この原稿を書いている現在、京都市立芸術大学ギャラリー@KCUAにて12月13日(土)にオープンする展覧会「金氏徹平とthe constructions『tower (UNIVERSITY)』」の準備の只中である。本展は、前回のキュレーターズノートでも紹介したプロジェクト「TOPOS:まなびあう庭としての芸術大学」の「プログラムC:創造と『場』の演出」の一環として、同プログラムの参加者や関係者、協力者と金氏との協働によってつくられる。その過程はパフォーマンス作品として記録され、展示の一要素となる。また会期中には会場内でパフォーマンスや授業などのさまざまな活動が行なわれる予定だ。
変容し続ける「tower」
「tower」とは、内部の見えない歪な建物と、その建物に空いた孔の内側と外側を行き来しているらしい何かを描いたドローイング(2001-)にはじまる、金氏徹平がその活動初期から継続して制作する作品シリーズのタイトルである。ドローイングはコラージュに、また映像作品《tower (MOVIE)》(2009)★1となって動きと時間と含有するものへと発展していく。やがて舞台作品『tower (THEATER)』(ロームシアター京都、2017)★2として四次元に進化し、さまざまな人々の関わりによって、領域横断的かつ複合的な表現が生み出されることとなった。その後も、京都芸術センターの開設20周年を記念して実施された同センター内の喫茶店である前田珈琲明倫店を彫刻作品化するプロジェクト「tower (KITCHEN)」(2020)や、金沢21世紀美術館のアートバス《tower (BUS)》(2021)など、「tower」は多様な形態で展開されている。
『tower (THEATER)』(ロームシアター京都、2017)[撮影:西光祐輔]
そして「tower (UNIVERSITY)」では、『tower (THEATER)』のためにdot architectsと協働して制作された高さ約6mの構造物《tower》を、はじめて展示空間の中に建てることになる。金氏が『tower (THEATER)』の上演に向けたステートメントには、構想時のメモが記されている。以下は、その一部を引用したものである。
- ・「tower」は抽象的な建築物であり、世界や都市や身体の流動性と、その無機質な容れ物としての建築との対立であり対話であり、断絶であり接続であり、ただの戯れでもあるような。そこに様々な人がやって来ては去って行き、出ては入ってを繰り返す。どこでも無い場所に立っている何でもない構造物としてのリアリティ。それは想像の発生装置として機能するのではないか。
- ・「tower」を取り巻く複数の短い物語がある。それとは無関係もしくは関係しながら常に運動する建物が背後にある。その内側が見えない「tower」は、はるか遠くの建築物であり、近所の謎の建築物でもある。「tower」そのものが、昔住んでいた団地、有名建築、誰かの机の引き出し、古代の遺跡、原発の建屋、犬小屋、ゴミ箱、何を作っているのかわからない工場、歴史的な出来事が起こったビル、などを演じ、時間や空間が入れ替わり、混ざり合う。実際に公演が行なわれる劇場とも入れ子状になる。★3
それ自体が彫刻作品であるだけでなく、舞台内舞台として変容し続ける《tower》は、@KCUAの空間でどのような姿を見せるだろうか。現時点では、わたしにもそれはわからない。展示室内に《tower (UNIVERSITY)》となってすでに建ってはいるけれど、いまは空っぽの状態で、静かに時が来るのを待っている。
「演出」される作業
2025年11月17日の朝。わたしは荷室に音響機材をパンパンに詰め込んだ車に乗りこみ、大阪・北加賀屋にあるMASK(MEGA ART STORAGE KITAKAGAYA)に向かった。MASKで保存・常設展示されている《tower (STORAGE)》の解体のためだ。(ちなみにこの《tower》は、どこに設置されるかによって名称が変化していく。MASKにある間の正式名称は《tower (STORAGE)》だが、便宜上、以下《tower》と表記する)
到着して、実は内部が倉庫化していた《tower》の中身をどんどん出していく。数人で、多種多様な小道具をバケツリレーのように外側に運び出す。《tower》の向かい側の床はみるみるうちに埋まり、こんなに入っていたかと金氏自身が驚くほどの物量の山ができあがった。一つひとつは金氏作品を構成する要素のなかにありそうな物だが、無秩序に積み上げられたそれら自体は断片的でつながりは見えず、まだ眠りから覚めていない、といったところだろうか。
準備ができたら、いよいよ解体である。作業に携わる人々は衣装家の藤谷香子に誘われ、衣装部屋へと入っていく。出てきたときにはタイトでサイケデリックなジャンプスーツや、スパンコールに覆われたサロペット、ファーやフリルがゴージャスなジャケットなどの衣装に身を包み、先ほどまで煤まみれで物を運んでいたとは思えない非日常的な姿になっている。そして彼らは《tower》へと向かう。『tower (THEATER)』の出演者で、金氏のパフォーマンスにおける音響の要である荒木優光と小松千倫によるパフォーマンスも盛り上がってくる。そして《tower》が動きはじめる。《tower》に開けられた大小さまざまな孔から、せわしなく動く煌びやかな何かが見え隠れしている。淡々と構造物を解体しているだけなのに、《tower》の内外を上下に動き続ける作業員たちが幾通りもの何らかの存在を演じているかのような、不思議な光景が目の前に広がっていた。また、たくさんの人が出入りしながら解体されていく様子を見ていると、この《tower》が「建築物」としてつくられているのだということを再認識させられる。金氏徹平とthe constructions「tower (UNIVERSITY) 」の最終日である2026年2月15日の午後には《tower》の解体をパフォーマンスとして行なうので、ご都合の合う方にはぜひその様子をご覧いただきたい。
MASK (MEGA ART STORAGE KITAKAGAYA)での《tower (STORAGE)》の解体作業の様子(2025年11月17日)[撮影:吉本和樹]
MASK (MEGA ART STORAGE KITAKAGAYA)での《tower (STORAGE)》の解体作業の様子(2025年11月17日)[撮影:吉本和樹]
翌11月18日には解体された《tower》をMASKから@KCUAまで運搬し(もちろんここでも衣装を着用しての作業である)、11月20日に展示室内で再び組み立てる。午前中には、dot architectsのメンバーが組み立てのための下準備の作業を行なっていた。《tower》は約6mの高さがあるが、展示室の天井はそれより低いため、調整が必要となる。検討の結果、《tower》の一部を切り欠いて、天井に梁状に付いている可動壁のレールにめり込むような形で設置されることになった。
そして午後。作業者、もとい出演者一同が集合し、さっそく衣装に身を包む。組み立ての前に、金氏が彫刻専攻の教員制作室で制作中の新作を@KCUAまで手分けして運搬するところから作業スタート。京都市立芸術大学の新キャンパスは道路を隔てて3ブロックに分かれており、彫刻専攻のあるブロックは東側(鴨川沿い)に位置し、@KCUAのあるブロックは西側(京都駅近く)にある。二つの南北に走る公道を越えなければならない。
京都市立芸術大学美術学部彫刻専攻の制作室から@KCUAまでの運搬の様子(2025年11月20日)[撮影:吉本和樹]
京都市立芸術大学美術学部彫刻専攻の制作室から@KCUAまでの運搬の様子(2025年11月20日)[撮影:吉本和樹]
京都市立芸術大学美術学部彫刻専攻の制作室から@KCUAまでの運搬の様子(2025年11月20日)[撮影:吉本和樹]
さすがは葵祭、祇園祭、時代祭という三大祭で、公道に非日常空間が広がるのに慣れている京都(?)、奇妙な行列は特に騒ぎを起こすことなく、穏やかに目的地へと辿り着いた。それぞれのユニットで記念写真を撮影してから、いざ、《tower (UNIVERSITY)》の組み立てである。元倉庫内というMASKの環境とは違って、ちょっと変わった構造ではあるが白壁を持つ展示空間である@KCUAでは、同じような作業でも見え方がかなり異なる。白く明るい照明のもとでは、衣装はより煌びやかに映え、作業をする人々の動きもよりはっきりと見える。ここでいっそう《tower》は「舞台」としての本領を発揮しているようだ。
@KCUAでの《tower (UNIVERSITY)》の組み立て作業の様子(2025年11月20日)[撮影:吉本和樹]
@KCUAでの《tower (UNIVERSITY)》の組み立て作業の様子(2025年11月20日)[撮影:吉本和樹]
@KCUAでの《tower (UNIVERSITY)》の組み立て作業の様子(2025年11月20日)[撮影:吉本和樹]
@KCUAでは直近に KYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭 2025との共同企画であるターニヤ・アル゠フーリー & ズィヤード・アブー・リーシュ「電力と権力を探して」の公演(2025/10/04-10/09)と展示(2025/10/11-11/16)を行なった。新キャンパス移転後、初のパフォーマンス公演である。公演前には@KCUAの新展示室にも舞台芸術特有の緊張感が感じられ、なるほど、「劇場の神様」はちゃんとここにも来てくれるんだ……と感無量だった。それから程なくして、さっそく劇場の神様が再来してくれそうな雰囲気になってきた。移転して2年が経ってようやく、展示室であるだけでなく、さまざまな実験的な取り組みを行なうことができる場所として育ってきたな……と感慨深く作業を見守るうちに、わたしの頭のなかで、目の前の《tower》と二つのものがオーバーラップしはじめた。
「tower」としてのわたしたち
ひとつは、京都市立芸術大学の新キャンパスそのものである。建物の構造がわかりやすく外観に表われ、各棟の主要なフロアに設けられた数々のテラスが渡り廊下でつながっていて、またほとんどのドアがガラス張りになったこの建物群は、いくつもの孔が空いていて、裏側の構造が丸見えになった《tower》にどこか似ている。日々、さまざまな人々が出入りし、多種多様な活動が行なわれているさまが遠くから見てもよくわかる。常に何かが動き、変化している。それに、《tower》のなかで作業員が上下に行き来する動きは、10月の上旬から中旬にかけてのわたしたちの動きに重なり合った。もうひとつのKYOTO EXPERIMENTとの共同企画であるアダム・キナー&クリストフアー・ウィレス『MANUAL』のリハーサルと本番は「電力と権力を探して」と同時並行で行なっており、アーティストたちも同時に滞在していた。そしてわたしたちは@KCUAの展示室のある1階、オフィスのある2階と『MANUAL』の会場となっていた同じ棟の3階にある伊藤記念図書館のフロアを上下しながら、まったく落ち着きのない日々を過ごしていたからだ。
アダム・キナー&クリストフアー・ウィレス『MANUAL』公演中の図書館の様子[撮影:吉本和樹]
ということは、大学キャンパスだけではなく、止まることなく動き続けている@KCUAの活動自体もまた、「tower」のようだと言えるかもしれない。最近は特に、10月22日に『MANUAL』が終了し、二つのプログラムの関係者が入れ替わり立ち替わり動き回る日々が終わったかと思うと、次にアーティストのジェン・ボーが来日し、25日、26日の2日間で「TOPOS:まなびあう庭としての芸術大学」の「プログラムA:生物多様性──人間以上/多元世界」のワークショップを大原地域で実施、という目まぐるしさだった。大原では高野川の上流でディープリスニングをし、野草で縄を綯い、森の中で裸足になって気功をし、生物多様性と美学、そしてAIとの関係性について話し合った。頭も身体も、それまでの1カ月とはまったく異なる部位を使って。
「プログラムA:生物多様性──人間以上/多元世界」ワークショップの様子(2025年10月26日)[撮影:吉本和樹]
「プログラムA:生物多様性──人間以上/多元世界」ワークショップの様子(2025年10月26日)[撮影:吉本和樹]
「プログラムA:生物多様性──人間以上/多元世界」ワークショップの様子(2025年10月26日)[撮影:吉本和樹]
ワークショップが終わると、デスクワークの時間がなくて山のように溜まった書類を、数々の締め切りに追われながら片っ端から片付けていく作業に入った。実はこうした、千本ノックみたいな作業も結構好きだったりする。また、マガザンキョウトからお声がけをいただき、二つのプログラムの最中に、犬と人とが時間と空間とを共有することから多種共生のあり方について考えるプロジェクト「イヌ場」のアーカイブ展の搬入作業を京都・二条にあるCORNER MIXにて行なっていたのだが、関連して11月3日には、二条界隈で「出張イヌ場」を開催した。公園で参加犬たちが楽しく遊ぶのを見守り、「イヌ場」プロジェクトメンバーの小山田徹学長、写真家で映像作家の片山達貴と、犬をめぐるのんびりとした対話の場を設けたりもした。
「出張イヌ場」と「イヌ場」アーカイブ展の様子(2025年11月3日、二条公園、CORNER MIX)[撮影:吉本和樹]
「出張イヌ場」と「イヌ場」アーカイブ展の様子(2025年11月3日、二条公園、CORNER MIX)[撮影:吉本和樹]
詳細は紙幅の関係で割愛するけれど、上記の写真に表われているように、まったく異なる活動を短期間で行ない、頭も身体もフル回転で、さまざまな人が出入りして止まることがない状態を思い返しながら、それらの記憶が自然と「tower」に重なってくるあたり、もはや自分自身が「tower」の沼にどっぷり浸かっていることに気づく。大学のキャンパスも@KCUAも、本当はずっと前から「tower」のようなもので、実際に《tower》の構造物が出現したために「tower (UNIVERSITY)」を構成する要素として可視化されただけなのかもしれない。「university」の語源であるラテン語の「universitas」は、共同体を意味している。新しい大学、そして「TOPOS:まなびあう庭としての芸術大学」だけでなく、大学で生まれ、活動する大小さまざまな共同体も「tower (UNIVERSITY)」に内包されるだろう。実際に、会期中には学生たちに向けて《tower (UNIVERSITY)》でやってみたいことを募集し、貸し出す計画もある。「tower (UNIVERSITY)」がだんだん得体の知れない集合体になっていくような気がしてきた。展覧会をつくっていると思っていたけれど、もしかしたらそれだけではないのかも……? これはおもしろくなりそうだ、と思考がどんどん広がっていくあたり、「tower」は確かに「想像の発生装置」に違いなかった。完全に術中に嵌っている。
「tower (UNIVERSITY)」に訪れるあなたも、気がつけば「tower」のなかに混じり合っているだろう。「tower」はなんでも飲み込んでしまう、果てしない空洞のようなものなのだから。しかしこうして「tower」に吸い込まれるのも決して悪くない。なんだか心地良さすら感じてしまうはずだ。ぜひご高覧のうえ、積極的に巻き込まれることをお勧めしたい。「tower」のなかに出入りしてから眺めるいつもの景色は、きっと新しく、楽しいものに見えるはずだ。
「tower (UNIVERSITY)」に向けた、@KCUAでの作業の様子(2025年11月20日)[撮影:吉本和樹]
★1──2009年の横浜美術館で行なわれた個展「金氏徹平:溶け出す都市、空白の森」で発表。
★2──KYOTO EXPERIMENT京都国際舞台芸術祭 2017 公式プログラム。
★3──『金氏徹平とthe constructions『tower (THEATER)』ドキュメントブック』(SHUKYU、2018)
関連レビュー
TOWER(theater)|五十嵐太郎:artscapeレビュー(2017年03月15日号)