熊本市現代美術館では、現在、熊本県八代市出身の映画監督・遠山昇司の個展「収蔵庫の鳥たち」を開催中である(2025年12月14日まで)。遠山はこれまで、熊本県の天草を舞台としたロードムービー『NOT LONG, AT NIGHT』(2012)や、豪雨災害後の球磨川を撮った『あの子の夢を水に流して』(2022)など、初期から一貫して「喪失と再生」というテーマのもと、地域に根ざした劇映画を多数制作してきた。あわせて近年、映画と同じく遠山が取り組んできたのが、アートプロジェクト「赤崎水曜日郵便局」(2013-16)や「さいたま国際芸術祭」(2020)、「小さな国 十月」(2025)といった芸術祭のディレクションである。本展は映画やアートプロジェクトといった遠山の幅広いフィールドを、「鳥」を切り口としながら再構成するインスタレーション形式の展覧会である。

「鳥ミング」とは何か

映画監督としての私は、その都度、誰かと眼差しを交換しながら作品を作ってきましたが、今回は鳥の眼差しです。(中略)よくよく考えると、鳥は古来の儀式、神話、伝説に象徴的に登場し、さまざまな芸術表現のなかで何かを託されてきました。私の作品も例外なく鳥という存在に何かを託してきましたし、その何かの多くは「希望」であり、生と死をつなぐ存在でもありました。(中略)私は、「鳥ミング」と呼ぶことにしましたが、それはまさに人間と鳥たちが分かち合ってきた時間そのものなのです。

(遠山昇司「収蔵庫の鳥たち」アーティスト・ステートメントより抜粋)

「鳥ミング」とは、「映像や画像などをトリミングする」行為と「鳥の目線で見る」行為の両方を指し示す、遠山による造語であり、展覧会場の中で、自身の映画からアートプロジェクトまでを鳥の目線で改めて俯瞰し、切り取り提示していく。

遠山の映画の特徴は、大きく二つある。ひとつは、天草諸島最南端にある牛深の鯖節工場や、秘境と呼ばれる五家荘の炭焼き小屋、豪雨災害で流失した球磨川の橋桁など、実在する場所や職業などを取材しながらも、ドキュメンタリーとフィクションの境界を曖昧にし、現実と物語とを融合させることで、観る者に深い余韻を残し、地域と人間の関係性を再構築する点である。そしてもうひとつは、配役の妙にある。遠山映画には、著名な俳優と並んで、歌手で声優の玉井夕海や、五十嵐靖晃、加藤笑平といったアーティストがたびたび登場するが、国内外でのフィールドで、その場に暮らす人々の思いを汲み上げ、依り合わせてきたアーティストたちが発する存在感やふるまい、佇まいが、遠山作品に独特の人間らしさ、味わいをもたらしている。

職人の男「鳶だよ。この街にはカラスはあんまりいない。いるけれど、みんな山の中にいる。山の近くにはカラスが住んでて、海の近くには鳶が住んでいる。ちゃんと、棲み分けができてるってことだな。」(映画『NOT LONG, AT NIGHT ─夜はながくない─』シーン42. 鯖節工場内・午後・外)

例えば「職人の男」役で『NOT LONG, AT NIGHT ─夜はながくない─』に登場した加藤笑平は、撮影の1カ月前から自主的にこの鯖節工場で働き始めていたという。これらの「配役」は、俳優部だけに限らず、撮影や音声、音楽、美術など、多くの地域で活躍するクリエイターを積極的に起用している点も非常に興味深い。

アートプロジェクトを鳥ミングする

本展では映画だけでなく、「赤崎水曜日郵便局」(2013-16)、「鮫ヶ浦水曜日郵便局」(2017-18)、「ポイントホープ」(2017-18)という大きく二つのアートプロジェクトも「鳥ミング」する。「赤崎」は熊本県津奈木町にある、現在は廃校となった海の上に建つ旧・赤崎小学校を水曜日だけ開く郵便局に見立て、そこに自分の「水曜日の物語」を送ると、知らない誰かの水曜日の物語が送られてくるというアートプロジェクトである。2016年には、宮城県東松島市の旧鮫ヶ浦漁港でも実施され、1万通を超える手紙が交換された。本展ではそれらのなかから鳥にまつわる手紙を紹介している。また「ポイントホープ」は、水戸市内の公衆電話を舞台としたアートプロジェクトで、「029-284-1900」の番号に電話をかけると、玉井夕海と芋生悠演じる二人の女性による物語が語られる。その続きを聞くために、参加者は市内の四つの公衆電話を巡るという趣向であり、会場内ではインドクジャクとコブハクチョウが登場する2章、3章にフォーカスを当てている。


アートプロジェクト「ポイントホープ」(2017-18)

すでに終了したアートプロジェクトを紹介する際に悩ましいのは、写真や映像、紙資料などの展示中心となり、そのプロジェクトがもつ味わいや臨場感がどうしても欠けたものとなりがちになる点だ。そこで本展では、遠山の同級生で現在、藤本壮介建築設計事務所の設計部長を務める岩田正輝に会場構成を依頼した。岩田は「鳥」のイメージから比較的安価な建設資材であるワイヤーメッシュを選定し、天井などから吊り下げることで、展示空間をゆるやかに区切るだけでなく鳥のような軽やかさを持った余白を生み出し、展覧会の観覧者にも、また当時の参加者にも、新たな体験をもたらした。

ワイヤーメッシュを用いた展示空間[撮影:岩田正輝]

収蔵品を鳥ミングする

先述した通り、本展が映像や資料の列挙となることを避けるために、収蔵品の活用は当初より想定していたが、当館や県下の博物館の収蔵庫の調査にあたって、遠山は「鳥たちが美術館の収蔵庫から飛び立っていくイメージ」を鮮烈に持ったという。

そのなかで遠山の興味を引いた作品が、県下の美術館にも多数収蔵される、故・宮崎静夫(1927−2015)の、自身のシベリア抑留体験を描いたシリーズ「死者のために」であった。宮崎の作品には、羽根や片翼だけ、あるいは吊り下げられたもの、髑髏に止まったものなど、さまざまな鳥が描かれている。それは、死の象徴としてのカラスであり、あるいは、冬になればシベリアから九州へと自らの翼で飛んでいくことができる、渡り鳥たちの姿であった。

遠山は身近なカラスや、毎年鹿児島県出水市に飛来するツルの撮影を行なうと同時に、今年で94歳となる、宮崎の制作に協力し、職業人として家計を支えてきた久子夫人にインタビューを行なった。明晰で矍鑠かくしゃく とした久子氏のインタビューからは、宮崎作品がその作品を自分ひとりだけで完成させたものではなく、多くの死者たちと久子夫人というパートナーの後押しがあってのものだということが読み取れる。そして遠山は、宮崎から受け取った思いに対する、同じ表現者としてのアンサーとして、作品タイトルともなった「鶴をひらく」という行為に託す。戦後80年にわたり、私たちが折り続けてきた鶴。会場内に小高く盛られた折り鶴を参加者が「元の1枚の紙に戻す」というささやかな行為を通して、私たちが、もう平和を願って鶴を折らなくても良い世の中にすること、宮崎が望んだ、戦争のない世界を実現することを改めて心に誓うこととなる。

奥側左から、宮崎静夫《夜》、《友よ》(ともに熊本市現代美術館蔵)、《雲を曳く》(帰還者たちの記憶ミュージアム蔵)。手前左から、宮崎静夫アトリエ再現、《ミヤマガラス剥製》(熊本県博物館ネットワークセンター蔵)[撮影:岩田正輝]

来場者は鶴をひとつ選んで開く。中には折った人のメッセージが書かれていることがある[撮影:岩田正輝]

そして会場の最後には、文字通り巨大な鳥籠が現われる。これは熊本県の博物館ネットワークセンターが収蔵する100体以上の鳥類剥製をワイヤーメッシュで設えた鳥籠に展示したものである。これらは、鳥類研究の岡本浩太朗の監修によるもので、身近な市街地の鳥たちについてのトピックから、サギ類が集団繁殖をするサギ山などにまつわるものまで、充実した解説が付与されている。そして、その奥にある暗い空間からは、どこからともなく鳥たちの声が聞こえる。これらの鳥の声も岡本によって収集されたものを、整音したものである。この奥の空間は、実は熊本市現代美術館の立体の収蔵スペースで、その空間に穴をあけるように壁を立て、収蔵庫を文字通り覗き込むことができる仕立てとなっている。どの美術館、博物館においても、収蔵スペースには限りがあり、開館23年を迎える熊本市現代美術館においても、すでに本来の収蔵庫は満杯で、このスペースは展示室の一部を収蔵庫化していることを可視化する、という意図もあって構成されたものだ。

会場最後の「鳥籠」。奥に熊本市現代美術館の収蔵スペースを見ることができる。鳥類剥製はすべて熊本県博物館ネットワークセンター蔵[撮影:岩田正輝]

遠山作品には、郵便や公衆電話など、近年においては、メールやスマートフォンなどに置き換わりつつあるオールドなメディアがたびたび登場するが、遠山は、手書きの手紙が喚起する感情や記憶、あるいは電話ボックスのガラス張りの小空間がもたらす、母胎のような安心感と演劇性はほかにはないと語る。遠山はオールドなメディアと、その地域独自の空間を融合させることで、日常のなかに潜む、魔術的で幻想的な空間を私たちの目の前に立ち上げる。

本展で私たちは、さまざまなところに鳥たちの影や声、存在を意識し始めることになる。美術館から一歩外へ出た後に、いままで聞こえていなかった鳥たちの声が聞こえ、見えていなかった羽根が見えてくるという新たな知覚体験を、本展での経験は私たちにもたらすに違いない。


遠山昇司展 収蔵庫の鳥たち
会期:2025年10月5日(日)〜12月14日(日)
会場:熊本市現代美術館
公式サイト:https://www.camk.jp/exhibition/toyamashoji/


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