派遣期間:2024/11/23〜2024/11/29
[台湾、台北]

2024年11月23日(土)から29日(金)の7日間、KYOTO EXPERIMENT 京都国際芸術祭と台湾の國家兩廳院(NTCH)との間で実施された舞台芸術の批評家の交換派遣プログラムで台北に滞在した。私の台北滞在に先がけ、10月には台北の批評家・余岱融 Yu Tai-Jungが来日。批評家・イン・レジデンス@KYOTO EXPERIMENT 2024(ややこしいのだがこちらはEUの批評家が京都に滞在するプログラム)に合流するかたちで京都に滞在している。それぞれの滞在期間中には観劇のみならずトークへの登壇や現地の批評家・アーティストとの交流などが行なわれ、さまざまなかたちで文化的交流が深められた。

國家兩廳院(NTCH)[筆者撮影]

アーティストを対象とした海外派遣やレジデンスのプログラムはよくある一方、舞台芸術の批評家がそのようなプログラムの対象となることは日本では稀である。それなりの規模かつオープンなかたちで実現されたものでいうと2011年のフェスティバル/トーキョーで実施された批評家 in レジデンスくらいだろうか。今回、このようなかたちでそれぞれに主催者の異なる二つのプログラムを通して批評家の国際交流が実現したことは、舞台芸術とその国際的なシーンにおける批評家の役割が見直されつつあることを示すものであると言えるのかもしれない。

実際のところ、国際展開を目指すクリエイターの育成を支援することを目的に2024年度からはじまった「文化芸術活動基盤強化基金(クリエイター等育成・文化施設高付加価値化支援事業)」の助成を受け実施されている事業でも、株式会社precogによる「IN TRANSIT – 異なる文化を横断する舞台芸術プロジェクト」では関根遼・高嶋慈・私が、Dance Base Yokohamaによる「世界に羽ばたく次世代クリエイターのためのDance Base Yokohama 国際ダンスプロジェクト“Wings”」では植村朔也がそれぞれ批評家として育成対象となっており、KYOTO EXPERIMENTでも同じ助成の一部が「批評プロジェクト 2024」に充てられるなど、批評家を育成していこうという動きが日本国内において同時多発的に生じてきているのは確かだろう。国際的な文化交流の場において、単にアーティストや作品を送り出し受け入れるのではなく、その国内における文脈を海外へと発信し、あるいは海外のアーティストや作品が日本の文脈においてどのように受け取られ(得)るのかを言語化することが重要であることは言うまでもないはずだ。

トーク会場[筆者撮影]

さて、今回の台北滞在中の私の活動は以下の通りである。観劇(界址創作Boundary Creative『川湯』リーディング公演、Bare Feet Dance Theatre『Lingering』、ウィチャヤ・アータマート/For What Theatre『ジャグル&ハイド(演出家を探すなんだかわからない7つのモノたち)』ゲネプロ)、国際演劇評論家協会台湾センターのメンバーとの交流会、台湾のゲイ・アーティストとの交流、NTCHでの余岱融とのトーク、そして劇場関係者との交流。オフィシャルなプログラム以外の時間にも、もっぱら余岱融の素晴らしいガイドのおかげでさまざまな台湾文化を体験する機会に恵まれた。今回の滞在を通じて体感した台湾と日本の違いは多々あるのだが、ここでは批評とゲイをめぐる状況の二つに触れておきたい。

台北の批評家・余岱融(右)と

まず驚かされたのは国際演劇評論家協会台湾センターのメンバーの若さである。理事長を務める余岱融を含め現在の理事は全員が35歳以下だという。それでもなお、早く次の世代に椅子を譲らなければという意識があるというのだから日本との違いは歴然としている。

台湾においても舞台芸術批評の状況は決して楽観視できるものではないようなのだが、それでもそれだけ若い世代の批評家が活動できているのは、ひとつには単純に謝金の水準が日本のそれよりも高いということが指摘できそうだ。網羅的な調査をしたわけではないのだが、台湾の批評家たちと話した感じでは、台湾の原稿料の相場は日本の相場の2倍以上という印象だった。もともと原稿料は媒体による差が大きいので単純な比較は難しく、また、台湾の1人あたり実質GDPは2023年時点で日本の約1.4倍なので、相対的な原稿料の高さは単純にそれを反映した結果と言うこともできるのかもしれないが、日本における劇評の原稿料は信じられないくらい(それだけでは仕事として成立しないくらい)安いのだということは改めて強調しておきたい。今回の台湾滞在に対する謝金(日当+トーク謝金+原稿料)も私が過去に参加した海外派遣プログラムのなかでもかなりの高額だった(もちろんそれぞれの派遣プログラムの性格が異なっていたことも考慮に入れる必要はあるのだが)。今回の滞在が台湾の国立劇場(NTCHはNational Theatre and Concert Hallの略である)の招きによるものだったことを考えれば、これは政府が文化芸術政策にどの程度の力を入れているかを示すものでもあるだろう(そこにはもちろん台湾の政治的・外交的立場も強く影響しているはずだ)。

加えて、台湾には舞台芸術の批評家を対象とした助成金があるのも大きい。國家文化藝術基金會National Culture and Arts Foundationによるその助成金を獲得すると、年間で一定数のレビューを執筆することと引き換えに一定の収入が得られる仕組みになっているらしい。その意義は収入面に限定されるものではない。公的な機関による批評家への助成が存在しているということは、批評もまた支援し推進すべき文化芸術の一部であると認められているということでもあるからだ。残念ながら日本には舞台芸術の若手批評家がキャリアを積み上げながら収入を得られるような仕組みは存在しない。高騰し続けるチケット代のことを考えれば、若い世代から舞台芸術の批評家が出てこないのも当然だろう。

NTCH内、実験劇場[筆者撮影]

 

「レポート②:アーティスト交流編」へ続く

執筆日:2025/01/09(木)


関連リンク

藝起聊聊吧:臺日藝評人交流對談(余岱融とのトークイベント):https://npac-ntch.org/events/9221?lang=en-US
國家文化藝術基金會の助成金に関するページ:https://www.ncafroc.org.tw/grants_award.html