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プライバシーステートメント
著作権とアート
アーカイバル・アーティスト安齊重男の著作権
──国立新美術館「平井章一」
影山幸一
安齊重男ではじまった個展
平井章一氏
平井章一氏
 東京・六本木に2007年1月に開館した独立行政法人国立美術館 国立新美術館(The National Art Center, Tokyo. 以下、国立新美術館)が日本人初の個展として選んだのは安齊重男(以下、安齊)の写真だった。この自主企画展が現在開催中の「安齊重男の“私・写・録(パーソナル・フォト・アーカイブス)” 1970−2006」展(2007年9月5日(水)〜10月22日(月)まで開催)である。安齊は、1970年から李禹煥などもの派の作品や、精巧な草花の木彫りを制作している須田悦弘のポートレイトなど美術作品や美術家、あるいはパフォーマンス・イベント・美術展等消えてゆくアートシーンなど、現代美術が誕生する最も新鮮な現場に立ち会い撮影してきた写真家である。1939年生まれの安齊にとっては本拠地東京での初めての大規模な回顧展である。現在安齊は自身のことをアート・ドキュメンタリストと呼んでいる。17年ほど前、Bゼミの故小林昭夫氏から安齊の存在を教えてもらったときは確か写真家だった。美術の記録写真を撮り続けている安齊から著作権に関するコメントをもらいたいと思ったが、問題意識を示しながらも、安齊から具体的なコメントはなかった。変動する情報化社会の中で写真によるアート・ドキュメンタリストの第一人者から、後世のためにひとこと言葉を生み出してほしかったが残念である。国立新美術館でこの安齊展を担当したキュレイターで情報資料室長でもある平井章一氏(以下、平井氏)に、国立新美術館で行なう初の個展に安齊を選んだ理由、展覧会にあたっての権利処理の方法、情報資料室の活動など、企画側から見た作品と著作権にまつわる話を伺いたいと思った。

現代美術史を体感する写真展
 展覧会のタイトル“私・写・録”は、「私」的な視点で「写」し取った現代美術の動向の記「録」、と安齊が自らの写真の特徴をとらえて考え出した言葉だ。安齊展の準備には、2006年3月頃から入ったそうだ。美術館に持ち込まれた主にモノクロ作品約6,000点ほどの安齊作品から展示する作品を安齊と平井氏と共に選別していった。その選んだ2,882点の作品を平井氏は安齊作品の特徴である、資料的側面と芸術的側面に着目し、展示でもその二面性を表現した。壁面全体にわたる展示は年代順に作品(四つ切)を直接壁に虫ピンで留め、整列させることでドキュメント性を出した。中央には大判のポートレイト作品を配置して安齊作品の芸術性を掲げた。そして、時空間に包まれた会場の中心に、安齊が今まで撮影してきた大量のフィルムを透明のアクリルケースに収めて、直立させた。撮影記録を長年集積してきた安齊の精神を象徴するアーカイブタワーであろう。縦58メートル、横33メートル、高さ8メートルの広い会場で日本の現代美術の歴史を網羅的な写真によって体験できる写真展である。日本語と英語の出品目録シートは年代ごとに壁面の下方に置かれた。平井氏は特に若い世代に見てもらいたいと言う。大学生を対象にした対話形式のワークショップは好評だったようだ。この巨大な空間で大量の写真を見終えると、あの時代の作品・社会が蘇り、音楽が聞こえて来た。改めて前衛が切り開いてきた美術の時間を省みることができる。未知の作品を発見し、知っている顔に微笑み、熱い風を感じた。作品を記録することが新たな作品を生む。資料が作品になることを証明した展覧会でもある。
安齊重男《クリスト,第10回日本国際美術展〈人間と物質〉,東京都美術館,1970年5月》 景安齊重男展の会場風景
左:安齊重男《クリスト,第10回日本国際美術展〈人間と物質〉,東京都美術館,1970年5月》©ANZAΪ
右:安齊重男展の会場風景 ©ANZAΪ/©The National Art Center, Tokyo

資料として収蔵される作品
 平井氏は、18年間勤務していた兵庫県立美術館 からオープンを控えた国立新美術館へ2006年転勤し、主任研究員(Curator)と情報資料室長を兼務する。この安齊展の発案者は三木哲夫副館長(元国立国際美術館学芸課長)だったそうだ。国立新美術館の活動方針である国内外の作品を広く紹介すること、美術に関する資料の収集・公開という方針が、安齊作品の特徴である資料性・芸術性の二面性と重なり、議論はあった様子だが、安齊が選出されたと言う。平井氏は安齊のことを冷徹な目を要求されるドキュメンタリストというよりも、美術家側に立ってその空気や関係を大事にしたドキュメンタリと表現が一体となった人と見ている。「興味のある作品を見たり、美術家と話したり、そのまとめとして写真を撮っている感じなので、ドキュメンタリストでも写真家でもなく、安齊が言う“現代美術の伴走者”がふさわしいのかもしれない」と。そして安齊は、記録の集合体と記憶の意味性を表現するクリスチャン・ボルタンスキーやイリヤ・カバコフに連ねて「ひかえめな表現者にして比類なきアーカイバル・アーティスト」であると付け加えた。国立新美術館は、アートミュージアムではなく、アートセンターという英名をあてている。作品を所蔵しないアートセンターとして、資料の収集や情報を発信していくことが活動のひとつの柱である。現代美術の現場を40年近く記録してきた安齊の写真は、貴重な資料としても評価が高い。出展されている作品のほとんどは国立新美術館に収蔵される見込みのようだが、日本の現代美術の展開がわかるよう若干内容を見直し、最終的には3,000点を収蔵することになっている。写真が作品でなく資料として扱われるのが気掛かりではある。

アートライブラリーとアートコモンズ
 平井氏が所属する情報資料室は、常勤2名、非常勤7名で運営されており、(財)国際文化交流推進協会(ACE Japan)の事業を引き継ぎ、全国の美術館などの展覧会カタログを重点的に収集している。安齊の写真作品が収蔵され、デジタルアーカイブが構築されれば、画像資料として国立新美術館3階にある「アートライブラリー」に蔵書されている文献資料とも関連付けができるだろうと平井氏。また、国立新美術館の展覧会情報検索サイト「アートコモンズ」(2007年3月開設)は、美術館を訪れた人以外にも人と美術を結ぶ役割を担っている。全国の展覧会情報を簡単検索と複合検索から、現在開催されている展覧会のほか過去(2001年1月以降)の展覧会情報も調べられる。簡単検索では「キーワード」「会場」「展覧会名」「地域」「会期」からの検索が可能だ。サイトを継続することで日本の展覧会史のアーカイブとなる。今後展覧会情報とアートライブラリーの展覧会カタログなど、情報と資料とをリンクさせることが考えられている。近い将来全国の美術家とその作品が検索できるデータベースが構築されることを期待したい。平井氏は現在の課題は、目的の情報や資料へ的確にアクセスするための検索だと言う。大量のコンテンツから検索者が必要なコンテンツを確実かつ瞬時に探し出す「検索語」の解決方法はまだ発見されていない。330万画像を有するフォトエージェンシーでは、1画像に付与する検索にかかりやすい用語を20ほどスタッフで考え出し、毎週その画像のアクセスランキングをチェック、アクセス数が増えるまでその用語を更新して成果を挙げているという。

権利処理の進め方
展覧会カタログ『レオナール・フジタ展』
展覧会カタログ『安齊重男の“私・写・録(パーソナル・フォト・アーカイブス)”1970−2006』
 安齊展開催に向けた作品の著作権と肖像権の権利処理にあたっては、展覧会カタログに作品を掲載する複製の目的で手続きが進められたという。作品の展示についての許諾は受けていない。研究員の長屋光枝氏が中心となり、数名がかりで約3か月間権利の許諾手続きが行われた。展覧会カタログ(205ページ)には、展示された2,882点の約10分の1を掲載した。おおよそ200件の許諾手続きがされ、その結果約10件の未回答や連絡先不明を除いてすべてから許諾書を得たと言う。手続き方法は、郵送、Fax、メールを利用。手続きに使った書式は国立新美術館で用いている文面で、新たに作成した特別な書式ではない。使用用途や利用条件などと、許諾を得たい写真を権利保持者へ知らせ、許諾書を返送してもらい書類として保管する。今展は日本国内における日本人の現代美術が中心だ。そのため外国の写真は省いており、海外との交渉は少なかったようだ。美術作品が全面的に写っている写真はすべて著作権者の承諾を得たというが、一部だけ作品が写っているものや、展覧会の会場風景の中にいる人物の背後に作品が写っているものまでは許諾を得ていないとのこと。また人物の写真に生じてくる撮影された側の権利、肖像権(財産権・人格権)に関しては人格権が関わってくるのだろうと、平井氏は人物がわかる範囲で許諾を求めた。

最大限の努力
 2000年に大阪の国立国際美術館で開催された「安齊重男の眼 1970-1999:写真がとらえた現代美術の30年」でも約2,700点の作品が出展され、今展と同様に権利処理が行われた。この時、イサムノグチ作品とポートレイト作品をあわせて約50点を国立国際美術館が所蔵した。平井氏にとっては、写真作品そのものに安齊の著作権があり、さらに被写体にも著作権や肖像権の権利が関わってくるという、従来の権利処理とは異なる事例となったようである。許諾手続きにあたりさまざまな反応があった。単に作品を撮ってもらっただけと思っている人、安齊との関係を大事にする人、事務的な手続きを要求してくる人、二つ返事で許可する人、細かく事情を聞いてくる人など。安齊展パーソナル・フォト・アーカイブスの展覧会カタログ巻末には、許諾手続きをしたが連絡の取れなかった方へ、下記のような文章が記されている。

著作権、肖像権の許諾について(『安齊重男の“私・写・録(パーソナル・フォト・アーカイブス)”1970−2006』国立新美術館より引用)
「安齊重男氏の写真の多くは、現代美術の動向を記録したドキュメント写真であり、そのため作品の全景が写っていないものや、多数の方々が一堂に写っているものがあります。
 安齊氏の写真が安齊氏本人の著作物であることはもちろんですが、国立新美術館では、写真に写っている作品の著作権や人物の肖像権についても、掲載には権利を保有されている方々の許諾が必要だと考え、明らかに著作権、肖像権が発生すると判断した写真については、必要な手続きを取りました。
 しかし、著作権や肖像権の許諾手続きを取った方々のなかには、最大限努力したにもかかわらず、ご連絡先が判明しなかった方や、編集期間内にご返事をいただけなかった方もいらっしゃいました。これらの方々に対しましては、引き続きご連絡先を調査し、許諾をいただけるよう真摯に対応させていただく所存です。
 また、写真に写っているすべての方々を特定できたわけではなく、会場風景の一部として作品が写り込んでいる場合なども多くあります。そのため許諾のご連絡を差し上げなかった方々もおられますが、作品や美術に関わる方々を被写体にしてこられた安齊重男氏のお仕事の性格をご理解いただき、ご容赦を賜りますようお願い申し上げます。
なお、お気づきの点などございましたら、国立新美術館学芸課までご連絡ください。」



■平井章一(ひらい しょういち)略歴
国立新美術館 情報資料室長・主任研究員
1962年京都府生まれ。美術家志向であったが、研究職を目指すことになる。美学・美術史を専攻し、関西大学文学部哲学科から大学院へ進む。具体美術協会やジャクソン・ポロックの研究をし、1988年兵庫県立近代美術館(現兵庫県立美術館)に就職。18年間勤務した後、2006年より現職。展覧会の企画のほか、アートライブラリーやアートコモンズという展覧会情報検索システムの管理・運営、(財)国際文化交流推進協会(ACE Japan)の事業を引き継いだ、日本の美術館の展覧会カタログ収集とそれらを海外へ送付する事業なども行っている。

■安齊重男(あんざい しげお)略歴
アート・ドキュメンタリスト(現代美術の現場を記録してきた写真家)
1939年神奈川県厚木市生まれ。1957年神奈川県立平塚高校応用化学科卒業。現代美術作家として独学で美術作品を制作しつつ、1964年まで日本石油中央技術研究所に勤務。1970年美術家たちの作品の記録を開始。世界中の現代美術作家、及び美術関係者のポートレイトや形としては残らないパフォーマンス、ハプニング、インスタレーション等の作品を撮影した作品を発表する。特に彫刻家のイサムノグチを撮影したシリーズが有名。1978,79年ロックフェラー財団の奨学金を得てニューヨークに滞在。1994年神奈川県立近代美術館で「写真と彫刻の対話─安齊重男 眞板雅文展」、2000年国立国際美術館で「安斎重男の眼 1970-1999:写真がとらえた現代美術の30年」など展覧会に多数出展。2004年から多摩美術大学で教鞭も執る。写真集『ANZAΪ Homage to ISAMU NOGUCHI』(Imex Inc.,1992)や『CARO by ANZAΪ─Photo-essay by Shigeo ANZAΪ』(扶桑社,1992)などが刊行されている。

■権利の許諾に関連する著作権法
〈公表権〉第十八条 著作者は、その著作物でまだ公表されていないもの(その同意を得ないで公表された著作物を含む。以下この条において同じ。)を公衆に提供し、又は提示する権利を有する。当該著作物を原著作物とする二次的著作物についても、同様とする。
〈複製権〉第二十一条 著作者は、その著作物を複製する権利を専有する。
〈展示権〉第二十五条 著作者は、その美術の著作物又はまだ発行されていない写真の著作物をこれらの原作品により公に展示する権利を専有する。
〈二次的著作物の利用に関する原著作者の権利〉第二十八条 二次的著作物の原著作物の著作者は、当該二次的著作物の利用に関し、この款に規定する権利で当該二次的著作物の著作者が有するものと同一の種類の権利を専有する。
〈美術の著作物等の原作品の所有者による展示〉第四十五条 美術の著作物若しくは写真の著作物の原作品の所有者又はその同意を得た者は、これらの著作物をその原作品により公に展示することができる。
〈美術の著作物等の展示に伴う複製〉第四十七条 美術の著作物又は写真の著作物の原作品により、第二十五条に規定する権利を害することなく、これらの著作物を公に展示する者は、観覧者のためにこれらの著作物の解説又は紹介をすることを目的とする小冊子にこれらの著作物を掲載することができる。
〈著作者が存しなくなつた後における人格的利益の保護〉第六十条 著作物を公衆に提供し、又は提示する者は、その著作物の著作者が存しなくなつた後においても、著作者が存しているとしたならばその著作者人格権の侵害となるべき行為をしてはならない。ただし、その行為の性質及び程度、社会的事情の変動その他によりその行為が当該著作者の意を害しないと認められる場合は、この限りでない。
〈著作物の利用の許諾〉第六十三条 著作権者は、他人に対し、その著作物の利用を許諾することができる。
〈著作権者不明等の場合における著作物の利用〉第六十七条 公表された著作物又は相当期間にわたり公衆に提供され、若しくは提示されている事実が明らかである著作物は、著作権者の不明その他の理由により相当な努力を払つてもその著作権者と連絡することができないときは、文化庁長官の裁定を受け、かつ、通常の使用料の額に相当するものとして文化庁長官が定める額の補償金を著作権者のために供託して、その裁定に係る利用方法により利用することができる。
〈同一性保持権〉第九十条の三 実演家は、その実演の同一性を保持する権利を有し、自己の名誉または声望を害するその実演の変更、切除その他の改変を受けないものとする。
以上、 (社)著作権情報センターのWebサイト「著作権法」(http://www.cric.or.jp/db/article/a1.html)より抜粋

■参考文献
展覧会カタログ『安斎重男 FREEZE』2000.11.1, 国立国際美術館
展覧会カタログ『安斎重男の眼1970-1999:写真がとらえた現代美術の30年』2000.11.1, 国立国際美術館
平井章一 編著『「具体」ってなんだ? 結成50周年の前衛美術グループ18年の記録』2004.2.10, 美術出版社
平井章一「ウェブ上の展覧会情報検索サイト─アートコモンズについて」国立新美術館ニュース, No.3,2007.7.30, 国立新美術館
国立新美術館ガイドブック「アートのとびら」Vol.2,2007.9.5, 国立新美術館
展覧会カタログ『安齊重男の“私・写・録(パーソナル・フォト・アーカイブス)”1970−2006』2007, 国立新美術館
「写真と著作権」 (社)日本写真家協会(http://www.jps.gr.jp/kenri/chosaku.htm)2007.10.10
「著作権法」 (社)著作権情報センター(http://www.cric.or.jp/db/article/a1.html)2007.10.10
2007年10月
[ かげやま こういち ]
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掲載/影山幸一
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