自分が担当した前回の編集雑記では、新規レビュアー3名の紹介をさせていただきました。今回は、3名のうちのひとり・原ちけいさんが関わっていた展覧会について書いてみようと思います。
現代アートフェスティバル「ART SQUIGGLE YOKOHAMA 2024」に行ってきました。「やわらかな試行錯誤」というテーマが掲げられたこのフェスでは、現代美術の展覧会に加えて、屋外での音楽イベントも行なわれています。会場は横浜の山下ふ頭。船の発着や荷さばきを担う上屋と呼ばれるだだっ広い港湾施設が展示会場となっており、横浜湾に面した開放感のあるロケーションです。わたしは横浜市民なのですが、自宅から30分ほどしか距離のない場所で非日常感に浸ることができ楽しかったです。真夏の週末の日中に、海を背にしたサウンドシステムから流れるクラブサウンドを聴きながら、工場めいた空間で現代美術の展示を観る。その体験が本イベントの優れた点のひとつです。
展示の中身に目を移します。世代論や世代的な連帯がステートメント等で触れられていたわけでもないなか、出展者は90年代前半生まれの作家が大半を占めていました。そしていくつかの出展作品に付与できそうなタグを挙げてみると、デジタルネイティブ、PCのオペレーティングシステムのUI的な美学、RGB的なビジュアリティなどになりそうです。少し前に騒がれていたY2Kブームの意匠とも大きくは逸れないような、社会・技術環境がデジタル化し始めた初期の頃の質感が展示全体に染みわたっている。そんな印象を受けました。もちろんこのような印象論は短慮の誹りを免れません。そう思いつつ、湾の開放性の感覚から連続したものとして展示を観てしまうと、調和よりは違和のほうに感想が傾いていきました。
そんななかでも、建築コレクティブGROUPが手がけたサボテンにまつわるインスタレーション(作品名は会場内に見当たらず)が新鮮な驚きをもたらしてくれました。同作は「ヒューマンスケールの家具の素材としてサボテンが用いられるとしたら、どんな居住環境が現われるか?」といった問いかけを内包する作品になっていました。約100平米の空間をゆったりと埋めているのは、サボテンが支柱になったガラステーブルや腰掛け風の高さをもつ切り株めいたサボテン、もしくは観葉サボテンを乗せるためのサボテン製の台座など、いっけんユーモラスな家具群です。とはいえ、シリアスな文脈も、作品に添えられたハンドアウトで補足されています。悪名高い米軍のグアンタナモ収容所は「サボテンのカーテン」と呼ばれる不毛地帯によってキューバと隔てられているそうです。なおかつ、その地はキューバとアメリカの両軍によって地雷が敷設された結果、西半球最大の地雷原になっているともいいます。あるいは、生育環境に左右されづらいサボテンという種が植民地主義にとって都合がよかったという暗い歴史についても触れられます。
「植民地的・経済的な持続可能性そのものを植え替えることで流動的な結節点を模索する。それは港という陸と海の中間」地帯でこそ撹乱的な意味をもつ。そのような作品の目論見について、GROUPのリサーチに参加した原ちけい氏はハンドアウトに書いています。水に囲まれた港湾施設で切り株状のサボテンに腰掛けながらそのテキストを読んでみると、深く頷けるところがありました。非人間的な歴史が刻まれた素材の利用を自覚しながら、人間の生活を受け止める有機的な家具へとそれを転用すること。物品の輸出入が期待される港という場所において、脱植民地主義のほうへ想像力を働かせてみること。サボテンとうまく共生する世界像について、あらためて考えてみることのおもしろさに触れることができました。(o)
「ART SQUIGGLE YOKOHAMA 2024」 展覧会場の上屋から湾のほうを臨む[撮影:artscape編集部]