今回は、最近気になった展覧会や心に残ったアーティストについてつらつらと書いてみたい。主題は印象派、写実絵画、アーティストユニットの3つ。それぞれに関連はないので、いわば小ネタ特集である。

なぜ印象派は人気があるのか

最初は印象派について。先日、朝日新聞に興味深いアンケートが載っていたので、そこから話を始めたい。「好きな西洋人画家」の読者投票で、結果は以下のとおり(2025年11月29日朝刊「be RANKING!!」より)。

1. モネ______________________________ 1239票
2. ダビンチ(レオナルド・ダ・ヴィンチ) __ 793票
3. ゴッホ_____________________________ 753票
4. フェルメール________________________ 683票
5. ピカソ_____________________________ 663票
6. ルノワール__________________________ 647票
7. セザンヌ____________________________ 641票
8. ミレー______________________________ 615票
9. シャガール__________________________ 490票
10.ドガ_______________________________ 434票
以下、ゴーガン、マネ、ダリ、マティス、ユトリロ、ムンク、ルソー、モディリアーニ、クリムト、ミュシャと続く。

順位はともかく、顔ぶれはほぼ予想どおりといっていい。それにしてもベスト10のうち、印象派(モネ、ルノワール、ドガ)およびポスト印象派(セザンヌ、ゴッホ)が半数を占めたことに改めて驚かされる。なにしろルネサンス以来500年を超える西洋美術史のなかで、19世紀最後の4半世紀に活躍した「異端」の画家たちに人気が集中しているのだから、かなりの偏向ぶりである(ちなみに、アンケートにコメントを寄せた読者の大半は60歳以上なので、世代差はあると思う)。

もともと日本人に限らず世界的に愛好家の多い印象派だが、特に2024年は印象派の旗揚げ150年にあたり、いつも以上に関心が高まったこともあるだろう。また、彼らの多くが浮世絵に感化されたこともわれわれ日本人の心をくすぐる要因かもしれない。だが、いちばんの人気の理由は、最近この5人の画家たちの展覧会が各地で開かれ、見た人が多かったからではないだろうか。ということで、ここからが本題。まずは上記5人に関係する展覧会を挙げてみよう。

・「モネ 睡蓮のとき」(2024/10/5-2025/2/11)国立西洋美術館、(2025/3/7-6/8)京都市京セラ美術館 、(2025/6/21-9/15)豊田市美術館
・「ゴッホ・インパクト─生成する情熱」(2025/5/31-11/30)ポーラ美術館
・「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」(2025/7/5-8/31)大阪市立美術館 、(2025/9/12-12/21)東京都美術館、(2026/1/3-3/23)愛知県美術館
・「大ゴッホ展 夜のカフェテラス」(2025/9/20-2026/2/1)神戸市立博物館 、(2026/2/21-5/10)福島県立美術館、(2026/5/29-8/12)上野の森美術館
・「ルノワール×セザンヌ─モダンを拓いた2人の巨匠」(2025/5/29-9/7)三菱一号館美術館
・「オルセー美術館所蔵 印象派─室内をめぐる物語」(2025/10/25-2026/2/15)国立西洋美術館 ※ドガ、モネ、ルノワール、セザンヌが出品

一口に印象派といっても

「モネ 睡蓮のとき」は、画家の後半生の「睡蓮」連作に焦点を絞った展示で、とりわけ晩年の色彩の乱舞する朦朧とした画面に心を揺さぶられた人は多いと思う。東京展だけで入場者が80万人を突破したというから、アンケートにも少しは影響したかもしれない。それにしても2位に1.5倍以上の差をつけてのぶっちぎりの1位とは恐れ入る。


「モネ 睡蓮のとき」展示風景 国立西洋美術館 2024[筆者撮影]

3本あるゴッホ展は後回しにして、「ルノワール×セザンヌ─モダンを拓いた2人の巨匠」展はオランジュリー美術館とオルセー美術館が企画・監修したもの。この2人は同世代で仲がよかったとはいえ、少し意外な組み合わせに思える。なぜなら、モデルを愛おしく撫でるように描くルノワールと、モチーフを冷徹な目で分析し再構築していくセザンヌは正反対ともいえる美学の持ち主だからだ。好き嫌いも割れそうだが、おもしろいことにアンケートではほぼ互角だった。

一方、印象派の殿堂ともいわれる「オルセー美術館展」は、これまで5〜10年おきに何度か開かれてきた人気の美術館展だが、今回は外光下の風景画を真骨頂とする印象派には珍しく「室内画」に焦点を当てた展示。そのため人物画が多く、メインヴィジュアルにもドガ《家族の肖像(ベレッリ家)》(1858-1869)と、ルノワール《ピアノを弾く少女たち》(1892)が使われている。このドガの家族肖像画に関して、やはり朝日新聞の「美の時空」というコラムで、美術史家の三浦篤氏が興味深いことを述べている★1


「オルセー美術館所蔵 印象派─室内をめぐる物語」より、ドガ《家族の肖像(ベレッリ家)》(1858-1869)[筆者撮影]

三浦氏によれば、同作は画家の叔母一家を描いたものだが、叔母は政治亡命者の夫のことを快く思っていなかったらしく、この家族肖像画も一家4人が笑顔もなくてんでばらばらな方向を向いてしまっている。そして、一口に印象派といってもマネ、ドガ、セザンヌらブルジョワ階級の画家たちの作品は概して屈折しており、彼らの生活の実態を知らなければ作品の内容も理解しにくいが、貧しい職人の家に生まれたルノワールの絵は比較的わかりやすく親しみやすいというのだ。同じくモネの風景画が愛されるのも、理解するより感覚的に受け入れられるからだと。

なるほど、一筋縄ではいかないマネ、ドガ、セザンヌの作品はどちらかというと「通好み」で、感覚的に入ってくるモネやルノワールの絵のほうが大衆的な人気があるというのはうなずける。とはいえ、マネも含めて全員12位以内に入っているのだから、やはり印象派とその周辺が相対的に好まれていることは間違いない。

ゴッホ展やりすぎだろ?

さて、ゴッホである。アンケートでは3位だったが、ぼくはゴッホが1位ではないかと思っていた。もともと日本人がゴッホ好きなことに加え、2025年は3本ものゴッホ展が並行して開催されていたからだ。

なかでもポーラ美術館の「ゴッホ・インパクト─生成する情熱」は、同館所蔵の3点の油絵を軸にゴッホが美術界に与えたインパクトを探るもので、特に日本人の画家への影響力の大きさを再認識させられるものだった。驚いたのは、まだ限られた富裕層しか渡欧できなかった1920〜1930年代、実に240人以上の日本人がゴッホ終焉の地オーヴェール・シュル・オワーズを「巡礼地」として訪れていたこと。すでに戦前から神格化されていたのだ。


左:「ゴッホ・インパクト―生成する情熱」より、ファン・ゴッホ《アザミの花》(1890)[筆者撮影]

そんな年季の入ったゴッホ好きの日本人ではあるが、さすがに同じ年にゴッホ展が3本も行なわれるのは珍事というほかない。にもかかわらずアンケートでは、最近大きな展覧会がなかったレオナルド・ダ・ヴィンチにも及ばなかったのだ。なぜか? 結論を先にいってしまえば、ゴッホ展が多すぎて逆に飽きられてしまったのではないかということだ。

ここであとの2本の展覧会、「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」と「大ゴッホ展 夜のカフェテラス」に注目してみよう(後者は未見)。両展が同じ年にかち合ってしまったのは、「大阪・関西万博開催記念」と「阪神・淡路大震災30年」という開催趣旨の違いもあるが、なにより作品を貸し出しているのが前者はファン・ゴッホ美術館、後者はクレラー・ミュラー美術館 と異なるからである。


「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」より、映像による紹介[筆者撮影]

オランダにあるこの2館はゴッホの世界的なコレクションで知られ、これまで日本で開かれてきたゴッホ展の大半もどちらか、または両館から借りてきた作品で成り立っている。ちなみに、これまでの日本での主なゴッホ展を書き出してみよう。

1958年「フィンセント・ファン・ゴッホ展」東京国立博物館(ク)
1976年「オランダ国立ヴァン・ゴッホ美術館所蔵 ヴァン・ゴッホ展」国立西洋美術館(ゴ)
1985年「ゴッホ展」国立西洋美術館(ク)
1992年「ゴッホと日本」世田谷美術館(ゴ)
1993〜97年「ゴッホとその時代展Ⅰ~Ⅴ」安田火災東郷青児美術館(現:SOMPO美術館
1995年「クレラー・ミュラー美術館所蔵 ゴッホ展」横浜美術館(ク)
1999年「クレラー・ミュラー美術館所蔵 ゴッホ展」Bunkamuraザ・ミュージアム (ク)
2002年「ゴッホ展 兄フィンセントと弟テオの物語」兵庫県立美術館
2005年「ゴッホ展:孤高の画家の原風景」 東京国立近代美術館(ゴ+ク)
2010年「没後120年ゴッホ展 こうして私はゴッホになった」国立新美術館(ゴ+ク)
2013年「ゴッホ展 空白のパリを追う」京都市美術館(現:京都市京セラ美術館)(ゴ)
2016年「ゴッホとゴーギャン展」東京都美術館(ゴ+ク)
2017年「ゴッホ展 巡りゆく日本の夢」東京都美術館(ゴ)
2019年「ゴッホ展」上野の森美術館
2021年「ゴッホ展―響きあう魂 ヘレーネとヴィンセント」東京都美術館(ク)
2023年「ゴッホと静物画─伝統から革新へ」SOMPO美術館
2025年「ゴッホ・インパクト─生成する情熱」ポーラ美術館
    「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」東京都美術館(ゴ)
    「大ゴッホ展 夜のカフェテラス」神戸市立博物館(ク)
※(ク)は主にクレラー・ミュラー美術館から、(ゴ)は主にファン・ゴッホ美術館から、(ゴ+ク)は主に両館から作品をレンタル

これを見て気づくのは、初めてゴッホ展が開かれた1958年以後★2、70年代、80年代と徐々に開催間隔が狭まり、バブルを経た90年代から一気に加速し、この10年ほどはほぼ2年にいちど開かれていることだ。これじゃまるで「ゴッホ・ビエンナーレ」ではないか! いくらなんでもやりすぎだろ?

そのせいか、20世紀まではほとんどテーマを設定せず、単に「ゴッホ展」で乗り切っていたが、さすがにそれでは芸がないと思ったのか、21世紀に入ってからは「兄弟の物語」とか「空白のパリ」といったテーマ性を打ち出すようになっている。いわば総論としてのゴッホ展は終了し、各論に入ったということだ。

そして重要なことは、前述のとおり作品の借入先がファン・ゴッホ美術館とクレラー・ミュラー美術館の2館にほぼ占められていることである。これに関してぼくは、1999年の「クレラー・ミュラー美術館所蔵 ゴッホ展」のときにartscapeに記事を書いた★3

要約すれば、展覧会を見て既視感があったので調べてみたら、4年前(1995)の同名のゴッホ展と出品作品が6割強ダブっていたこと。また、クレラー・ミュラー美術館はファン・ゴッホ美術館と同じくかつては国立美術館だったが、1994年に両館とも民営化されたこと。そのことによって運営資金を稼がなければならなくなり、ゴッホの大好きな日本に作品を頻繁に貸し出すようになったのではないか、ということだった。

事情はファン・ゴッホ美術館も同じはず。財政的にはむしろ30年前より悪化しているであろうことは、最近もファン・ゴッホ美術館が改修資金の不足により閉館の危機に瀕しているとのニュースが流れたことからも明らかである。

日本でゴッホ展が頻繁に開かれる理由のひとつは、ゴッホ作品を多数所有する美術館の懐事情が厳しいため、競うようにコレクションを貸してくれるからにほかならない。そして同じ作品が繰り返し出品されるうちに飽きられてしまったのではないかということだ。あくまで推測だが。

見えないものまで描く──水野暁

印象派の蒔いた種は20世紀に入って表現主義、キュビスム、抽象など非再現的な絵画の誕生を次々と促したが、その一方で写実を追求し続ける画家たちも連綿と続いている。特に1970年代にフォトリアリズム(スーパーリアリズムとも呼ばれた)が流行してからは、写真そっくりの写実絵画が一定の人気を保っている。なにが描かれているかわかりやすい上、写真と見まがうばかりの描写技術の巧みさに目を奪われてしまうからだ。

そんなトリックアートのような写実絵画とは一線を画し、リアリズムを極限まで追求する2人の画家が相次いで個展を開いた。水野暁と諏訪敦である。この2人はともに50代で、卓越した描写力はもちろん、スペインで写実絵画を学んだこと、絵画に時間や記憶の厚みを加えようとしていること、モチーフとは異次元のレイヤーを被せること、肉親の死を描いたことまで、重なる点が少なくない。だが最大の共通点は「見ること」を徹底して問い詰め、「リアル」を超えてしまっていることだろう。

群馬県立近代美術館で開かれた水野の個展「視覚の層|絵画の層」(2025/9/13-12/16)では、彼が生まれ育ち現在も住む群馬県の山や湖などの身近な風景をはじめ、病状の進む母の姿、花や鳥や魚などの静物などを精緻に描いた作品が並んでいた。

たとえば《The Volcano─大地と距離について/浅間山─》(2012-16)は、足かけ5年にわたって浅間山に通い、四季折々の山容を描きとどめた大作。冬には積雪を描き、春には緑を上描きするといった作業を繰り返したというだけあって、すべての季節、すべての時間を包含したようななんとも不思議な光景が出現している。妙な言い方だが、リアリティが100パーセントを超えて画面からあふれ出してしまったような印象なのだ。

2022年から制作中の《Surface Layers and the Depth/榛名湖》(2022-)では、画面の9割以上を占める湖面に映る光を描いている。水面のさざなみは絶えず揺らぎ、光は2度と同じ輝きを見せない。それをどのように表わせばいいのか? モネは1枚ではなく何枚もの連作によってそれを解決しようとしたが、水野は愚直なまでに1枚の画面に描き尽くそうとする。だが、揺らぎ続ける光を描き切ろうとするなら、この作品は永遠に完成することはないだろう。どこで筆を置くか、その苦悶が絵画に奥行きを与えている。

母を描いた連作は壮絶だ。《Mother》(2017-18)は、病気によって動きが制御できなくなった母の姿を、イタリア未来派の画家が流線を用いてスピード感を表わしたように、水野は無数の手、足、指を描き加えることで表現した。「動きを描く」という不可能に挑んだこの「肖像画」は、不謹慎ながらグロテスクであり、ユーモラスでさえある。対照的に、その死後に描かれた《母・百合子に捧ぐ》(2025)では、永遠に動かなくなった母の頭蓋骨の一部が静かに佇むだけである。


「水野暁 視覚の層|絵画の層」より、《Mother》(左)、《MotherⅢ》(右)[筆者撮影]

見えないものまで描く──諏訪敦

図らずも同じ2024年12月に母を亡くした諏訪敦は、死により接近し続ける画家かもしれない。WHAT MUSEUMで開催中の諏訪敦の個展「きみはうつくしい」(2025/9/11-2026/3/1)は、約30年前の病床の父の姿から最新作の《汀にて》(2025)に至るまで、ほぼ全編に死の香りが漂う。


諏訪敦《汀にて》(2025)[筆者撮影]

初期の大作《father》(1996)は、病に倒れた父が集中治療室のベッドに横たわる姿を丁寧に描き込んだもの。医療器具の細かい傷や汚れまで写真のように正確に再現する一方、絵具の滴りをあえて残し、写真ではなく絵画であることを主張している。

その後、遺族からの依頼で亡くなった家族の肖像画を何点か制作することになるが、遺影を模写するだけの安易な方法を避け、親兄弟の顔をスケッチしたり、似たような体格の身体を型取りしてモデルにしたり、綿密な取材を重ねることで生前の姿を浮き上がらせようとした。目の前にないもの、すでに亡き者を描くことはある意味、死者を蘇らせる行為に等しい。

その延長上に、ハルビンで敗戦直後に死んだ祖母の肖像がある。満州からの引き揚げ途上、難民収容所で亡くなった祖母は写真も残っておらず、その姿を知る者もすでにいないので、長期にわたって現地を調査・取材した上で、祖母の若い姿から老婆までを再現しようとした。今回はその「HARBIN 1945 WINTER」シリーズのうち若いヌード姿の《依代》(2016-17)などが展示されている。晩年の祖母だけでなく、娘時代まで遡って時間を透視する試みといえるだろうか。

そして長く介護していた母の最後を看取り、制作を始めたのが《汀にて》(2025)である。人体の骨格標本に型取りした手足をつけ、そこに石膏や樹脂を付着させたヒトガタをモデルにした謎めいた大作だ。そこには確かにヒトガタが描かれているものの、同じ部分や別角度からの姿が繰り返されていたり、メタリックな色彩のブラッシュストロークや直線が縦に走っていたりする。これはもはや写実絵画を超えてしまっていないか。

写実絵画というと、いかに正確に、いかに緻密に再現されているかといった描写力につい目がいきがちだが、それと同時に、いやそれ以上に大切なことはものごとを見る力、見透す力だろう。描写力や再現力だけなら精密なカメラやAIに任せておけばいい。彼らの絵画に惹かれるのは、時間や経験や記憶といった目に見えないものや、目に映る以上のなにごとかを描き出そうとしているからである。

下衆なたとえだが、それは衣服を透かして裸体を見てしまったような、あるいは肉を貫いて骨まで見えてしまったような、要するに見てはいけないものを覗き見てしまったときのような後ろめたい快感を伴うものだ。だから見ていて飽きることがない。

アーティストユニットの遊び心

最後に、男女で活動するアーティストユニットについて紹介したい。男女カップルのユニットは珍しくないが、ふだんはお互いソロで活動しつつ、2人でコラボレーションも行なうユニットが増えている。

なかでも松本秋則+松本倫子、原倫太郎+原游、片岡純也+岩竹理恵の3組は、いずれも男性がローテクながら動いたり音を出したりするキネティックアート、女性が絵画やコラージュなどカラフルな平面作品を得意とするのがおもしろい。それぞれジャンルを棲み分けつつ、2人で大きなインスタレーションも実現させているのだ(そういえばかつてのジャン・ティンゲリーとニキ・ド・サンファルもそうだった)。特に2025年は原+原(もともと2人とも原姓)と片岡+岩竹の活動が目立った。

原+原は、2025年は瀬戸内国際芸術祭で女木島の「小さなお店プロジェクト」をディレクションしたり、原游の父である建築家・故原広司が使っていたアトリエでそれぞれ代表作を並べたりしたが、最大規模の展示が、つい先日まで太田市美術館・図書館で行なわれた「バベルが見る夢」と題する個展である(2025/11/22-2026/1/18)。

同館の建築が緩やかな螺旋構造をしていることから、これをブリューゲルの描く「バベルの塔」に見立て、地元小学校で行なったワークショップの成果をスロープの壁に飾ったり、言語が混乱したという神話にヒントを得て、単語が書かれたカラフルなブロックを自由に組み合わせる遊びを採り入れたりしている。

なかでも鮮烈だったのが「浮遊する夢」と題された第1室のインスタレーション。白い背景にさまざまな日用品が飛び散るような原游の絵画「飛ぶ教室」シリーズが白い壁面に並び、原倫太郎の仕掛けた白い球体が中空を行き来する。この白球は壁から壁へ張り渡した透明のテグスの上を転がるため、空中を浮遊しているようにも見え、不思議な感覚に襲われるのだ。まさに白昼夢のような時空を実現させていたのである。


原倫太郎+原游「バベルが見る夢」展示風景 [筆者撮影]

片岡+岩竹のほうは、春に鎌倉の神奈川県立近代美術館 鎌倉別館で「岩竹理恵+片岡純也×コレクション 重力と素材のための図鑑」(2025/2/1-4/13)を開催。もともと片岡は身近な日用品を組み合わせて意外な動きをする作品をつくり、岩竹は印刷物から図像を切り貼りしてコラージュを制作してきたアーティストだが、同館のコレクションからインスパイアされたコラボレーションは見応えがあった。

年末からは横浜クリエーションスクエアで「Yokohama Re:Portside Project Vol.1 片岡純也+岩竹理恵」(2025/12/12-2026/3/15)を開いている。彼らは以前にもこの地にある食品容器を扱う問屋の売り場で、商品を素材にした作品を展示したことがあり、その一部を再現するほか、使われていないエレベータを利用した大型の動くインスタレーションを発表したり、この地で採集した都市のイメージの断片をコラージュしたり、サイトスペシフィックな作品となっている。


片岡純也+岩竹理恵「Yokohama Re:Portside Project Vol.1 片岡純也+岩竹理恵」より、《エスカレーターを昇る波》[筆者撮影]

松本秋則+松本倫子も含めてこれら3組はいずれも、その場にあるものやチープな日用品を作品素材に使い、発表場所や展示空間からインスピレーションを得て制作することが多い。その作品はユーモラスな動きをしたり素朴な音を立てたり、あるいはカラフルな色彩で目に訴えるなど遊び心にあふれ、見る者を楽しい気分にさせてくれる。これも美術の大切な要素だと思う。

★1── 三浦篤「家族図の期待 裏切ったドガ」(朝日新聞、2025年12月16日夕刊」)
★2────1953年開催の「生誕百年記念ヴァン・ゴッホ展」(日本橋丸善)は複製画の展示だった。
★3────「またしても、クレラー・ミュラー美術館所蔵の『ゴッホ展』が開かれるワケ」(artscape、1999年12月15日号)https://artscape.jp/museum/nmp/artscape/topics/9912/murata/murata.html(村田真『アートのみかた』所収、BankART1929、2010)