2025年3月30日、鳥取県立美術館が開館した。館内は絶え間ない来場者で賑わい、取材や視察もひっきりなしで、関係者一同忙しいながらも胸を撫で下ろしている今日この頃である。まだ距離をとって眺めることができない美術館について書くことは非常に困難を極める作業ではあるが、一担当者としての関わりから、〈コレクション〉を切り口に紹介してみたい。

開館記念展──江戸絵画から現代アートまで、「リアル」という視点から見る

開館記念展「アート・オブ・ザ・リアル 時代を超える美術」は、尾﨑信一郎館長によるキュレーションである。副題の「若冲からウォーホル、リヒターへ」は、鳥取県のコレクションと呼応した展覧会の内容を示す。つまり、「江戸絵画から現代アートまで」が当館の収集する時代のレンジであることを表明している。本展では、この期間の美術の歴史を「リアル」という観点から六つの章とエピローグで再構成し、その挑戦と格闘の軌跡を描き出すことを試みた。展示作品数は約180点で、うち館蔵作品は約2割、残りの8割は国内の美術館や所蔵家、作家からの借用品である。近年開館した美術館のうち、大阪中之島美術館アーティゾン美術館は開館記念にコレクション展を開催し、その質量の厚みを誇ったが、長野県立美術館は新しい収集方針「自然と人間」に沿った「森と水と生きる」、富山県美術館はアートの根源に立ち返る「LIFE」をそれぞれテーマに掲げた名品展というスタイルをとっていた。当館の場合、後者のテーマ展に近い形態をとりつつも、コレクションに軸足を置いた展示構成が成されている。

「軸」と表現した理由はいくつかある。まず、「リアル」というテーマは、鳥取藩の御用絵師である土方稲嶺らによる写実表現、クールベの写実主義を研究し独自の理論をもとに制作した洋画家・前田寛治、写実から抽象へと作品を展開させた彫刻家・辻晉堂など、コレクションの核を成す作家たちの多様なリアリズムの追求の在り方から据えられている。作品の選定はテーマに沿って全学芸員が各自の担当分野から推薦し、議論を重ねて行なわれた。従って、すべてを網羅したようなリストにはなっていない。そうした偏りを均し平均的にするのではなく、むしろ活かすことで、ある種美術館の活動のステートメントとして機能させた、と言うこともできるだろう。

第一章「迫真と本質」展示風景[筆者撮影]

なかでも、戦後アメリカ美術を取り上げた第四章「物質と物体」は、1968年にニューヨーク近代美術館(MoMA)で開催された「The Art of the Real: USA 1948-1968」の再現とも言えるラインナップに、日本の具体や冨井大裕ら現代作家の作品が並び、尾﨑館長の肝煎りのパートとなった。

第四章「物質と物体」展示風景[筆者撮影]

また、本展では、前田寛治や辻晉堂らの作品が複数の章にわたって紹介されている点も、「軸」として機能している。前田は、第一章「迫真と本質」に《西洋婦人像》(c.1925)、第二章「写実を超える」にアンドレ・ロートの画塾で習得したキュビスム理論の影響を残す《街の風景》(1924)、第三章「日常と生活」には《棟梁の家族》(1928)と《ものを喰う男》(1924)という労働者を描いたシリーズ、第五章「事件と記憶」には《メーデー》(1924)、そして小企画「横たわる裸婦」には《仰臥裸婦》(1925)の計6点が出品されている。辻は、第一章に写実的な木彫《詩人(大伴家持試作)》(1942、東京国立近代美術館所蔵)、第二章にキュビスムの影響が色濃い《顔(寒拾)》(1956)、第六章「身体という現実」には陶彫の代表作《寒山》(1958)の3点が展示された。作家たちはひとつのスタイルにとどまらず、実験や興味の変遷により作品を展開させており、その時々の「リアル」の表出を感じていただけるだろう。

第二章「写実を超える」展示風景
手前の壁面には前田寛治《街の風景》、坂田一男《キュビズム的人物像》、辻晉堂《顔(寒拾)》が、奥側の壁にパブロ・ピカソのキュビスム期の作品《裸婦》が並ぶ

第三章「日常と生活」展示風景、前田寛治《棟梁の家族》とアウグスト・ザンダー「時代の顔」シリーズ[筆者撮影]

さらに、平久弥、満田晴穂、伊藤学美、藤原勇輝、井田大介など、鳥取県出身の現代作家たちの作品が要所に置かれていることに気づいた方もいるかもしれない。未来のコレクション像を描く試みともいえる。購入の是非が議論された新収蔵作品、アンディ・ウォーホルの《ブリロ・ボックス》(1968、1968/1990)も本展で初公開された。デュシャンやリキテンスタイン、河原温、リクリット・ティラヴァニらの作品がこの《ブリロ・ボックス》の脇を固めることで、美術史上の位置付けが図られていることも、あらためて挙げておこう。

第一章「迫真と本質」展示風景
左から平久弥《Estalator#33》、伊藤学美《Surface#22》、満田晴穂《識〈八識〉》[筆者撮影]

第三章「日常と生活」展示風景[筆者撮影]

筆者が担当したやなぎみわの《Windswept Woman》(2009)は、今年度新たに収蔵された作品であり、本展出品作のなかでも最も強い思い入れがある。高さ4メートル、幅3メートルの巨大なフォトフレーム5点から成るこのインスタレーション作品は、2009年のヴェネツィア・ビエンナーレ日本館で発表されて以来、初の公開となった(同時期に国立国際美術館で開催された個展「婆々娘々!」[2009/06/20-09/23]の展示作品は、展示用にターポリン出力されたものであったうち、当館には3点が昨年度収蔵されることになった。本展では会場の都合で1点のみではあったが、初公開の機会を得た)。収蔵にあたっては額縁を仕立て直し、すべてのプリントが再制作された。コロナ禍の影響もあり、当初予定していたドイツでのプリントを断念し、国内での調達に切り替えた。作品の大きさゆえに、組み立ての精度や手順、転倒防止策などをめぐって検討と試作を重ねること2年半。開館前の美術館で約2週間にわたり最後の調整が行なわれ、まだほかの作品が搬入されていない企画展会場で2日がかりで設置されたときのことは、制作チームとともに深い感慨を覚えた。


《Windswept Woman》の設営中の様子[筆者撮影]

5つの「コレクションギャラリー」

2階コレクションギャラリー フロアマップ[筆者撮影]

新しい美術館の大きな特徴のひとつは、常設展示室の整備である。県立博物館時代は、壁面ガラスケースの約250平米の空間のみで、時折「第3企画展示室」で臨時のコレクション展が行なわれるにすぎなかったが、美術館では収蔵品の分野に沿った5つの「コレクションギャラリー」が新設された。

「ギャラリー1」と「ギャラリー2」は近現代絵画の展示を想定し、移動壁によって自由な空間構成が可能なホワイトキューブである。中央の仕切りを格納すれば一体の展示室としても利用でき、開館記念展では「第2会場」として用いられた。

建物東側の「ギャラリー3」は彫刻と工芸分野の展示室であり、入口からの壁面にガラスケースが配され、小型工芸品の展示が想定されている。奥には天井高7メートルの吹き抜け空間が広がり、現代美術館さながらの趣となっている。壁面上部には窓が設けられ、自然光での展示も可能である。ガラスケースは可動壁で隠すことができ、大型のインスタレーション展示にも対応が可能だ。

コレクションギャラリー3 「辻晉堂の世界」展示風景[筆者撮影]

コレクションギャラリー3 「絣織の美」展示風景[筆者撮影]

建物中央の吹き抜け空間を挟み、西側には「ギャラリー4」と「ギャラリー5」が並ぶ。両室とも紙作品の展示を想定しており、天井高はそれぞれ3.75メートル、3.5メートルと低めに設計されている。ギャラリー4は版画や写真の展示に適した壁面を備え、ギャラリー5は近世絵画のために3面がガラスケースとなっている。

コレクションギャラリー5「因伯の画家たち」展示風景[筆者撮影]

写真分野を担当する筆者は、開館当初の常設展示として「鳥取県の写真」と題し、鳥取出身の写真家を2期に分けて紹介することにした。平成9年に写真コレクションの第一号となった塩谷定好の芸術写真に始まり、モダンな演出写真で知られる植田正治、戦後の広告写真界を牽引した杵島隆、造形美を追求した岩宮武二の4名は、第一次美術館構想時代から写真コレクションの核として収集されてきた作家である。これらに加えて収蔵された池本喜巳の「近世店屋考」シリーズを含め、鳥取県の主要な写真作品を一望できる展覧会とした。

コレクションギャラリー4「鳥取県の版画」展示風景[筆者撮影]

コレクションギャラリー4「鳥取県の写真」展示風景[筆者撮影]

奥まった約100平米の小さな展示室に整然と並ぶモノクロ写真は、企画展の作品群と比べると情報量は控えめで、ひっそりとした印象を与える。ノイズを極力排した展示空間は作品サイズに合致し、集中を促して細部への眼差しを誘う。一方で、小スペースならではの「一望型」配置によって各作家の作風の違いが際立ち、それぞれの思考と創作の輪郭が、あたかもレンズの焦点が合うように浮かび上がってくる。収蔵庫で1点ずつ調査していたときや、パソコン上で画像を編集していたときには気づかなかった、作家たちの創意や影響関係がふと立ち現われたことは、担当者として恥ずかしくもあり、嬉しい驚きでもあった。この思わぬ発見もまた、新しい展示空間がもたらした産物であり、今後もそうした経験が積み重なっていくことを思うと、楽しみでならない。

彫刻のコミッション・ワーク

コレクションに関する3つ目のトピックとして、彫刻のコミッション・ワークを紹介したい。建物東側玄関横には李禹煥の《Relatum-Infinity Lake》と青木野枝の《しきだい》が設置され、来場者は両作品の間を通って建物に入ることになる。建物内部、3階の展望テラスには、中ハシ克シゲのブロンズ彫刻《お出かけ犬》と《抱きつき犬》が設置された。兵庫県立美術館での展覧会をきっかけに中ハシが取り組んできた「触覚彫刻」は、触覚の記憶をもとに視覚を遮断して制作され、触れて鑑賞される作品である。2匹の犬は、作者が小学生の頃に飼っていた「コロ」と、10年ほど前に亡くなった飼い犬「サン」がモデルであり、抱きついてきたり、軽トラの助手席に座ったりと、それぞれの癖や特徴をよく表わしているそうだ。大御堂廃寺跡を臨む3階の展望テラスで、犬を撫でながら夕陽を眺めるのも、新しい彫刻との付き合い方として楽しんでいただけると嬉しい。建物西側には今年度設置される計画もあり、さらなる充実が図られる予定である。

《抱きつき犬》の展示風景[筆者撮影]

教育普及プログラム「Art Learning Lab.」について

美術館の開館とコレクションにまつわる話題に加えて、当館の教育普及プログラム「Art Learning Lab.(アート・ラーニング・ラボ)」、通称A.L.L.の活動にも触れておこう。2022年6月のartscapeの記事にその概要を紹介した本プログラムは、美術館1階のスタジオの一角を拠点に本格スタートを切った。「アートにまつわる学びの相談室」と銘打ったこの部屋は、学校の教員や公民館、福祉施設の職員、地域活動従事者をはじめ、あらゆる訪問者の窓口となり、その活動をサポートし、また協働して事業を実施していくことを目的に設置された。室内には水場や作業台が整備され、作業場として活用されることはもちろん、壁面には過去事業の資料や他館での教育普及活動の取り組みを紹介するコーナーが配され、アーカイヴ機能や情報提供の場として今後充実を図っていくことが期待されている。

また、スタジオに隣接する吹き抜けの大空間「ひろま」やコルク床と本棚に囲まれたキッズスペースでも「まいにちアートを楽しめる」プログラムを展開しており、絵本の読み聞かせや工作ワークショップといった気軽に参加できる体験を提供できる場として、活用が始まった。

キッズスペースでの「えっほん!始まるよー」は月に1回開催される[提供:鳥取県立美術館]

開館から2カ月目の現在、A.L.Lの活動で大きな比率を占めるのが「ミュージアム・スタート・バス」だ。全県下の小学校、義務教育学校、特別支援学校小学部の4年生を美術館に招待するこのプログラムは、学校現場と日程調整を図りバスルートを確定させ、手配し、美術館での鑑賞活動を実施するというもので、県立博物館時代の2017年よりプレ事業が実施されてきた。1グループ5名から10名の児童生徒たちは、「ファシリテーター」と呼ばれるボランティア・ガイドとともに、45分から1時間にわたって展覧会を鑑賞する。実はこのファシリテーター養成のための研修プログラムも、試行錯誤しながらつくってきたもので、3人の外部講師を招きながら美術館や鑑賞、コミュニケーションについて座学から実践までを、約半年をかけて学ぶという充実した内容が用意されている。2025年現在の登録者は現在約70名。うち研修を修了した20名の方々と教育普及専門員に学芸員も加わって、9月までに65校2429名を受け入れる予定である。美術館を初めて体験する彼らと一緒に作品を見てまわるのは、殊のほか興味深い経験で、特に「表面がピカピカだけれども何でかな」だの「紙が破かれているみたい」だの現代美術に対しても常にオープンで、観察と探求に勤しむ様子に驚かされる。彼ら彼女らとともに、美術館も年を重ね、10年後も20年後も、ここで出会い、互いの成長を見守り合う存在になりたいものだ。

「ミュージアム・スタート・バス」で来館した児童の対話鑑賞の様子[提供:鳥取県立美術館]

アート・オブ・ザ・リアル 時代を超える美術─若冲からウォーホル、リヒターへ─
会期:2025年3月30日(日)~6月15日(日)
会場:鳥取県立美術館3F企画展示室+2Fコレクションギャラリー1・2(鳥取県倉吉市駄経寺町2-3-12)
公式サイト:https://tottori-moa.jp/exhibition/view/exhibition-01/


鳥取県の彫刻 ─辻晉堂の世界01/鳥取県の工芸 ─絣織の美
会期:2025年3月30日(日)~5月18日(日)
会場:鳥取県立美術館コレクションギャラリー3(鳥取県倉吉市駄経寺町2-3-12)
公式サイト:https://tottori-moa.jp/exhibition/view/collection3_2501/

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