現在、八戸市美術館では、展覧会「風のなかを飛ぶ種子 青森の教育版画」が開催中だ(2025年1月13日まで)。本展は、八戸市内の教育版画を中心に、青森県内の教育版画を、版画教育に携わった郷土の版画家の作品とともに紹介している。本展ではその教育版画の動きを、青森県の版画家が中心となって蒔いた教育版画の「種」、全県的に教育版画運動が広がった「芽吹き」、そして、八戸における教育版画の実践を「開花」と捉えて展開している。さらに今回は、教育版画という「種子」を受け取った私たちに何ができるかという問いに対し、現代のアーティストと子どもたちが共に作品を制作するプロジェクトを実施し、その成果を展示している。筆者はこのプロジェクトを担当した。
今回は、本展と本プロジェクト、当館が取り組む学校連携事業について紹介していきたい。

青森、そして八戸の教育版画

会場風景[筆者撮影]

「教育版画」とは、版画を通した人づくりをねらいとして、学校教育のなかで子どもたちが制作した版画を指す。特に戦後の1950~90年代にかけて活発化したが、青森の教育版画の「種」は戦前に弘前出身の版画家の今純三(1893-1944)から始まった。今純三は、1927~33年に青森県師範学校で教員を目指す生徒たちに美術を教えていた。やがてその教え子や、彼のアトリエに集まった弟子たちが中心となり、県内の学校で教育版画に携わったことによって、青森の教育版画は発展していく。本展では、今純三が師範学校時代に制作した作品や、弟子たちとのつながりを示す作品を展示している。

青森県内では、今純三や弟子たちが活動していた津軽地方のほうが、八戸のある南部地方よりも先に教育版画の動きが活発になった。その八戸においては、中学校の美術教員であった坂本小九郎(1934-)の実践が特筆される。当館では、坂本が八戸市内の4つの中学校で指導したときに制作された、約550点の版画作品を収蔵しており、本展もそれらを中心に展示を行なっている。

坂本は、1956年に八戸の港町にある八戸市立鮫中学校に教員として着任した後、「生活をみつめて表現する」という教育版画のあり方に根ざし、漁港の風景や海で働く人々をテーマに版画を指導する。生徒たちは、ただ風景をスケッチするだけでなく、実際に漁師から話を聞き、地域のリサーチをもとに作品を制作していった。

八戸市立鮫中学校版画グループ『海の物語』一部(1958-60)[撮影:神智]

その後坂本は、1970年に八戸市立湊中学校へ転任し、養護学級を担任する。当時、坂本は美術・国語・理科も教えており、授業で扱ったギリシャ・ローマ神話や宮沢賢治の童話、星座などのイメージが作品に現われている。そして、この学校で1973〜77年にかけてつくられたのが、「虹の上をとぶ船」のシリーズである。このシリーズは、船が主人公となり、海から宇宙までを旅する壮大な物語が展開されている。なかでも、8点からなる共同制作「虹の上をとぶ船総集編Ⅰ・Ⅱ」は、空想上の生物とともに、地上で生きる人々やその暮らしが描かれており、ファンタジーとリアリズムが交わる世界が、さまざまな物語を想起させる。この作品は、生徒がそれぞれのイメージを小さな紙に描き、後からそれらを組み合わせて、複数人でイメージを膨らませながら制作された。さらに、誰かのイメージに別の生徒がイメージを加えていき、絵の上で生徒たちが対話をするように制作されたという。

また、アニメ監督の宮﨑駿はこの版画に惹かれたひとりであり、《星空をペガサスと牛が飛んでいく》(「虹の上をとぶ船総集編Ⅱ」、1976)は映画『魔女の宅急便』(1988)の劇中画のモデルになった。

八戸市立湊中学校養護学級生徒「虹の上をとぶ船総集編Ⅰ・Ⅱ」(1975-76)[筆者撮影]

八戸市立湊中学校養護学級生徒《星空をペガサスと牛が飛んでいく》(「虹の上をとぶ船総集編Ⅱ」、1976)

子どもたちとアーティストが出会える場

坂本は「版画は風のなかを飛ぶ種子」と呼び、版画が「種子」のようにたくさんの人のもとに届き、それが人と人とのつながりを生むと考えていた。

筆者もまた、本展の準備を通して、教育版画の根底にある「生活を見つめて表現する」精神と、子どもたち自らの手で表現する教育版画の「種子」を受け取った。そこで、展覧会とプロジェクトの双方に軸足を置く美術館として、過去の子どもたちの作品を展示するだけでなく、現代の子どもたちと何ができるのかを模索するプロジェクトを実施したいと考えた。実施にあたっては、坂本が実践したように、地域のリサーチを元にした作品制作や、共同制作という要素を取り入れようと試みた。

THE COPY TRAVELERS(左から迫、加納、上田)[撮影:神智]

そこで声を掛けたのが、「THE COPY TRAVELERS」(以下、コピトラ)である。加納俊輔、迫鉄平、上田良の3名によるアーティスト・ユニットで、彼らは版画のもつ複製芸術としての可能性に注目しながら、コピー機やスキャナ、カメラなどのデジタルツールを用いて作品を制作している。以前から、コピトラの活動や、それぞれが大学で版画を専攻していたことを知っていたことから、教育版画の展覧会にあわせて、コピトラと共に教育版画の新たな可能性や現代の子どもたちとの関わり方を探ってみたいと考えた。

プロジェクトは「コピトラとつくる\ココハドコダ!?/パラレルシティ」と題され、2024年8月の5日間、公募によって集まった八戸市内の小学生5名とコピトラが共に活動した。制作においては、生活を見つめて表現する教育版画の原点に立ち返り、子どもたちが八戸の街を眺めたり、八戸のリサイクルショップで素材を集めたり、美術館の外に出て活動することから始めた。その結果、2つの作品が生み出された。

活動風景[撮影:神智]

活動風景[撮影:神智]

《5人のコピササイズ鳥瞰図》は、コピー機の上にさまざまな素材をのせてコピーする「コピササイズ」というコピトラの手法にならって制作された。素材を動かしたり、2色印刷の機能を使ったり、コピーを複数回重ねたり、コピー機の特性を活かすことで、さまざまなコピササイズ作品が完成した。コピー機に向かって黙々と制作をする子どもたちの真剣な眼差しと姿、コピトラの手法を吸収し、自らの表現をどんどんと広げていく様子を目にしただけでも、子どもたちとアーティストとが出会うことの可能性を感じられた。また、子どもたちが緊張していたのは初日の数時間だけで、その後は全員が和気あいあいとしながらも、制作時には一人ひとりが自分自身とじっくりと向き合っていた。その子どもたちの様子は、ドキュメント映像として会場に展示している。

《5人のコピササイズ鳥瞰図》制作風景[撮影:神智]

《なんでも! 準備中? 5つのドリームコピパラシティ》は、地図上の八戸市を模った土台に、集めた素材や新たな八戸の街を思い描いてつくったパーツを配置し、「パラレルシティ」となる八戸を表現した作品である。土台はあらかじめ分割されており、一人ひとりが街をつくった後にそれらを合体させ、道路でつなげたり、橋を架けたりして、ひとつの街を完成させた。そして、この立体的な地図を上からカメラで撮影し、原寸大で出力することで、コピトラはひとつの平面作品として完成させた。立体が平面になることによって、影や素材の重なり、奥行きや高さなどの見え方が変化する。この地図には、テレワークをするダルマがいたり、恐竜や人魚がいるかと思えば、信号機やポストがあったり、これまで子どもたちが目にした現実の世界と、空想の世界が入り混じっている。

《なんでも! 準備中? 5つのドリームコピパラシティ》制作風景[撮影:神智]

展示風景[撮影:神智]

プロジェクト内容を検討するにあたり、コピトラ自身もリサーチを行ない、八戸の自然や文化、歴史に触れた。本展で子どもたちの作品だけでなく、教育版画を指導した教員の作品も展示されているように、本プロジェクトを行なったコピトラによる作品も展示されている。作品群《TCT丸》は、リサーチの際に目にした「八戸三社大祭」の山車に着想を得て制作された。祭りは毎年夏に開催され、市民によってつくられた山車が運行される。山車は、発泡彫刻をつくる人、色を塗る人、人形の衣装をつくる人など、分業によってつくられ、最後にそれぞれが組み合わされて完成する。祭りが終わればそれらは解体され、次の年の素材として小屋に保管される。このような山車の制作スタイルは、制作したものを組み合わせてひとつの作品にしたり、素材を再利用したりする彼らの制作スタイルと似ている部分がある。作品群からは、山車の土台に見立てた車や台車、限られた土台の上で縦や横に広がる表現、奥行きなど、どこか八戸三社大祭の山車を感じるだろう。


THE COPY TRAVELERS《TCT丸(八坪の海岸線とトランプタワー)》(2024)

リサーチ風景[筆者撮影]

時代が移り、表現方法が版画からコピー機に代わっても、子どもたちが自身の生活や社会に目を向けて、自らの手を動かして表現したことに変わりはない。子どもたちにとって、アーティストやその作品との出会い、仲間との共同制作、美術館での展示は、これまでにない豊かな体験になっただろう。それは筆者も同じで、子どもたちとアーティストが出会って活動することで、子どもたちの表現の可能性が広がっていく様子を感じることができ、お互いに学び合う機会になった。教育版画から受け取った「種子」は、コピトラによって「芽吹き」、子どもたちとコピトラの作品として「開花」し、それがまた「種子」となって誰かのもとに届く。美術館は、これからも「種子」が育まれる土壌になっていくだろう。なお、本展に併せて、以前の企画「美しいHUG!」(2023)で教育版画を題材に八戸の小中高生と制作された、音楽家・井川丹の音楽インスタレーションも、版画作品とともに再展示が行なわれている。

活動風景[撮影:神智]

学校連携によって拡がる、美術館のソフト面

当館では、学校連携事業にも力を入れている。その取り組みのひとつに、「学校連携プロジェクトチーム」がある。2021年の再開館前から、建築のハード面だけでなく、ソフト面も再考し、美術館から創造的な行為が生まれ、それが人を育み、やがて地域を育むというビジョンを掲げた。そこで、より深く創造的な学びの場を生み出すために、学校教員や美術館スタッフなどの人がつながり、共に取り組むことを重視した。その結果、集まった八戸市内の小中高の教員と筆者を含む学芸員2名、そして、外部の専門家を加えた「学校連携プロジェクトチーム」を発足した。2023年から学校連携コーディネーターも加わり、メンバーの数に増減はあるが、毎年20名程度で活動している。

チームの目的は、アートを通した学びの実践と研究、学校・美術館で抱える課題の検証、美術館活用プログラムの開発、美術館でさまざまな人とつながることなどが挙げられる。教員からの発案で作品制作や鑑賞のプロジェクトを行なうこともあれば、全体会議では鑑賞に関する研修などを行なうこともある。また、美術館内に「学校連携ラボ」という部屋を設け、メンバーが自由に活動できる場を提供しており、図工美術展の準備作業や教員同士の会議などに使用されている。

「大きな絵」プロジェクト活動風景(2021)[筆者撮影]

このプロジェクトを立ち上げた大きな成果として挙げられることは、プロジェクトチーム所属の教員からの相談や美術館の活用が増えたことだ。収蔵作品を活用した研究授業の開催、授業で制作した作品を子どもたちが自ら美術館内に展示するなど、美術館の活用は展覧会の見学だけに留まらない。プロジェクトチームの活動以外にも、アーティストによる出張ワークショップや学芸員による出張授業、対話型鑑賞の校内研修などの学校連携事業も行なっている。

「思い出を美術館に…」授業風景(2022)[撮影:神智]

学校現場の多忙化や図工・美術の専門教員の減少が進むなか、青森の教育版画が教員に限らず、郷土の版画家や地域外の実践者も関わりながら育まれていったように、美術館も学びの場のひとつとして学校や子どもたちとつながり、共に学びながら、地域社会をつくっていくことがこれまで以上に求められるだろう。

風のなかを飛ぶ種子 青森の教育版画
会期:2024年10月12日(土)~2025年1月13日(月・祝)
会場:八戸市美術館(青森県八戸市大字番町10-4)
公式サイト:https://hachinohe-art-museum.jp/exhibition/3486/