派遣期間:2024/11/23〜2024/11/29
[台湾、台北]

(「レポート①:批評編」から続く)

周知の通り、台湾では2019年にアジアで初めて同性婚が法制化されている。もちろん私も情報としてはそのことを知ってはいたのだが、今回の台北滞在で私は、同性婚の法制化が社会における同性愛を取り巻く空気にどのような影響を与えるのかということをまざまざと体感することになったのだった。台北ではゲイエリアとして有名だという西門も訪れたのだが、新宿二丁目のような半ば閉じた雰囲気の場所を想像して向かったそこは、オープンテラスの飲み屋が軒を連ねるいかにも開放的な場所だった。ちなみに西門は若者に人気のある原宿のような街でもあるらしい。日本のゲイバーやハッテン場の入り口にはヘテロの客が間違って入ってこないように「会員制」のプレートが掲げられていることも多いという話を台湾人にしたら「台湾ではそんなものは見たことがない」と言われてしまった。社会のなかに同性愛者の居場所が明確にあり、それがごく当たり前の風景であること。もちろん、そのような社会は同性婚の法制化だけでなくそこに至るさまざまな運動の結果として実現されたものだ。

台北、西門エリア[筆者撮影]

舞台芸術の話に戻ろう。今回の滞在で私は台北でゲイに関わる創作をしているアーティスト4組と交流したのだが、これは私が批評家としてゲイやクィアを扱った作品のレビューを書いていることに加え、y/nとして男性同性愛者のカミングアウトについての作品をつくっていることから(つまりは私の興味関心に基づいて)NTCH側がセッティングしてくれたものだった。だが、日本で同じようにゲイに関わる創作をしている舞台芸術のアーティストを紹介してほしいと言われたとして、はたして何組のアーティストを紹介できるだろうか。台北でゲイに関わる創作をしているアーティストがこの4組しかいないというわけではないことは言うまでもないだろう。滞在中に観劇する作品の選定においても、クィア関連の作品3本が候補として提示され、それらが同じ週末に上演されているのだと聞いた私は彼我の差に思いを馳せずにはいられなかった。日本での滞在が1週間しかなかった場合、残念ながらクィア関連の舞台芸術の上演が見られる可能性は限りなく低いと言わざるをえない。

さて、以下では今回の滞在中に交流したアーティストを紹介したい。まずは界址創作 Boundary Creative。観劇した『川湯』(リーディング公演)は夫がゲイであることを知ってしまった妻の話を2004年と2024年、そして2004年に放映されていたドラマの場面を行き来しながら描く作品だった。事前に提供してもらった上演台本を機械翻訳で読んでから観劇に臨んだのだが、機械翻訳の精度がいまいちだったうえに話の筋も複雑だったため、残念ながら作品の全体像を把握するには至らず。同性婚の法制化を挟んだ二つの時代における社会の変化も作品に反映されているのではないかと推察する。

狠劇場 Very Theatreは周東彥が芸術監督を務めるカンパニー。今回はそのスタジオでVR作品「霧中三部曲」のうちゲイサウナを舞台にしたVR映画『霧中』とヘッドセットを装着した鑑賞者自らがVR空間のハッテン場を歩き回る体験型作品『穿越霧中』を体験した。どちらも『バイオハザード』の世界のような不気味な雰囲気をもった作品で、特に『穿越霧中』の鑑賞者がVR空間の中でみな同じ顔をもった若い(しかし生気の感じられない)男となり徘徊する様は、性的接触を求めて訪れた空間で匿名性に埋没せざるをえないハッテン場の孤独を表わしていて秀逸。ハッテン場をモチーフにした作品が、それぞれ台中国家歌劇院(National Taichung Theater)と文化部(Ministry of Culture (Taiwan))のサポートを受けて製作されているという点にも驚かされた。『穿越霧中』はカンヌ映画祭のImmersive Competitionにも出展されている。日本での上演機会も得たいと思っているとのこと。


VR体験の様子

Very Theatreのスタジオ[筆者撮影]


『穿越霧中』トレイラー

簡詩翰は俳優として舞台などに出演する一方、Hannahという名でドラァグクイーンとしても活動するアーティスト。アーティストとしては自らがドラァグになる過程を記録したジャーナルを発行したり、ドラァグクイーンとしてスタンダップコメディを上演したり、あるいは美術作品を制作したりと多岐にわたる活動をしているという。曾智偉は身体を使ったパフォーマンスを通じてエイズに関する意識の向上とクィア文化の探究に取り組んでいるアーティスト。ソロでのパフォーマンスを上演する一方で、参加型パフォーマンスを通じてHIV陽性者に接触による親密さを回復させるような参加型パフォーマンスも発表している。残念ながら今回の滞在ではこの二人の作品については直接観ることは叶わなかった。いつかその機会が来ることを強く望んでいる。

番外編として最後に紹介する李文皓は余岱融と私とのトークイベントに来場していてたまたま知己を得たアーティスト。日本文化に強い関心を寄せる彼の作品は、例えば台湾と日本におけるテレサ・テンのイメージの違いに着想を得たパフォーマンスなど、文化の伝播とそれに伴う変化や摩擦に焦点をあてたものが多いようで、話を聞くだけでも大変面白そうだった。ちなみにテレサ・テンについてのパフォーマンス『愛人』はYouTubeで全編を観ることができる。私と台湾で会った直後の2024年12月にはリサーチとYPAM参加のために来日もしていて、そのときは長崎から台湾に渡りローカライズされた歴史をもつというカステラのリサーチをしていた。その成果を作品として日本で見ることができる日を楽しみに待ちたい(誰か招聘してください)。

西門にて

 

執筆日:2025/01/09(木)