
会期:2025/08/15〜2025/08/20
会場:大阪市中央公会堂3階 中集会室[大阪府]
演出・コンセプト:周東彥(Chou Tung-Yen)
振付・出演:洪翊博(HUNG Yi-Po)
公式サイト:https://wetaiwan.tw/jp/program/7
いかにも胡散臭いタイトルである。脳を解放するとは一体どういうことだろうか。何から? そしてどうやって?
狠劇場Very Theatreによる「最大40人が同時に踊る大規模マルチユーザーVRダンス作品」、『フリーユアヘッド~脳を解放しよう』(演出・コンセプト:周東彥Chou Tung-Yen、振付・出演:洪翊博HUNG Yi-Po)が大阪市中央公会堂で上演された。今回の上演は大阪・関西万博の関連イベントとして大阪・中之島エリアを中心に開催されたWe TAIWANのプログラムのひとつとして行なわれたもの。We TAIWANは1カ月にわたりパフォーマンスや映画の上映、展示、あるいはマルシェなどを通して台湾の文化を紹介する、台湾の文化部の主催による複合型イベントだ。
『フリーユアヘッド』には二つの鑑賞方法がある。ひとつはゴーグルを装着してVR体験をする方法。もうひとつはVR体験をしている観客を外から眺める方法だ。VR体験をしている観客を外から眺めることの何が面白いのかと思われるかもしれないが、この作品の本質はむしろ外側から見える光景にこそある。『フリーユアヘッド』はVRを通してゴーグルを装着した鑑賞者を操り、集団的な「振付」を実践させる作品だからだ。
VR体験を選んだ鑑賞者は円形の台を中心に放射状に並んだ席に案内され、VRゴーグルの装着方法などの説明を受ける。鑑賞者に与えられる指示は「画面に映る光の玉を目で追うように」という至ってシンプルなものだ。光の玉は中央の台の上に立つ人物の持つVRコントローラーによって操作されているらしい。パフォーマンスの本編の前にはチュートリアルも設けられており(目線と連動した十字マークのなかに光の玉を入れ続けることで点数を獲得するゲーム形式のもの)、VRに不慣れな鑑賞者もスムーズに本編を体験できるよう工夫が凝らされていた。
本編がはじまるとゴーグルの視界からは現実の光景が消え、光の玉とともに鑑賞者はVR空間を浮遊することになる。光の玉は鳥やコイン、巨大な手あるいは胎児などに姿を変えていき、空間もそれらのモチーフに合わせるように変容していく。空間は概して抽象的で、展開には特に物語性もないようなのだが、テンポよく繰り広げられるスペクタクルはまさしくアトラクションとして鑑賞者を飽きさせない。実感としては、光の玉と移り変わる風景に夢中になっているうちに、あっという間にパフォーマンスが終わっていたという印象である。
さて、しかし『フリーユアヘッド』の体験はここで終わりではない。VR体験が終わりゴーグルを外した鑑賞者は、体験中の自分たちを外から撮影した映像を見せられることになる。そこに映し出されるのは、中央の台の上に立つ人物のコントローラーの動きに操られるようにして頭部を動かす自分たちの姿だ。何よりも異様なのは、鑑賞者たちが集団として完全に同期し、統率された動きを見せるそのさまである。もう一方の鑑賞者たち──VR体験を選ばなかった人々──は、最初からこの光景を観ていたわけだ。もうひとつの現実に没頭し、我知らず集団として他人に操られている人々の姿を。
ここまで来れば、『フリーユアヘッド~脳を解放しよう』というあまりに胡散臭いタイトルのアイロニカルな含意は明らかだろう。「脳の解放」はまず第一に主体の明け渡しとして体験される。いや、体験されるという言い方は正確ではない。主体の明け渡しは、主体がそれと気づかないほどに巧妙なかたちで導かれているからだ。自らの意思で(それが指示に基づいての行動であるとしても)光の玉を追うことはそのまま、他人による「振付」に我が身を委ねることと等号で結ばれている。なるほど、たしかにここで脳=頭部は個人の意思からは解放されているようにも思える。だが、それは果たして本当に「脳の解放」と呼べるものだろうか。一般的には、それはむしろ「洗脳」や「マインドコントロール」と呼ばれるものに近いのではないか。そう、それは偽りの「脳の解放」でしかない。だからこそ、上演の最後に鑑賞者たちはVRゴーグルを外し、現実世界の自分たちの姿と対峙するよう迫られるのだ。それこそが第二の、そして真の(?)「脳の解放」だと言わんばかりに。
現実に見えるものとVR空間で見えるものとの差を利用する手法はVR作品ではある種のスタンダードと言えるが、『フリーユアヘッド』はそれをVRを介した集団的な振付と結びつけた点に独自の批評性がある。周囲の鑑賞者たちとは別の現実に没頭し、集団で同期して動く=操られる人々の姿は、オルタナティブファクトに踊らされる人々の姿をそのまま具現化したものののようにも見えた。
惜しまれるのは、作品の紹介文や会場でも流されていたティーザー動画、あるいは事前の説明などから、実際に鑑賞する前からおおよそどのような構造の作品かがわかってしまった点だ。あらかじめ自分が「操られる」ことがわかった状態でパフォーマンスを体験するのでは、この作品の批評性は大きく損なわれてしまうのではないだろうか。プロモーションとの兼ね合いがあることも理解はできるのだが、体験の設計には改善の余地があるように思えた。
Very Theatreは12月のYPAMでも来日公演を予定しているという。上演されるのはVRでゲイのハッテン場を描いた「霧中三部作」から『霧中 In the Mist』『穿越霧中 Traversing the Mist』の2作品。それぞれモントリオール・ニューシネマ国際映画祭で最優秀パノラマVR賞とニューイメージフェスティバルで最優秀賞を受賞するなど、国際的にも評価されている作品だ。私も2024年に台北を訪れた際にVery Theatreのスタジオで両作品を鑑賞させてもらったが、きわめてユニークかつ批評性に富んだ作品だった。この機会にぜひ体験してみてほしい。
読了日:2025/08/17(日)
関連リンク
狠劇場Very Theatre:https://www.vmstudio.tw/vm-theatre
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