国立工芸館(以下、工芸館)が工芸だけでなく、デザインの作品も収集していることをご存じだろうか。2020年に東京・北の丸公園から石川・金沢へと移転、その土地柄もあって伝統工芸の印象が強いかもしれないが、じつは「日本で唯一、工芸とデザイン作品を専門に扱う美術館」(工芸館ウェブサイト説明文より)なのである。


「反復と偶然展」 1章「反復」 展示風景[撮影:石川幸史]

東京で活動していた当時から、定期的に企画展・所蔵作品展ともにデザインの展覧会を開催してきた。近年の例をあげると2013年度「現代のプロダクトデザイン─Made in Japanを生む」、2016年度「マルセル・ブロイヤーの家具:Improvement for good」、2018年度「イメージコレクター・杉浦非水展」、2023年度「印刷/版画/グラフィックデザインの断層 1957-1979」などがある。所蔵作品展では2019年度「デザインの(居)場所」はまさにデザインコレクションに焦点を当てたものであった。また、工芸とデザインの両方を紹介する展示は、2021年度「めぐるアール・ヌーヴォー展 モードの中の日本工芸とデザイン」や2022年度「工芸館と旅する世界展─外国の工芸とデザインを中心に」など枚挙に暇がない。

私は2024年5月に工芸館に着任した。これまでヨーロッパ、特にドイツの近代デザイン史について関心を持ってきたので、デザインの展覧会はもちろん作品収集や研究ができればと考えている。本稿では工芸館のデザインコレクションの概要を紹介するとともに、その魅力を伝えるための手がかりについて考えてみたい。

国立工芸館のデザインコレクション


田中一光《Nihon Buyo UCLA》(1981)

工芸館のデザイン作品は、分類上グラフィックデザインと工業デザインに大別されている。工芸作品が陶磁、ガラス、漆工、木工、竹工、染織、人形、金工といった素材技法で細かく分類されているのに比べると非常に大まかな分類であり、要は形状が平面か立体かという区別である。現在、グラフィックデザインは841点、工業デザインは192点の所蔵がある(2024年3月末日時点)。

グラフィックデザインには一部書籍などもあるが、その大部分はポスターである。ミュシャやカッサンドルといったデザイン史の教科書でもおなじみのデザイナーの作品で、19世紀末から20世紀初頭のアール・ヌーヴォー、アール・デコの流れをたどることができる。ほかに海外のものでは、チェコやポーランドなど東欧デザイナーの作品が充実している。国内のものでは、原弘、亀倉雄策、永井一正、田中一光、福田繁雄ら昭和から平成に活躍した日本人デザイナーのポスターの代表作は一通り揃っている。なかでも、明治期から三越の仕事を手がけ、日本におけるグラフィックデザイナーの草分けである杉浦非水の作品や資料を多数収蔵しているのが大きな特色である。


アルフォンス・ミュシャ《サラ・ベルナール》(1896)



杉浦非水《銀座三越 四月十日開店》(1930)

工業デザインでは、イギリスの工業デザイナーの先駆者で日本の殖産興業政策に大きく貢献したクリストファー・ドレッサーの作品を58点収蔵している。物品としては家具や照明器具、装身具やテキスタイルなども含まれるが、その大半を花瓶や食器、ポットなど器形のものが占める。これは工芸館がデザインを工芸から発展した概念ととらえ、収集してきたことを示すものであろう。例をあげると、森正洋、小松誠、栄木正敏らによる量産を意図とした陶磁器やガラス器など、いわゆる「クラフトデザイン」が中心に据えられている。収蔵点数としてはグラフィックより少ないものの、ルネ・ラリックのガラスやマルセル・ブロイヤーの家具など、アール・ヌーヴォーからバウハウスを中心としたモダニズムデザインへという20世紀初頭の西洋近代デザイン史を語るうえで外せない作品をおさえている。ヨーロッパ工芸の近代化が日本に与えた影響は大きく、その関係をみる比較対象としても重要な資料である。

クリストファー・ドレッサー《ティーセット》(1878)[撮影:田中俊司]

森正洋《G型しょうゆさし》(1958) [撮影:アローアートワークス]

小松誠《Crinkle Series スーパーバッグ K1, K2, K3》(1975)[撮影:アローアートワークス]

マルセル・ブロイヤー《クラブ・チェア B3(ワシリー)》(1927)[撮影:エス・アンド・ティ フォト]

しかしながら、デザイン作品の収集には困難さもつきまとう。まずは、なにをもってデザインとするかという根本的な問いである。この問いに対する明確な解答はないといってよい。「用途や機能がある物品で、一品ではなく複数(大量)制作であり、考案する人(デザイナー)とつくる人(工場・職人)が別」などと一応の定義はできるが、当てはまらないものも多い。特に表現の多様化により美術、工芸、デザイン各ジャンルのボーダレス化が進む今日、なにをデザインとみなすかはますます混沌としている。

つぎに、一口にデザインと言ってもその範囲は多岐にわたるため、どの分野のものを収集するかという問題が生じる。特に工業デザインは飛行機や自動車、電子機器、家具、ファッションアイテムから日用品まで非常に幅が広く、そのすべてを収集保管するのは物理的にも不可能であるため、対象を限定せざるをえない。実際、日本ではデザインを収集対象にする美術館はそれほど多くはないが、どこも分野や時代を限定したり、特定のデザイナーに重点を置いて収集している。その意味では、工芸館は「工芸との関係からデザインを考える」という視点でデザインの収集をしてきたといえよう。

反復と偶然展

ここで、私が工芸館に着任後はじめて担当した所蔵作品展「反復と偶然展」を紹介したい。「反復」と「偶然」という二つのキーワードから所蔵作品をみるという大枠は着任以前に決定していたため、そのテーマを私なりに解釈し構成と作品選定を行なった。コレクションの全体像を把握することから始め、テーマと作品との関係を考えていくなかで、「反復と偶然」は工芸とデザインの関係性を問い直すうえでも格好のテーマになりえるということに気がついたのである。

1章「反復 繰り返しが生みだす模様とかたち」では織る、編むという反復動作によりつくられる染織や竹籠、幾何学模様など連続パターンの装飾を施した陶磁、漆工などとともにデザイン作品を数多く紹介した。それは、デザインが均質な製品を量産するための技術、つまりは反復を基盤にした概念であるからだ。量産品である以上緻密な細工などはできないが、セットで統一感をもたせたり、重ねて収納できるようにしたりと、生産効率、機能性、そして美しさのすべてを考慮し生みだされている。工芸の高度なわざが反復による鍛練で習得されるのと同様、デザインも均質な製品を反復的に生産する技術であり、どちらも「偶然性の排除」を目指すものであるという共通点がある。

さらに、同じ形の繰り返しを効果的に利用したポスターと、同じ形の部品だけを組み合わせた物品のデザインだけを特集した展示「デザインは繰り返す」を別室に設けた。デザイン作品はそれ自体が反復的所産であると同時に、表現としても反復の要素を色濃く持つという、二重の意味で反復性を備えていることを示したかったからだ。

1章「反復」 展示風景[撮影:石川幸史]

特集「デザインは繰り返す」展示風景[撮影:石川幸史]

2章「偶然 自然の素材と人為を超えたちから」では、作り手自身も予測や制御ができない要素を含む作品として、熱や炎の加減や温湿度などの影響を強く受ける陶磁やガラスが中心となった。また竹工や木工の節や木目など天然素材の特徴がその魅力となっているものもある。さらに、実際は制作過程に偶然の要素はなくとも、即興的にみえたり脆く儚い印象を抱かせる作品も、再現性の低さを感じさせるという意味でこの章で紹介した。ここではデザイン作品の展示はない。上述のとおり、デザインの基礎は反復可能性であり、偶然の要素があっては複数生産ができないからである。偶然とデザインは本質的に相容れない性質なのである。

2章「偶然」 展示風景[撮影:石川幸史]

3章「反復×偶然 正反対の性質が融合すると…」では、その複合性に着目した。工芸は反復と偶然のどちらかの一方の要素だけで構成されているわけではなく、またデザインにも偶然の要素を取り入れた作品があることを紹介した。例えば、幾何学的な模様をあえて滲みや揺らぎが出るような技法で表現した陶磁やガラス、同じ形の部品だけで構成されているが再現不能な色彩や質感を持つ作品など、多くの工芸作品は反復と偶然の双方の要素を併せ持っている。先ほどデザインと偶然は相容れないと述べたが、その考えを払拭してくれたのが小松誠《Crinkle Series スーパーバックK1, K2, K3》である。無造作なしわの入った紙袋からとった型による量産磁器のデザイン作品だ。いわば「偶然を反復した」この作品は、今回の構成を考えるうえで大きな気づきを与えてくれた。

3章「反復×偶然」 展示風景[撮影:石川幸史]

一口に反復といっても、人がつくる以上厳密にみればまったく同じ繰り返しなど存在しないし、逆に最初は偶然であってもそれを制御すべく探究し再現する技術を獲得すれば、それはもはや偶然ではなく必然となり反復も可能になる。偶然にみえてもじつは計算づくだということもあるだろう。このように「反復」と「偶然」とは一見相反する性質のようだが、その境界は非常に曖昧で、どこかで反転する可能性すらある概念なのだ。その狭間にあるからこその工芸とデザインの魅力を伝えたいというのが本展のねらいであった。

工芸とデザインをつなぐために

以上のように、本展では「反復」と「偶然」の二つの視点からコレクションを眺めることで各作品の特徴や魅力だけでなく、工芸とデザインの関係が図らずも浮かび上がってきたように思われる。これは工芸もしくはデザインのどちらか一方だけではみえてこなかったものであり、両方の共通点や差異を意識することで、「ものづくり」というさらに大きな枠組の本質について考えることが可能になる。

今後、公私立問わずデザインに特化して収集展示を行う美術館が誕生する可能性もあるだろうし、デザインコレクションの質、量ともに工芸館のそれを凌駕するような館もでてくるかもしれない。しかしそれでも、工芸館の工芸ともにデザインをみるという視点は他館では持ちえない強みとなるはずである。

再来年には東京国立近代美術館工芸館として誕生して半世紀の節目を迎える。これまで培ってきたコレクションを基盤にして一層の充実を図り、国立工芸館の「工芸とデザインの美術館」としての認知をさらに広めてゆけるよう、収集展示の活動を展開してゆきたい。

反復と偶然展
会期:2024年12月17日(土)~2025年2月24日(月・祝)
会場:国立工芸館(石川県金沢市出羽町3-2)
公式サイト:https://www.momat.go.jp/craft-museum/exhibitions/r6-02