2026年9月19日から10月5日まで、Artist Cafe Fukuoka Artist Cafe Fukuokaで福岡アジア美術館の第26回アーティスト・イン・レジデンス成果展「視差―いつもそこに在るもの」が開催された。Artist Cafe Fukuokaは旧舞鶴中学校を活用して福岡市が2022年に開設したアーティスト支援の拠点である。

[著者撮影]
本展は、2026年度第1期に参加したハン・ハン(ベトナム/フランス)、アムシャド・スヌワール(ネパール)、イアン・ティー(シンガポール)の三人が、約三カ月の滞在で進めたリサーチと制作を発表したものである。聖なるもの、コミュニティ、戦争の記憶という異なる関心から、福岡で暮らす私たちが見過ごしてきたものへと目を向ける展覧会だった。

左:イアン・ティーの展示風景 右:アムシャド・スヌワールの展示風景、Artist Cafe Fukuoka[撮影:川﨑一徳]
ギャラリーではアムシャド・スヌワールが、多くの人から思い出の場所や物のフロッタージュを集め、それをもとに風景画を描いていた。スタジオ2のイアン・ティーは、福岡出身の画家・中村研一の戦争画を調べ、自身の徴兵経験やシンガポールと日本の歴史的な関係を重ねながら、戦争の記憶がどのように残されてきたかを問うていた。本稿では、とりわけ印象に残ったハン・ハンの氷の作品を入口に、その制作を可能にしたレジデンス事業と、それを支える職能について考えたい。
裸足で氷の部屋に入るとき

ハン・ハン《裸足―氷との対話》展示風景、Artist Cafe Fukuokaスタジオ1[撮影:川﨑一徳]
《裸足―氷との対話》(スタジオ1)の入口には、作家から来場者への短い手紙が置かれている。ハンはそこで、宗教や国家、道徳といった公的な枠組みの外で、ありふれた日常が聖なるものへと変わりうるのかを問い、「あなたの個人的な『聖なるもの』は、なんでしょうか」と投げかける。鑑賞者は靴を脱ぎ、ウェットティッシュで足を拭い、部屋の内側に設えられた小屋へひとりで入る。真鍮の床の上には両手で抱えられそうなサイズの氷が置かれ、単一の照明がそれを照らしている。滑りやすい床を慎重に踏むたびに、足裏から伝わる冷たさは、筆者に、冬の夜中に実家の廊下を歩いたときのことを思い起こさせた。普段は思い出すこともない、個人的な記憶の奥にある情景である。
展示解説によれば、ハンは滞在中に能舞台の鏡の間や茶室、歌舞伎の劇場、相撲の土俵を訪ね、能の演目「氷室」や谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』、ミシェル・レリスの研究から着想を得たという。いまではありふれた氷も、かつてはその貴重さゆえに神聖な力を纏う存在とみなされてきた。
ここで補助線になるのがレリスである。ともにコレージュ・ド・ソシオロジーを担ったジョルジュ・バタイユが、聖なるものを犠牲やエロティシズムのような共同体を揺さぶる過剰な経験として考えたのに対し、レリスは1938年の講演「日常生活の中の聖なるもの」で、父の帽子やストーブ、兄と閉じこもった便所といった幼年期の卑近な事物から「私の聖なるもの」を探った。聖性は対象そのものに備わるのではなく、魅惑と危うさが同時に立ち上がる関係のなかで生じる、という見方である。家庭を暖めながら触れれば火傷をさせるストーブのように、本作の氷もまた、身体に限界を突きつける冷たさによって、ありふれた物質を別の密度へと変える。谷崎への参照も、日本趣味の引用というより、暗がりのなかで感覚を研ぎ澄ます態度として受け取りたい。

ハン・ハン《裸足―氷との対話》展示風景、Artist Cafe Fukuokaスタジオ1[撮影:川﨑一徳]
つまり、靴を脱ぐ手順そのものが儀式なのではない。冷たさをきっかけに、それぞれが個人的な何かを思い起こしてしまう。その想起の起こり方にこそ、作家の問う聖なるものの一面があるように思えた。
同時に、日常のなかで聖なるものに出会うことの難しさも考えさせられた。レリスにとっての便所は、家族から扉一枚で隔てられた空間だった。常にスマートフォンでネットワークに接続されている私たちの身体に、そうした閉じた時間はどれほど残っているだろうか。足裏が痛むほどの冷たさを経なければその境地に至れないこと自体が、現代の状況を皮肉に映しているようでもあった。
《裸足―氷との対話》は、最初からこの形だったわけではない。Artist Cafe Fukuokaでコーディネーターを務める渡辺薫氏によれば、当初は部屋一面に氷柱を並べ、部屋の外から鑑賞する構想だったという。大きさの異なる氷を実際に並べることや、氷の種類を複数試すなかで、最終的に真鍮の床に素足で入る形式へと変わった。この変更は鑑賞経験の根幹に関わるものであり、展示の協力に九州製氷株式会社が名を連ねていることからも、素材の調達から試行までを支える関係の存在がうかがえる。
四半世紀の積み重ねと、900件を超える応募
こうした制作を支えてきた福岡アジア美術館のレジデンスは、1999年の開館とともに始まった。「第26回」は成果展の回数であり、近年は年に複数期が実施されている。同館の公開リストを筆者が集計すると、1999〜2025年度に招へいした作家・研究者は148件、滞在を受け入れ支援したものが50件、計198件にのぼる。国・地域の表記は31を数え、最多は台湾の22件だった。招へい件数は2016〜2019年度には年2〜3件だったが、対象を国内外に広げ、拠点をArtist Cafe Fukuokaへ移した2022年度以降は年7〜9件へと増えている。
同館キュレーターの中尾智路氏によれば、今回の応募は900件を超える。選考では滞在制作のプランの意義や将来性に加え、作家がその国や地域でどのような存在であるかも考慮されるという。すでにアートシーンが成熟した地域から作家を迎えるだけでなく、帰国後に制作やネットワークが広がっていく可能性も見据えた選び方である。その意味で、成果展は事業の終点ではなく、福岡とアジア各地をつなぐ関係のひとつの節目といえる。
媒介者が、ともに学ぶということ
滞在制作について渡辺氏に話を伺うにつれて見えてきたのは、作家の構想と素材、地域の事業者とのあいだで試行を重ねるコーディネーターの姿である。こうした媒介的な役割は、近年、地域芸術祭などでもキュレーターとは別に置かれるようになった。奈良県の町家を会場とする「はならぁと」では、2022年の天理会場でキュレーターとコーディネーターが並んでクレジットされている★1。同プロジェクトを対象にした研究によれば、初期には作家と住民の意思疎通がうまくいかなかったが、コーディネーターが両者の対話を促すなかで、事業は地域に根づいていったという★2。信州アーツカウンシルが「ゼネラルコーディネーター」という職名を置いているように★3、地域の中間支援組織でもこの役割は制度化されつつある。
筆者はこれまで、編集者やオーガナイザーのように、表舞台に立たずに場や関係を編み上げる人々に注目して研究を進めてきた。その立場から見れば、コーディネーターもまた、作品の成立に深く関わりながら名前の残りにくい存在であり、その仕事はもっと記述され、評価されてよいはずだ。
佐々木秀彦は『文化的コモンズ』で、文化施設を担う専門家の両義性を論じている★4。宇沢弘文の社会的共通資本論を引いて、専門家に施設の管理運営を委ねる意義を認める一方、視野が狭く部分最適に陥る「専門家の専横」を戒め、オルテガの大衆批判を参照しながら、自分の専門以外に無関心な専門家こそが大衆の典型になりうると述べる。そのうえで佐々木が求めるのは「多様な声に耳を傾けること」、つまり価値観の異なる他者が集う、あえて「めんどうくさい場」をつくることである。そして市民、設置者、専門家の三者が使命を共有して水平的に集う場を、内橋克人の言葉を借りて「使命共同体」と呼ぶ。
この「めんどうくさい場」を日々の実務として編んでいるのが、コーディネーターではないだろうか。Artist Cafe Fukuokaのコーディネーターの経歴はさまざまで、なかには自らアーティストとして活動を続けながらこの仕事を担う人もいる。彼らは作家の制作に並走しながら、場所や人、機材、企業、研究機関といった、その土地にある「素材」を見つけ、提案し、つなげていく。初めて訪ねる相手に協力を頼むことも少なくないはずだ。そのたびに、コーディネーター自身もその土地について学び直すことになる。今回でいえば、作家とともに氷という素材への理解を深めていく過程がそれにあたる。特定の領域に閉じないこの学び続ける姿勢こそが、佐々木の警戒する専門性の閉鎖をほぐし、作家と地域をつなぐ回路になるのではないか。

Artist Cafe Fukuoka外観[著者撮影]
レジデンス事業が醸成するもの
福岡県内には、糸島のStudio Kura★5のように地域の暮らしに根ざした民間のレジデンスもあり、公的な招へい事業とはその性格が大きく異なる。徳島県神山町では、長年続いたアーティスト・イン・レジデンスが、作家の制作にとどまらず、外から来た人を受け入れる住民の寛容さを育み、のちの地域づくりの土台になったとも語られる★6。
福岡では2027年に福岡県アーツカウンシル(仮称)★7の設置が予定され、Artist Cafe FukuokaもAsian Artists Center Fukuoka(AACF)★8への名称変更と機能拡張を経て、レジデンスプログラムを進めることが発表されている。現在、コーディネーターのような媒介的人物が美術館ではなくArtist Cafe Fukuokaに所属していることを考えれば、拠点の再編は媒介者の働き方そのものを左右するだろう。
ここで思い出すのは、筆者がかつて所属した山口情報芸術センター[YCAM]での制作である。YCAMでは、招へい作家とともにリサーチを含めて2年以上をかけて新作を制作することも珍しくない。その背景には、エンジニアやデザイナー、キュレーター、エデュケーターらが館内で協働する研究開発チーム「YCAM InterLab」の存在がある。作家の構想を館のスタッフがともに検証し、必要な技術を開発する、いわばR&Dを軸とした制作形式であり、そこで培われた技術や知見はワークショップや別のプロジェクトに組み込まれ、ひとつの作品にとどまらず館に蓄積されていく。もちろんこれは、常勤の専門スタッフと複数年にわたる予算を前提とした仕組みである。Studio Kuraや神山、YCAM、そして福岡アジア美術館と、ここに挙げただけでもレジデンスの形式や目的はさまざまで、それぞれの時間の長さに応じた成果のかたちがある。限られた滞在期間のなかで、氷柱の壁が裸足の床へと変わるほどの試行が生まれたことは、むしろこの事業が積み重ねてきた支えの厚さを示している。そのうえで、こうした試行をもう一段深めるための時間や環境をどう用意していくかは、福岡のレジデンス全体に開かれた問いだろう。
招へい件数や応募数、来場者数は、公的事業の意義を説明するうえで欠かせない指標であり、900件を超える応募は、この事業が国内外で信頼を積み重ねてきた証でもある。一方で、レジデンスの成果には、教育と同様に時間を経て初めて見えてくるものもある。アーツカウンシルの設置や新たな拠点の整備など、福岡でレジデンスをめぐる環境が広がろうとしているいま、作家を何組迎えられるかに加えて、氷柱の壁を裸足の床へと変えたような試行を、誰が、どれだけの時間をかけて支えるのかという視点も、あわせて共有されてよいのではないか。その知見は作品のように収蔵されることはなく、キュレーターやコーディネーターといった媒介者の身体と記憶のなかに蓄えられていく。担い手が替わっても、それが次へと受け渡されていく仕組みがあってこそ、場の広がりは制作の深まりへとつながるはずだ。佐々木のいう「使命共同体」を福岡で醸成していくための鍵のひとつは、作家の傍らで学び、試し、つなぐ人々の居場所を、制度のなかに確かなものにしていくことにある。レジデンスが育てるのは、作家だけではないのだから。
★1──天理市「奈良・町家の芸術祭 はならぁと 2022」展覧会概要(キュレーター:内田千恵、コーディネーター:たかはしなつき)。https://www.city.tenri.nara.jp/material/files/group/54/gaiyou12.pdf
★2──Shiro Horiuchi(堀内史朗), “Coordinators bridge residents and artists in regional Japan: A case study of the art project Hanarart,” International Journal of Asia Pacific Studies, Vol. 13, No. 2.(2017)https://ijaps.usm.my/?page_id=3782
★3──「上地里佳×野村政之×閔鎭京(聞き手:影山裕樹)|地域にアートは必要か?(1)──津々浦々に広がる『地域アーツカウンシル』をめぐって[後編]」(artscape、2024年07月26日)、野村政之氏の肩書「信州アーツカウンシル ゼネラルコーディネーター」による。https://artscape.jp/article/17461/
★4──佐々木秀彦『文化的コモンズ――文化施設がつくる交響圏』(みすず書房、2024)第八章「文化施設のガバナンス」(pp.313-328)
★5──糸島市を拠点とする民間のアーティスト・イン・レジデンス。
★6──神田誠司『神山進化論──人口減少を可能性に変えるまちづくり』(学芸出版社、2018) https://book.gakugei-pub.co.jp/gakugei-book/9784761526924/
★7──「福岡がアート戦略を本格化。美術館を新設、アジア美術館拡張、アーツカウンシル創設へ」(Tokyo Art Beat、2026年6月5日) https://www.tokyoartbeat.com/articles/-/fukuoka-cultural-investment-news-202606県の第2期文化芸術振興基本計画(2026-2031年度)に設立が盛り込まれている。
★8──福岡市経済観光文化局「アーティストの成長・交流拠点が来春に機能拡張 新たに滞在制作棟をオープン!!」(2026年9月18日)2027年春に供用開始、スタジオを3室から11室へ拡充し、滞在制作棟「AACF Studio Wing」を開設。https://www.city.fukuoka.lg.jp/shisei/kouhou-hodo/hodo-happyo/2026/documents/20260918AsianArtistsCenterFukuoka.pdf