本稿では、八戸市美術館で開催中のコレクション展示「コレクションラボ009 リビングルーム」(会期:2024年11月2日~2025年2月24日)から、担当学芸員としての現在の関心や取り組みについて紹介する。
八戸市美術館は2021年の再開館当初から「出会いと学びのアートファーム」をコンセプトに掲げているが、最近の私の関心は、いかにして展示室を出会いと学びの場にできるか、という点にある。作家や作品研究をもとに作品の魅力を伝えるだけでは物足りなさを感じており、それゆえ、来場者が作品と出会う印象深い瞬間や、作品を通して気づいたり悩んだり楽しんだりする場を、おこがましくも生み出したいと思っている。その考えを反映させたのが2024年春に開催したコレクション企画展「展示室の冒険」であり、今回の「リビングルーム」もまた、その延長線上にある。
絵が始まるもっとも身近な場所
さて、本展の会場となっている「コレクションラボ」は、八戸市美術館に設けられたコレクション(収蔵作品)のための小展示室である。
八戸市美術館コレクションラボ[撮影:Daici Ano]
ここでは、年に3〜4回、コレクションのラボ(研究室)として、切り口や見せ方を工夫した小企画展示を行なっている。2室が連なった約101平方メートルの展示室で、天井高は3.5メートル、床はグレーのカーペット、壁も少しグレーがかっている。そうした小規模な展示室であることから、大きな展示室では難しい実験的な展示にも挑戦しやすい。そしてここで得た成果は、その後の展覧会や作家・作品研究の進展などに活かされる。以前のコレクションラボ展示については同館学芸員・大澤苑美による過去の「キュレーターズノート」(2024年5月29日公開)をご覧いただきたい。ちなみに、館の中核を担うスペース「ジャイアントルーム」と同様に、このスペースでの展示は誰でも無料で見ることができる。
今回のコレクションラボの展示では、「リビングルーム」と題し、油彩画・日本画・版画・書の全16作家24作品を扱った。会場は2室に分かれており、各室にキー・ファニチャー(鍵となる家具)を置き、表情の異なる展示空間をつくった。第1室「テーブルを囲む」では、テーブルとチェアのセットを部屋の中央に置き、その周りを囲むように絵画作品を展示した。
「コレクションラボ009 リビングルーム」第1室展示風景[撮影:神智]
ここでは作品に近づいてじっくり見ることもできるし、チェアに腰掛けてテーブルに肘をつき、落ち着いて作品を眺めることもできる。座って鑑賞することを考慮し、通常展示より10センチ低く作品を展示している。また、展示作品は、花や果物の静物、食卓の風景など、テーブルが描かれている作品で、展示室のテーブルや花瓶越しに見ることで絵画世界と現実世界がリンクする効果を狙っている。展示作家のひとり・月舘れい(1921-2015)は、テーブルを描いた作品を多数遺している。
月舘れい《魚のあるテーブル》(2002)八戸市美術館蔵
月舘は、毎日接しているテーブルをイメージの源として作品を制作していたという。月舘に限らず、テーブルは絵が始まるもっとも身近な場所なのかもしれない。
次の第2室「ソファでくつろぐ」にはふかふかの大きなソファを置いている。
「コレクションラボ009 リビングルーム」第2室展示風景[撮影:神智]
このソファに体を沈めると、すぐに立ち上がるのは難しいだろう。ソファの目の前には、大きく見応えのある作品を展示しているので、ゆっくりと鑑賞してほしい。そのほかに、ソファの左右や背後にも作品が展示されている。設営の際にはソファとの距離感や視線の動き、色彩、壁の余白などを見ながらじっくり作品を配置していった。照明についても考えて、第1室の部屋全体を明るくしたのに対して、夜の落ち着いたリビングルームをイメージした第2室は部屋を暗くし、作品を浮かび上がらせるようにして、平坦な展示にならないように照明演出で変化をつけた。
また、会期中には展示替えならぬ「模様替え」を行なった。展示作品を入れ替えるだけではなく、作品の場所を入れ替えたり、家具の向きを変えたりした。これは展示テーマにちなんだ遊び心である。遊び心をそのまま反映しやすいのもコレクションラボの良さだ。
ちなみにこの展示では、壁には作品番号のみを掲示している。
「コレクションラボ009 リビングルーム」展示風景[撮影:神智]
作家名や作品タイトル、解説、各室の趣旨、あいさつパネルなどの文字情報はすべて、作品リストと共に会場で配布するハンドアウトに集約した。これは、リビングルームとしての展示の雰囲気を壊さないためでもあるが、同時に、作品と文字情報の距離を取りながら情報量を保つ工夫でもある。
「コレクションラボ009 リビングルーム」ハンドアウト
「展示室の冒険」で得た手応え
あえて作品に解説を付けないという展示もあるが、私は、解説なしに作品を楽しむことも、解説を見て作品を楽しむことも両方できる展示にしたいと考えている。また、その二つ以外にもさまざまな観点や楽しみ方を見出せる展示であればさらに良い。
その思想を展示空間に大きく反映したのが「展示室の冒険」である。この展示の最終セクション「森のダンジョン」では、木立のように壁を立て、壁の片側に作品とアルファベットのみを掲示し、その裏面にキャプションや膨大な解説を掲示した。
「展示室の冒険」展示風景[撮影:神智]
「展示室の冒険」展示風景。上の写真の壁面の裏側[撮影:神智]
これは、「リビングルーム」と同様に、作品と文字情報の距離を意識した工夫である。また、作品前の床には、謎の人物「展示室の管理人」からの質問と二つの選択肢を提示した。
「展示室の冒険」展示風景[撮影:神智]
どちらを選ぶかによって次に見る作品、順路が変わるという仕掛けだが、ゲーム性があって楽しいという以上に、壁に沿って流れ作業のように「見せられる」展示ではなく、自ら「見に行く」アクションを促して楽しんでもらう、という意図で考案した。加えて、問いによって新たな観かたを知りつつ、選択肢を選ぶうちに自分が興味をもっていることの傾向がわかってくるという狙いもあった。
そのほかにも、「展示室の管理人」が鑑賞方法を研究しているセクション「研究所」では、資料や色鉛筆、座布団、虫眼鏡、白手袋などたくさんのアイテムを置いて、自分なりの鑑賞のしかたを試してもらえるようにした。
「展示室の冒険」展示風景[撮影:神智]
これもまた、美術鑑賞には多くの楽しみ方があり、自分なりに楽しんで良いのだというメッセージを込めた仕掛けである。
「好きなように自分らしく」
上記のような「展示室の冒険」の試みからも明らかなように、冒頭で述べた「いかにして展示室を出会いと学びの場にできるか」という問いに対して、私は展示空間と鑑賞体験の関係性に力を入れて取り組んでいる。話は戻るが、それは「リビングルーム」でも同様である。
家具と共に展示をしているといえば、「アートがある暮らし」のようなものを想起させる展示だと思われるかもしれないが、「リビングルーム」の狙いは家具によって観る人の心持ちを「いつもの自分」に近づけ、リラックスした状態での鑑賞体験を提供することである。そうすることで、作品との心理的距離や作品に感じることも変わると考えているからだ。
人と作品との出会いは一期一会。同じ作品を見ても、感じることはそのときの心持ちやタイミングによって変化する。また、作品がどんな場所にどんな高さで展示されているか、あるいは展示の文脈や照明によっても変化する。隣にどんな作品があるのか、展示室にどのくらい人がいるかによっても変化する。美術館で作品を展示する立場にある私の使命は、その一度きりの出会いをより良いものにすることである。
また、作品を前にしているからといって、必死に作品を鑑賞する必要はない。ソファやチェアに座って、何も考えずに休んだり、今日の晩ごはんや将来のことをあれこれ考えたり。そんな人の傍らに美術作品があることは、素敵だと思う。ハンドアウトにも先述の具体例を挙げて「好きなように自分らしくお過ごしください」と記載している。
このように、どうすれば美術を楽しめるか、どんな楽しみ方があるのかという提案を積極的に続けることで、多くの人に出会いと学びを届けられる美術館を目指していきたい。そんな志を持って日々アイデアを絞り出している。
コレクションラボ009 リビングルーム
会期:2024年11月2日(土)~2025年2月24日(月)
会場:八戸市美術館(青森県八戸市大字番町10-4)
公式サイト:https://hachinohe-art-museum.jp/exhibition/4303/