会期:2025/07/05〜2025/11/16
会場:国立アイヌ民族博物館[北海道]
公式サイト:https://nam.go.jp/exhibition/floor2/special/vienna2025/

2025年は年間を通して、夢洲で開催された大阪・関西万博の話題がメディアで報じられる機会が多かった。開催前からチケットの売り上げやパビリオンの建設の進捗などさまざまな情報が飛び交い、4月の開幕以降は大屋根リングが取り囲む各国のパビリオンに関する情報や、「並ばない万博」を目標に構築された予約システムの機能不全など、ポジティブ/ネガティブ問わず多くのニュースが話題となっていた。

そしてこうした万国博覧会の開催を機に、改めて過去の万博を参照し、再検討する展示がいくつか開催されたことも記憶にとどめておきたいところだ。

文化庁国立近現代建築資料館で開催された「日本の万国博覧会1970-2005」(2025年3月8日~8月31日)では、国内で行なわれた万博の会場計画と施設デザインが資料展示された。和光大学付属梅根記念図書・情報館では「前衞芸術と宗教からみた万博と反万博」(2025年9月30日~10月11日)というテーマで、先進性を謳う万博で宗教がどのようなプレゼンテーションを行なっていたのか、そして万博に反対する活動がどのようなものであったのかを知る機会を提供していた。現代美術では布施琳太郎によるプロジェクト「パビリオン・ゼロ」が大阪・関西万博の「市外劇」として展開されたことも付け加えておくべきだろう。

そして、北海道の白老町にあるウポポイ(民族共生象徴空間)内にある国立アイヌ民族博物館では、万博に合わせ「開館5周年記念 ウィーン万国博覧会とアイヌ・コレクション」が企画された。1851年に第1回がパリで開催された万博は、各国が自国の産業、文化をアピールする機会だった。しかし、台頭する帝国主義とともに歩みを進めてきたこの巨大イベントには、植民地として支配されていた地域や少数民族が、いかに「近代」の名のもとに翻弄され、被害を被ってきたのかという負の側面も存在する。同展はそうした部分にも光を当てながら、1873年のウィーン万博に国として初めて参加した日本がどんな展示を行ない、そしてそのなかでアイヌをどのように表象したのかを、実際に万博に展示された資料とともに再検証する機会となっていた。

会場に入りまず目に入ったのは、高さがなんと180cmにも及ぶ巨大な陶磁器《染付蒔絵富士山御所車大花瓶》(1973頃)だ。日本は初めて万博に参加するにあたって、まだ西洋の水準に追いついていない工業品ではなく、工芸品を押し出す展示を行なった。通訳などを務めていたアレクサンダー・ゲオルク・グスタフ・フォン・シーボルトの助言により作られたこれらの大きな出品物は、話題を集め、後のジャポニズムへとつながる先鞭をつけることになった。

こうした目玉的に扱われていた陶磁器などの工芸品に対して、ウィーン万博に展示されたアイヌの日用品や衣服は、どのような位置づけを与えられたのだろうか。薮中剛司と鈴木建治は、万博のために収集された資料のうち、日本側からの移入品素材である木綿素材の衣類が除外されていることに注目し、「アイヌ自身が採集した天然素材をあえて選択した可能性」について指摘している。収集の指針を定めた「澳国博覧会ニ供スル北海道物産取調之綱領」によると、そこには「不開化」という言葉が繰り返されており、それまで幕府と交易をしながらも独自の文化を営んできたアイヌを、「未開地」として定位したうえで伝統化しようとする意図が見え隠れするだろう。

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鑑賞日:2025/08/24(日)