湯の町・別府では、沸々とたぎるアートが町なかにあふれ出そうとしている。
アートNPO・BEPPU PROJECT(以下、ベップロ)は、2022年度より別府市と協働し、アーティストやクリエイターの別府への移住・定住や創造的な活動をサポートし、地域とつなぐ施設として、別府市創造交流発信拠点「TRANSIT」 の運営をスタートさせた。大正から昭和にかけて、逓信建築を多数手がけた吉⽥鉄郎設計のレンガホール(国登録有形文化財)の一角をリノベーションし、移住のための空き家紹介といったアーティストと地域や企業をつなぐための相談窓口と、展覧会やイベント実施などのための展示室を運営している。筆者はこれまで本連載で「混浴温泉世界」をはじめ、たびたび別府を訪問してレポートを執筆してきたが、コロナ禍以降5年ぶりに訪問した別府が、新たな進化を遂げようとしている点について今回報告したい。

もはや町のインフラとして

2005年に発足したベップロは、2009年から計3回開催した国際芸術祭「混浴温泉世界」や、「国東半島芸術祭」、2016年から実施した1アーティストにフォーカスする「in BEPPU」シリーズなどの大規模な芸術祭やアートプロジェクトを軸にさまざまな事業を展開してきたが、「文化観光の推進とアーティスト・クリエイター移住・定住計画」やその拠点となる「TRANSIT」の運営は、これまでのように、大規模芸術祭を活動の軸とするのではなく、より持続可能なかたちで、地域のなかにアーティストという存在を根づかせていくための試みである。

別府市中心部のレンガホール内に位置する別府市創造交流発信拠点「TRANSIT」[撮影:久保貴史]
©︎ BEPPU PROJECT

ベップロは、その活動の初期より、湯治のための宿泊形態「貸間」に着想を得た「KASHIMA」や、2009年の「混浴温泉世界」をきっかけとして始まったアート版トキワ荘のような「清島アパート」など、数週間から年単位でのアーティスト・イン・レジデンス事業を現在に至るまで多数実施してきた。近年、そういったレジデンス事業や、いわゆる「アートをいかしたまちづくり」などは、全国各地で行なわれているが、この別府市で行なわれている取り組みは、そこからさらに進化し、もはやアートが「町のインフラ」として整備されていることに何より驚いた。

TRANSITには、開設以来これまで200件以上の相談があり、筆者が訪問した休日午後にも、若手クリエイターが情報収集のために来所していた。TRANSITを起点とする移住・定住計画は、別府駅から徒歩10~15分ほどの南部・浜脇地区を重点エリアと定め、(1)移住・定住に向けたアパートやスタジオなどの物件紹介、(2)ソフトとハードの両面からの活動の場づくり、(3)制作活動などへの資金補助、(4)表現のためのマネジメント講座など、いくつかの柱を基に運営されている。そのなかでも、(2)の「発表の場づくり」は、現在もっとも活発に行なわれており、3月初頭の訪問時には、昨年整備されたBEPPU STUDIO 01(以下、STUDIO 01)が運用中で、そのほか02、03、04が年度内の完成を目指して、スタッフ総動員でリノベーション中であった。


「合法的スクワッター」のフットワーク

そもそも、ベップロの特徴のひとつは、「不動産に強い」ことだ。活動の初期より、商店街の空き店舗や高齢化に伴う空き家問題といった地域課題と向き合ってきたなかで、それらの物件を「地域資源」として捉え始めたという。その「資源」の利活用としての建築物のリノベーション事業にも積極的で、2008年より中心市街地の交流拠点として整備を手掛けたplatform事業のうち、現在もplatform04は大分ゆかりのアーティストらのアイテムを取り扱うSELECT BEPPUとして、築100年の長屋を改装したplatform05はレンタルスタジオとして運営している。それに加えて今回の計画では、ひと足先にギャラリースペースとして運用中のSTUDIO 01のほか、大分を代表する建築事務所DABURA.mが担当する能楽堂のある建物内のスペースを改装したSTUDIO 02、大分と北海道を拠点に活動する三木佐藤アーキが担当しマンションの管理人室をリノベーションしたSTUDIO 03、JR九州と協働し、フジワラテッペイアーキテクツラボの藤原徹平監修のもと、東別府駅脇の詰所をキッチン付きの滞在可能なスタジオとして整備するSTUDIO 04など、よくぞこんな場所に目をつけたなと思わせるニッチな空間を、いずれも気鋭の建築家たちが手がけているのが面白い。家主の理解や地域住民の協力、物件を管理し、家賃を払いながら運営を続けていくという難しさはあるが、補助金などをフル活用しながらスピード感をもって実行するフットワークの良さは、まさに現代の「合法的スクワッター」であり、美術館などが到底真似できない、地域に根差したアートNPOならではの活動である。

BEPPU STUDIO 01では清島アパートの入居アーティスト・高梨麻梨香の展示(2025年2月15日~3月9日)が開催されていた

能楽堂のあるスペースの一部をDABURA.mがリノベーションした BEPPU STUDIO 02[撮影:久保貴史]
©︎ BEPPU PROJECT

BEPPU STUDIO 02[撮影:久保貴史]
©︎ BEPPU PROJECT

マンションの管理人室を改装したBEPPU STUDIO 03[撮影:久保貴史]
©︎ BEPPU PROJECT


東別府駅の詰所を改装し滞在制作できるスペースに。キッチンも備えたBEPPU STUDIO 04

BEPPU STUDIO 04[撮影:久保貴史]
©︎ BEPPU PROJECT

アーティストを囲み、育てる関係性

とはいえ、リノベーションした空間をどう稼働させ、使っていくかという点が難しい課題である。筆者が訪問した3月2日は、清島アパートのアーティストらによる「こんにちは、清島アパートフェスティバル2024-2025」展の会場として高梨麻梨香の展示が行なわれ、鑑賞ツアーが実施されていた。あわせて、本年の清島アパート成果展のアドバイザーを務めてきたキュレーターの能勢陽子とアーティストらのトークセッションが行なわれ、トーク会場となった紙屋温泉2階の公民館には多くの住民や美術ファンが車座になり集まった。清島アパートの成果発表は、2022年から展覧会形式で始められたが、従来のグループ展形式から、自身の表現に合った場所を主体的に選ぶよう変更が加えられ、また、外部アドバイザーについても、事前に現地訪問をして、アーティストたちとミーティングを行なったうえで、最後に講評というかたちに変更されたという。アーティストと運営スタッフ、そしてアドバイザーの間の信頼関係は、何より大事だ。互いの背景を理解して、小さなブラッシュアップや軌道修正を重ねながら、丁寧に関係性を結ぶ点に、個人的にも大きな学びがあった。

トークセッションのなかで、特に印象的だったのは「人のアドバイスをどう受け止めるか」というテーマである。それは創作活動を行なう誰もが直面する問題だが、「かつては自分のなかでシャットアウトしていたが、最近ようやく聞けるようになった」「聞くけれども、取り入れるかどうかは自分次第」というアーティストたちの正直な意見や、「作品をつくらない時期があってもよい」というベテラン美術関係者らのコメントが寄せられた。清島アパートには、絵画や映像、サウンドインスタレーション、漫画や演劇など、多様なバックグラウンドと、20代から40代後半まで年齢の幅をもったアーティストが集まり、その周りに、ベップロスタッフをはじめ、キュレーターや評論家、美術ファンや地域の人が、まさに車座のように、多層的に集まって彼らをあたたかく見守り、応援する良さがある。そういった環境のなかでこそ、得られる気づきや成長の種があったのではないか。アーティストが地域のなかの多様な視点のなかで育てられていく、そういう点でよく練られたプログラムであった。

紙屋温泉2階で開催された清島アパートでのトークセッション。中央はトーク中の東京ディスティニーランド

さらに興味深いのは、先にも述べた通り、(3)作品発表や制作のための活動補助金の援助や、また(4)のように、表現活動を続けていくうえで欠かせない契約や会計・税務、広報などの連続講座も実施されていて、気軽に無料で受講できることだ。あわせて、毎年秋に100を超える文化芸術イベントが行なわれる市民文化祭「ベップ・アート・マンス」や、アーティストや工芸家、生産者や料理人まで幅広く出店するクリエイターズマーケット「TRANSIT MARKET」、さらに2025年から本開催される「Art Fair Beppu」と、敷居の低いものから、アーティストとして本格的に生計を立てていくための企画までさまざまなルートが設定されている。このような構想を立てて事業を実施している事例は、私の管見の範囲ではあるが、ほかに類を見ない。

町を歩く楽しみを増やす、ALTERNATIVE-STATEの試み

そういった背景のなかで、2022年からスタートした地域のなかに作品を長期展示する「ALTERNATIVE-STATE」は、2025年までの4年間で別府市内に8つのアート作品を点在させて設置することで、芸術祭のように期間限定ではない、日常的に別府の町を歩く楽しみを向上させるプロジェクトである。

アーティスト・イン・レジデンス/企画チーム(ゆ)が運営する多目的スペース・ドマコモンズの一角にあるマイケル・リンの壁紙

まず、別府駅を出ると町のシンボル・油屋熊八像の奥にある、マイケル・リンの壁画《温泉花束》が迎えてくれる。公共空間の中に人々の暮らしに根ざす柄や模様を取り入れた壁画を展開することで知られるリンの今回の作品は、商店街でのリサーチで選ばれた浴衣の柄がモチーフとなっている。この柄は、町なかやあるいは市内のオルタナティブスペース「ドマコモンズ」の一角などにも、つづれ織りのように繰り返し登場し、町なかに新鮮な息吹をもたらしている。ほかにもリンと同じく「混浴温泉世界」にも参加したサルキスは、夜間にLEDでエンジェルの羽根が灯される《別府の天使》を設置した。また、トム・フルーインが別府湾に面した北浜公園の一角に設置した《ウォータータワー10:別府市、2023》は、別府市内で集められたアクリル看板や、飛沫防止のアクリルパネルがステンドグラスのように配置された給水塔の形をした作品である。とりわけ夕方や夜間の、別府湾を背景に作品に優しい光が灯る時間帯に訪れると、昼間とは違った風景を発見することができる。さらに、中心市街地から車で15分ほどの場所にある鉄輪温泉の一角に、栗林隆の《植物元気炉》も設置された。

鉄輪温泉の一角で春を待つ栗林隆の《植物元気炉》

近年栗林は、原子炉の形を模した体験型インスタレーション「元気炉」を国内外で手がけてきたが、本作ではそれを新たに「植物園」として展開させ、地域や全国の方から届けられた、バナナやサボテンなどの多様な植物が育てられている。湯治文化で知られる鉄輪で、まるで植物がゆったり湯治でもするかのように、ベップロをはじめとする地域の人たちによって育てられ、そのなかで交流が生まれ、物語が始まろうとしている様子が興味深い。

そして本年設置されたのが、中﨑透の《Bluebird Sign/青い鳥のしるし》である。別府駅前を起点に、ゴールとなる別府タワー16階までの、市内の32カ所のスポットに、中﨑が別府の栄枯盛衰を見つめてきた看板職人と映画館経営者へのインタビューから抽出したエピソードと、そこに着想を得た作品が展示される、壮大な巡回型インスタレーションである。あわせて、公開が始まった齋藤精一の《Distorted『JIKU』#023 D-1|BEPPU》は、別府中心街の東西に位置するトキハデパートとスーパーホテル間に、ひと筋の光の軸が放たれるミニマルな作品である。筆者の訪問日は、別府の町全体に濃霧が立ち込めていた。霧のなかで光線はうっすらとした緑色を帯び、霧の粒子によって拡散された光が、別府湾沖と山側の双方に向かって伸びる。まるで、異界へと通じる光のようなスペクタクルな光景に、町の人々もしばし足をとめて見入っていた。これらの「ALTERNATIVE-STATE」作品は、日中から夜にかけて作品を巡ることで、別府の朝から夜までを体験する仕組みを目指して設計されているという。

何より面白いのは、目的をしばし忘れて、迷いながら路地を歩くことだ。別府の町なかには、筆者が巡ったわずか500メートルほどの北浜の町の圏内だけでも、北浜租界SUGR、ドマコモンズ、Art&Gardenねこぜなど、ギャラリーやオルタナティブスペースが多数運営されており、通称「ジモ泉」と呼ばれる共同温泉のような勢いで、アートが町なかに沸いている。そして、真面目にそれらの作品やスペースを目指して歩いていたつもりが、つい立ち止まり、町の人との話が盛り上がったり、一服したり、寄り道したり、脱線したりする。そんなことが許されるのも、この町ならではのことなのかもしれない。

多様な人々が「普通」に共存する別府の面白さ

首都圏や大都市圏と比較して人口規模の小さい九州では、国際的に活躍するアーティストを多数ラインナップした芸術祭の実施を夢見ることはあるが、現実問題として動員や継続開催はなかなか難しい。だからこそ、自治体や主催者の体力に見合った中~小規模な、しかしほかにはない土地のストーリーを取り入れたユニークさをもち、思わず訪ねてみたくなるような事業を実施していくことが重要である。地方独特の人間関係の濃密さと、観光温泉地特有の「来るもの拒まず去る者追わず」の絶妙な二面性、そして学生の半数が外国籍というAPU(立命館アジア太平洋大学)開学を機にさらに高まった国際性など、地元民や多国籍な人々と同じように、「普通」にたくさんのアーティストが暮らしているという、「普通じゃない普通」を味わえるのが、別府という町の面白さである。それをどう見せるか。

別府はアーティストやクリエイターの移住・定住の活性化によって、内側からアートエコシステムの実装を目指す町だと言えるが、その一方で、外側から訪れる、現代アートのファンに向けた解説や案内を整備して認知度を高め、そしてさらにより広い層をどう取り込んでいくかがその成功の可否につながる。町のなかにアーティストを増やす内需と、外からアートを求めて人が来る外需を両立させるための仕組みづくりは、決して楽なものではないが、ベップロの行動力(と楽観主義)があれば、できるのではないか。私はすでにそのひとりだが、「別府面白いよ、一緒に行こうよ!」という、熱い湯とアートを求める別府ファン、ベップロファンを増やしていくことが、今後の展開の鍵となるだろう。


関連リンク
BEPPU PROJECT:https://www.beppuproject.com/
TRANSIT – 別府市創造交流発信拠点:https://transitbeppu.com/
ALTERNATIVE-STATE / オルタナティブ・ステート:https://alternative-state.com/