会期:2026/07/24〜2026/07/27
会場:吉祥寺シアター[東京都]
作:西尾佳織
演出:小森明子
公式サイト:http://www.tee.co.jp/wordpress_3/?p=3577

親/子であるとはどういうことか。鳥公園の西尾佳織が初めて外部に書き下ろし台本を提供した東京演劇アンサンブル『魔法老女ポストキュア』(演出:小森明子)は、そんな問いと向き合う作品だった。ひとまずはそう言うことができるだろう。

ある日、高校生のマヤ(林亜里子)は目が覚めると老女になっていた。どうやらマヤの意識は母・サナ(洪美玉)の母、つまりはマヤの祖母・カエデ(志賀澤子)の体に宿っているらしい。目の前には高校生姿のサナ。突然現われた妖精・マルル(奈須弘子)によれば、マヤは魔法老女ポストキュアとなり、何らかの理由で崩壊しつつあるサナの記憶の世界にいるのだという。サナが救われれば元の世界に戻れるのでは? と言われたマヤは、魔法老女の先輩・ミズホ(真野季節)とともにサナを救うために彼女の同級生として高校に潜り込みサナをサポートしようとするのだが──。

[撮影:松浦範子]

物語の前半はサナの学校生活を中心に進んでいく。マヤはそのなかで母であるサナの高校時代の姿を目の当たりにし、そしてサナが母・カエデとの間に確執を抱えていたのを知ることになる。それは子としての、ひとりの人間としての母の姿を知ることでもあるだろう。一方、サナの学校生活はポストキュアのサポートのおかげで円滑に進むが、それでもマヤは元の世界に戻ることができない。それどころかやがて、ブルセラと援交の話をきっかけにサヤと友人のアキ(原口久美子)、そしてヤヨイ(町田聡子)との仲がぎくしゃくしはじめてしまう。しかも、そんなときに限って魔法は効果を発揮しない。そう、魔法は何でもできるわけではない。「魔法は、その人の願いと、それを助けたいと思ったポストキュアの願いが重なったときに発動する」ものなのであり、救われたいと思っていない人間を救うことはできないのだ。

これは魔法のみならず現実における真理でもあり得る。例えば親と子。両者の思いはときに絶望的にすれ違う。だからこそカエデとサナの間には大きな溝が生まれてしまった。サナとマヤとの間にも同じように、しかし違ったかたちで溝が生まれてしまっている。

[撮影:松浦範子]

[撮影:松浦範子]

後半で明かされるのは、実は現実のマヤが事故で生死の境を彷徨っており、そのことがサナを苦しめているということだ。学校に通えなくなり、引きこもっていたマヤは、サナとの口論の末に家を飛び出し、そして事故に遭ってしまったのだった。カエデはそんなサナを苦しみから救うためにマヤを生の側へと引き戻そうとしていたのだが、それを知ったマヤはサナの側から見た一方的な物語を押し付けるなとカエデを拒絶する。「弱者のつもりで、正義のつもりで、わたしの声は聞こうともしない」というマヤの言葉は痛烈だ。そしてマヤの側から見た物語が語られる。

では、マヤの願いとは何か。改めて問われた彼女は「お母さんと他人になりたい」と答える。それに対して「家族なんてもともと他人じゃない」と応じるカエデ。マヤは「考えたことなかった、家族が他人なんて」と驚くが、やがて「わたしはわたしの人生を生きたい。から、お母さんにも、自分の人生を生きてほしい」と改めて願いを告げる。その願い自体は「魔法で人の心を変えてはいけない」というルールに抵触するからと却下されてしまうものの、代わりにサナを海外旅行に送り出すというささやかな願いを叶えるかたちで、親子それぞれの生の時間が実現して物語は幕を閉じる。

[撮影:松浦範子]

[撮影:松浦範子]

拍子抜けとも思える結末である。マヤが抱えていた問題も、それを母親であるサナとの関係に限定したとしても、一時的に緩和されたに過ぎないように思える。だが、そのようにあるしかないのだ。家族もまた他人なのだという気づきがあったことはもちろん重要である。しかしそれを知識として知ることと実感をもって理解することとはまた別の話であり、さらに関係を変えていくには相応の時間がかかる。だから、いずれにせよそこはマヤにとってはスタート地点に過ぎない。

この結末においてもうひとつ重要なことは、魔法が問題を完全に解決することはなく、問題解決に向けたきっかけとしてしか機能していないということだろう。誰かを救いたいという願いがその誰か自身の救われたいという願いと一致し、そして救いが与えられることは、ほとんど奇跡のようなことであり、だからこそそれは魔法と呼ばれるのだ。

整理しきれていない部分もあるように感じられるものの(たとえば一個人としての母を知っていく前半と、母もまた他人であるという真理に辿り着く後半とはもう少し有機的に接続できたのではないだろうか)、西尾は鳥公園での創作とはまったく違った台本を書き上げ、自身の新たな可能性を開いて見せた。本作における救いをめぐるテーマは西尾作品としては第62回岸田國士戯曲賞最終候補作となった『ヨブ呼んでるよ』(2017)とも通底するが、それを魔法というかたちで取り出してみせた点にこの作品のユニークさとある種の逆説がある。外部への台本提供は、西尾が継続して取り組んできている問題系に新たな角度から光を当てるよい機会にもなったのではないだろうか。

[撮影:松浦範子]

観賞日:2026/08/10(月)


関連リンク

『ヨブ呼んでるよ -Hey God, Job’s calling you!-』(2023)舞台映像:https://youtu.be/DFus-knNKi8?si=nDE1FTpDNz3qVGIT