

以降も年に2〜3回程度のペースで、この共同企画は催されている。

2017年にはアメリカで活躍した絵本作家、エドワード・ゴーリーの作品と世界観を紹介する企画展「エドワード・ゴーリーの優雅な秘密」に合わせ、ゴーリーの作品の朗読と、音楽、バレエ、を合わせた新作パフォーマンスを上演した。ニューヨークシティバレエに通い詰めたことで知られるゴーリーのバレエファンとしての側面に光を当て、津和野町に住まうバレエダンサーや広島県在住のギタリスト、島根県内在住のピアニストと役者が集結し、シュールでユーモラスでブラックジョークの効いたゴーリーの世界観を複合的に表現した★8


ミューシア vol.4 「エドワード・ゴーリーの優雅ないたずら」(2017) [撮影:saraja]


ミューシア vol.4 「エドワード・ゴーリーの優雅ないたずら」(2017) [撮影:saraja]

2018年のクリスマスイヴには、音楽家の檜垣智也を迎え、フランス発祥のアクースモニウム(Acousmonium)を体験できるコンサート★9を催した。大ホールの舞台上に60を超える数の大小さまざまなスピーカーを、前後左右・天井に取り付けて音響空間を作り、その中で音のボリュームや出力するスピーカーを変えるなどしながら電子音を流す。すると鑑賞者には平衡感覚のぐらつきや、すぐそばに何かが迫っているような感覚を作り出すことができるという。このとき開催中だった企画展「追悼水木しげる ゲゲゲの人生展」に合わせ、電子音楽を携帯アプリを使って作成するワークショップや、その音を回廊で「妖怪の声」として不定期に流す催しも同時開催して連動させ、音によって異界を立ち上げ、特別な時間体験ができるものとして実施した。客はスピーカーに囲まれた空間の中で座ったり寝転んだりしながら、四方八方から訪れる音の刺激に身を委ねていた。

ミューシア vol.7 新感覚ライブパフォーマンス「妖怪クリスマス~音による異界へのいざない~」(2018)
眠りの世界に誘われる人も数名いた。

北斎研究の第一人者、永田生慈による大北斎コレクションの島根県への寄贈を記念した企画展「北斎 永田コレクション名品展」に合わせて開催されたのが、舞踏集団の大駱駝艦によるパフォーマンス「北斎とをどる」(2020年10月)★10だ。夜の中庭広場を舞台に、白塗りのパフォーマーたちが水盤の中を演舞し、その体に北斎の作品をプロジェクションマッピングするなどして、独自の強い世界観が圧倒的な印象を与える時間となった。大駱駝艦と親交のあった事業課からの提案で実現したこの企画は、建物の特徴もいかされた当館らしさのひかる公演になったと思う。


ミューシア Vol.14 大駱駝艦 HOKUSAI × BUTOH “北斎とをどる”(2020) [撮影:なかにしみずほ]

2022年に開催された「古典調律で奏でる音楽」は、1910−30年代のフランス・ドイツ・オーストリア・日本におけるデザインやファッション・美術の動向を、作家同士の繋がりに注目しながら横断的に紹介した企画展「交歓するモダン 機能と装飾のポリフォニー」の関連イベントとして、筆者が企画し開催した。今日のように一定品質を保っての楽器製造が難しかった当時、音楽の土台をなす調律は現在のように均一でなく、バラバラと多様性のあるものだった(総称して「古典調律」という)。当時使われていたであろういくつかの調律による音と、現在主流となっている平均律による音とを聴き比べて、音質や響のわずかな違いから、展覧会で示される時代の空気感を体感してみようという企画であった。調律を変えたグランドピアノ2台とオルガンを並べ、第1幕では音の聴き比べをすると共に調律師とピアニストによる調律の歴史についてのトーク、第2幕はヴァイオリンと古典調律に調整したピアノでの音楽会を実施した。


ミューシア vol.18 音楽会「古典調律で奏でる音楽」(2022)


現在主流となっている平均律は他の楽器との合奏に適した便利な調律である一方で濁りの多い響きであること、合奏する楽器、あるいは演目によって調律を変えることがいかに清んだ音を実現するかを、鑑賞者には体感的に理解してもらえたように思う。複数台のピアノが容易に準備できる環境と、古典調律に調整できる調律師、そしてそれを弾きこなせる音楽家が島根県内にいるという恵まれた環境により実現した贅沢な時間だった。


昨年秋にはミューシアも20回目を迎え、ついに音楽でも身体表現でもない企画が展開された。当館の建物を設計した建築家内藤廣の仕事を大々的に紹介する初めての企画展「建築家・内藤廣/BuiltとUnbuilt 赤鬼と青鬼の果てしなき戦い」に合わせ、劇作家で演出家の山本卓卓を招いて、書き下ろしドラマ・インスタレーション「オブジェクト・ラブ・ストーリー」が実施された。鑑賞者はスタート地点でテキストが書かれた冊子とマップ、虫眼鏡を持ち、建物内を探索する。マップに記された番号順に仕掛けがされた場所をたどると、物語が立ち現われる、というもの。建物全体を丁寧に見て練られたことのわかるインスタレーションで、うっかりしていると見逃してしまいそうなささやかな仕掛けなどもあった。その体験は演劇的で宝探しの感覚もあり、老若男女問わず楽しめる豊かさがあったと思う。予告イベントとして山本自身が制作秘話を語り、参加者と一緒にインスタレーションを回るトークなども開催していた。


以上色々と紹介してきたが、振り返ってみると面白い企画が溜まってきたものだなぁと、我が事でありながらも、思われる。年を追うごとに学芸課と事業課の連携は深まり、この頃ではかなり役割分担も進んできた。一緒に企画を立案し、学術的なフォローは学芸が、出演者とのやりとりや当日の段取りは事業課が主体となって進める。技術的・機材的な恩恵を受けて展覧会関連イベントをやっていた頃とはもうまったく違うものになった感覚がある。今や関連イベントとは別の、独立した性格を持つ事業となった。

次回は、現在開催中の企画展「堀内誠一 絵の世界」★11に関連し、8月25日(日)に朗読と音楽を組み合わせた音楽劇を予定している。この夏来館を計画するならここがおすすめである。


★1──「企画展 スポーツウェアの革命」関連事業その2:「ジャージの革命」ワークショップ「種まき運動」2006年11月16日、17日開催、講師:遠田誠(まことクラヴ)(平成18[2006]年度島根県立石見美術館年報p.6)https://www.grandtoit.jp/uploads/entry_meta/file_value/705/annualreport2006.pdf
★2──「企画展 モダンガールズあらわる。」関連事業「遊佐未森コンサート“スヰート檸檬”〜ミモリ館・昭和歌謡の夕べ〜」2008年3月29日(平成19[2007]年度島根県立石見美術館年報p.11)https://www.grandtoit.jp/uploads/entry_meta/file_value/705/annualreport2007.pdf
★3──担当の川西由里学芸員がこの企画が始まった当初、館の紀要でその概要を報告している。(研究紀要第9号「報告『名画をいろどる話芸と音楽』─新しい芸術スタイルの創出─」)https://www.grandtoit.jp/uploads/entry_meta/file_value/714/bulletin9.pdf
★4──YouTube公式チャンネルでアーカイブを見ることができる。https://www.youtube.com/@grandtoit
★5──いわみ芸術劇場は邦楽、合唱、弦楽分野の4つのフランチャイズ芸術団体の育成に力を入れて地域の音楽・芸術活動を支えてきた。
★6──「七つの海を渡った」と言われる、大航海時代を代表する船乗り。
★7──「キャプテン・クック探検航海と『バンクス花譜集』展」ロビーコンサート「音楽でめぐる探検航海」2017年4〜6月開催。https://www.grandtoit.jp/museum/banks
★8──企画展「エドワード・ゴーリーの優雅な秘密」、Museum x Theater : ミューシア vol.4 「エドワード・ゴーリーの優雅ないたずら」2017年12月9日開催。https://www.grandtoit.jp/museum/edward_gorey/
★9──企画展「追悼水木しげる ゲゲゲの人生展」、新感覚ライブパフォーマンス「妖怪クリスマス~音による異界へのいざない~」2018年12月24日開催。https://www.grandtoit.jp/museum/mizuki_gegege/
★10──企画展「北斎 永田コレクション名品展」、関連プログラム「MUSEUM×THEATERミューシアvol.14 大駱駝艦  HOKUSAI×BUTOH “北斎とをどる”」2020年10月31日開催。https://www.grandtoit.jp/event/3868
★11──『anan』や『BRUTUS』などのアートディレクションを担当し、雑誌の黄金期を牽引したことや、70冊以上の絵本を世に送り出した(代表作は『ぐるんぱのようちえん』[福音館書店、1966]、『たろうのおでかけ』[福音館書店、1966]、『くろうまブランキー』[福音館書店、1967]など)ことで知られる堀内の仕事を丁寧に紹介する企画展。

堀内誠一 絵の世界
会期:2024年7月6日(土)~9月2日(月)
会場:島根県立石見美術館(島根県益田市有明町5-15)
関連イベント:MUSEUM × THEATER ミューシア vol.23
日時:2024年8月25日(日)14:00開場/14:30開演
定員:定員50名(要申込)
公式サイト:https://www.grandtoit.jp/museum/horiuchi_seiichi_iwami