全国各地の美術館・博物館を渡り歩き、そこで出会うミュージアムグッズたちへの感動を広く伝えるミュージアムグッズ愛好家・大澤夏美さん。博物館経営論の視点からもミュージアムグッズを捉え直す彼女が、日々新たな商品や話題が生まれるミュージアムグッズの現場の周辺でどのような思考や問いを携えて活動しているのかを定期的に綴る「遊歩録」、第2回目は美術分野の外にも広がる多様な施設におけるミュージアムグッズと、それらの制作背景がもたらす視点にクローズアップしていただきました。(artscape編集部)

デフォルメのさじ加減を探る

2024年8月から9月にかけて、国内の動物園を訪れる機会がいくつかあった。そこから動物園とミュージアムグッズのあり方について考えさせられたので、ここにその軌跡を残していく。

2024年8月30日、東京出張の折に井の頭自然文化園の動物園(本園)資料館1階で開催されている特設展示「ようこそデザニャーレ 東京どうぶつえんすいぞくえんデザイン室」を訪問した。展示会場では、公益財団法人東京動物園協会でデザインを担当する専門デザイナー、および外部デザイナーや職員による動物園や水族館4園のデザインの仕事が紹介されており、園内の解説パネルやパンフレット、ミュージアムグッズが所狭しと並んでいた。

これまでの制作物がずらりと並ぶ[筆者撮影]

筆者は大学でメディアデザインを専攻し、札幌市内の動物園と協同プロジェクトや研究を行なっている同期もいたことから、比較的「デザイン×動物園・水族館」という切り口には馴染みがある。しかし、動物園内でこのようにデザインに特化した展示を実施している事例にはこれまで触れたことがない。

東京都立の動物園や水族館は、恩賜上野動物園、多摩動物公園、葛西臨海水族園、井の頭自然文化園の4園である。展示ではデザイナーの仕事用デスクをイメージしたコーナーがあり、飼育員とのやりとりや制作プロセスを紹介しているのも興味深い。特に目を引いたのが、「エゾシカは夏毛なので鹿の子模様に変更してほしい」「オオサンショウウオの前足の指の本数を4本へ」などと、飼育スタッフからの意見としてデザインへの「朱入れ」を公開しているところだ。飼育の観点からの生き物を正確に表わす表現と、生き物への親しみやすさを意識したデザインとしてのデフォルメのバランスを探り続けていることがやりとりからは伺える。動物園・水族園におけるデザインは、単に見た目を良くするだけでなく、生き物の生態を正しく理解し、来園者に楽しんでもらうための重要な要素であることがよく理解できる。

デスクをイメージした展示[筆者撮影]

飼育スタッフとのやりとりが垣間見える[筆者撮影]

筆者は動物園や水族館のミュージアムグッズ開発担当者向けに講演を行なった経験がある。動物園や水族館以外のほかジャンルのミュージアムグッズの事例を紹介し、参加した各園館の開発のプロセスや事例に関する情報交換を行なった。その際もやはり、生き物の生態的な特徴の正確さとデフォルメの程度に各園館のコンセプトの違いと個性があり、生き物との関わり方が表われていて興味深かった。生き物の個体の魅力を表現したグッズを大きく打ち出すところもあれば、種としての関心を高めるグッズに注力しているところもある。いわば、その園館のスタンスが垣間見えるのである。意見が分かれるポイントであり一概にどちらかが正解とは言えないが、動物園や水族館をめぐる議論やテーマがグッズにも表われているのが、私がグッズに関心を寄せ続ける理由のひとつである。本展でも改めてその点を認識できた。

個人による二次創作、ハンドメイドという視点から

その翌日、東京は市ヶ谷にあるDNPプラザ1Fで開催していた、「アートをもっと身近に、もっと自由に」展と連動したトークイベント「ミュージアムグッズ愛好家が語るアートとクリエイターの可能性」に登壇した。

本展やトークイベントのなかで紹介されたイメージアーカイブ・ラボ(Image Archives Lab)とは、クリエイターの創作活動を支援する目的のライセンスサービスで、ミュージアムが提供する画像のライセンスを購入すると二次創作許諾証明書が発行される。購入者が創作したハンドメイド商品を展示・販売する際はこの証明書も併せて公開することで、正式な画像使用のプロセスを踏まえていることが証明できる。当日は筆者のおすすめのミュージアムグッズの紹介や、上記のサービスを踏まえて創作されたハンドメイド商品の紹介も行なわれた。

トークイベントの模様[DNPスタッフによる撮影]

先ほどの「デザニャーレ」の事例でも述べたように、ミュージアムがオフィシャルに販売するグッズは、元の資料や生き物の学術的な正確性とデフォルメのバランスのなかで作られるものであると考えている。もちろん同様の考え方のもと、個人でグッズ制作をしている作家もおり、前回の筆者の記事のなかで挙げた「縄文ドキドキ会」などは、資料のグッズ化におけるデフォルメの繊細さに真摯に取り組んでいる姿勢が伺えることから、これらにかなり近い立ち位置ではないかと考えられる。

ただ今回のイメージアーカイブ・ラボで紹介された個人の作家が作るハンドメイド商品においては、作家が元になった作品から受けたインスピレーションや刺激、感動を反映させることで、より元の資料への興味を喚起させるという考えのもとに制作されているのではないだろうか。本展示で紹介されたハンドメイド商品も、作品の画像をそのまま使うだけではないものも散見された。ルノワール《木かげ》の木漏れ日の美しさに焦点を当て、ビーズを用いて表現したブローチや、河内大掾家重《般若》の能面の半分を鏡面に仕立て、ミラーとしての使い道だけでなく、自分の心の表情を突きつけるようなコンセプトも感じさせるiPhoneケースもあった。また、レオナルド・ダ・ヴィンチ《モナ・リザ(ラ・ジョコンダ)》を元にしたグッズも複数あり、その表情に各ハンドメイド作家の作風や、モナ・リザの微笑みが何を意図しているのか、解釈の違いが表われていた。元になった作品から、ハンドメイド作家が何に焦点を当てたのか、購入者に紹介したい魅力とは何なのかを受け取れるものが多く興味深かった。

「アートをもっと身近に、もっと自由に」展の模様[筆者撮影]

生き物、作品、人間が邂逅する瞬間

2024年9月13日、旭川に出張があり数年ぶりに旭山動物園へ向かう。何度行っても心が安らぐ。雨上がりの澄んだ秋の旭川の風の心地よさは何にも代えがたい。

路線バスを降りて正門から入り、急斜面を登るように園内を周る。旭山動物園には生き物を見に行くだけでなく、絵本作家であるあべ弘士の手がけた看板などの作品群にも会いに行っている。あべ弘士の旭山動物園の看板は案内板としての役割を超え、生き物と人間の心のつながりを誘発する側面ももち合わせていると考える。とぐろを巻くヘビ、子育てに奮闘するホッキョクグマ……彼自身が旭山動物園の飼育員として25年間勤務した経験から得た生き物への深い理解が、その生態の鮮やかさを伝え、自然環境を含めた生命への強いリスペクトを感じさせるのだ。生き物の表情や仕草を巧みに捉えるそれらの看板は、来園者の心を惹きつけている。


両生類・は虫類舎の壁には色鮮やかなヘビ[筆者撮影]

筆者の特にお気に入りは2009年4月に完成した「エゾシカの森」という施設である。「オオカミの森」に隣接しており、私たちがかつて絶滅に追いやったオオカミと、オオカミがいなくなったことで現在害獣とされているエゾシカの問題を提示するというコンセプトのゾーンである。ここに、春夏秋冬のエゾシカの生態を描いたあべ弘士の壁画が展示されている。

四季折々の雄大な自然のなかで生きるエゾシカの生態を描いているだけではなく、生き物の側で展示されていても一歩も引けを取らない、あべ弘士のこの壁画の強さに私はいつも惹かれる。生き物の迫力はすさまじい。日頃北海道で生活している私にはそのことが身に染みており、動物園で飼育されている生き物であっても生命の凄みの前で私はあまりに無力だ。そこへ来て、生き物へのリスペクトを抱きつつ己の絵の気迫で対峙するこの壁画。圧倒される。「かなわない」といつも思う。

筆者が壁画の前で鑑賞していたタイミングで、ちょうど頭上をエゾシカが通りかかった。施設内には築山もあり、あらゆる角度からエゾシカを観察できるようになっている。大きな角をたくわえ悠々と歩くエゾシカの姿に、隣にいた関西から来たと思しき観光客は「すげえな」と感嘆の声を漏らしていた。ちょうど秋の壁画、繁殖期前にオス同士が自分の優位性を示すために角を突き合う場面が描かれている場所だった。壁画と現実の生き物が重なり合い、生命の連鎖を感じた瞬間だった。


あべ弘士の壁画の上をエゾシカが通りがかった瞬間[筆者撮影]

「生き物の前で霞まない」グッズのあり方

2024年9月29日に北海道大学で実施されたプラス・ミュージアム・プログラムで、となりのしばふシリーズの第2回「『かわいい!』だけじゃない─動物園が生き物を通して伝えたいこと」というトークイベントに参加してきた。このプログラムは、ミュージアムが社会のさまざまな課題解決に貢献できる可能性を探る3年間のリカレント教育プログラムである。2024年度のカリキュラムのひとつとして「となりのしばふ」シリーズが展開され、ミュージアムと近接する分野の専門家が登場する。


トークイベント「『かわいい!』だけじゃない─動物園が生き物を通して伝えたいこと」チラシ

第2回では長崎バイオパークで学芸員を務める末竹純氏が講師となり、動物園の現場の視点から、動物園の課題、これからの動物園のあり方、運営面から読み解く多様な動物園の姿を語っていた。動物園は生き物を飼育しているという点で、ほかのジャンルのミュージアムと異なる。だからなのか、「動物園もミュージアム」であることを意外と知らない人も多い。本講演でも、ミュージアムのなかの動物園の位置づけを再考する話題提供が行なわれた。動物園は単に生き物を観察する場所だと受け止められることも多いが、今回の講演を通して、動物園もミュージアムと同様に、来園者に知識や感動を与えることができる場所であると改めて気づかされた。

筆者の専門に引き寄せて考えると、ミュージアムグッズを通じて、来園者に生き物への理解を深めてもらうことができるという点に大きな可能性を感じた。ここ数カ月の間で動物園を訪れる機会が多かったので、動物園と他ジャンルのミュージアムグッズの違いについて考えさせられた。ミュージアムグッズは、単に収益を上げるための商品ではなく、訪れた人に感動を与え、そのミュージアムへの理解を深めるためのツールであると考える。そのなかでも動物園のグッズは、生き物への関心を高め自然保護の大切さを伝える教育的な役割を担うことができる。

ただその一方で、イメージアーカイブ・ラボの事例では、ハンドメイド作家の自由な解釈が重視されることで、ミュージアムグッズの新たな可能性を示していた。ミュージアムグッズは黒子であるべきか、という話でもあるのだろう。

そして、旭山動物園のあべ弘士作品を見た際に感じた、生き物の凄みに対等に向き合い、生き物の息吹を感じさせるというスタンスにも、動物園のグッズのひとつの可能性を感じた。生き物の前で霞まない、生き物の生命力や美しさを表現できるグッズも動物園の意義を深めるものと言えるのかもしれない。多様なミュージアムグッズの作り方について考えを巡らせた夏であった。

 

ようこそデザニャーレ 東京どうぶつえんすいぞくえんデザイン室
会期:2024年3月31日(日)~2025年1月13日(月・祝)
会場:井の頭自然文化園 資料館


「アートをもっと身近に、 もっと自由に」展
会期:2024年8月9日(金)~9月21日(土)
会場:DNPプラザ


「かわいい!」だけじゃない─動物園が生き物を通して伝えたいこと(プラス・ミュージアム・プログラム となりのしばふシリーズ第2回)
会期:2024年9月29日(日)
会場:北海道大学総合博物館 1階 知の交流ホール