artscape
artscape English site
プライバシーステートメント
著作権とアート
アイディアは著作物ではない
──匿名のアーティストユニット「IDEAL COPY」
影山幸一
匿名のアーティスト
IDEAL COPYのマーク
IDEAL COPYのマーク
 IDEAL COPY(以下、IC)という名のアーティストが気になっていた。1997年東京都写真美術館での個展 "Channel: Documents" 以降目立った活動がなく、知る人は少ないかもしれない。しかし、ICは静寂な中に不穏な音が聞こえてくるような、記憶の底に残る完成度の高いコンセプチュアルな作品を制作するアーティストユニットである。メンバーが匿名というところが想像力を増幅させる。「社会のシステム」をターゲットに作品を提示してきたICであるが、民営化や著作権問題などに揺れる社会を、今ならどのように表現するのだろうか。プロジェクトごとに変わるメンバーが実名を伏せているため、知り合いの学芸員に尋ねてもわからず、ICに連絡を取るのに少々手間取ったが、取材を依頼したメールの返事は速く、とても丁寧なものだった。コアなメンバーが集まってくれることになり、京都で出会うことになった。グループ名の由来や作品、著作権についての考えなどを伺いたいと思った。どのような人たちがくるのか楽しみだった。

オファーで始まるアート
 連絡の取れていたICの設立者であるM氏のほか、大阪から来てくれたもう一人のコアメンバーはまさかと思うF氏だった。ICの発端はコンセプトもなく、音楽バンドを作るノリでできたという。20年ほど前の当時を音楽志向の美大生だったM氏は振り返った。インディペンデントなバンドがたくさん登場していて、メジャーなバンドよりデザインが凝っていた。バンドのように複数人のユニットでプロジェクトとして作品を制作した。そして1988年、M氏とM氏の同級生は、深い意味もなくIDEAL COPYのユニット名で京都のギャラリー射手座で、最初の発表を行なった。その2年後1990年、水戸芸術館で長谷川祐子(現東京都現代美術館)企画「脱走する写真──11の新しい表現」展が開催された。そこでのワークショップをきっかけに、個人名でも音をテーマに活動していたF氏が、M氏1人になっていたICに加入し、新たなユニットが誕生した。作り手を特定の個人に依存せず、個性が異なり一貫性がなくてもいいように、また毎回プロジェクトの内容やコンセプトが変わるように、ICの匿名性を活かした。テレビのチャンネルを変えるイメージで、その都度作品を考え制作しているという。ICは作品を作っておくことはせず、制作オファーが持ち込まれてから作る注文制作体制である。現在、美術館に収蔵されている作品はなく、付き合いのあった大阪の画廊フォト・インターフォームは閉廊した。ICの活動記録は、テキストとプロの写真家が撮影した写真があり、映像記録はないが写真の一部はデジタル化してフォトCDに保存しているそうだ。時代の雰囲気を視覚化して見せてくれるICの作品は、印刷物で見ることしかできない。デジタルアーカイブでの公開を期待したい。

鑑賞<思考
景安齊重男展の会場風景
上:"Channel: Exchange" IDEAL COPYコイン(100IC, 10IC, 1IC)Photo: 高嶋清俊
中:"Channel: Exchange" Photo: 三橋純
下:"Channel: Catalogue" Photo: 高嶋清俊
 概念をずらして別の文脈を与えるICの代表的な作品を見てみよう。まずICの顔となるICマーク。コピー機のトナーマークを利用して作ったというが、その中心の6つの円はルネサンス芸術を保護したメディチ家の家紋にも、マルセル・デュシャン(1887-1968)の《》(porcelain urinal, 1917)の排水口の穴の模様にも見える。1993年から始まった "Channel: Exchange" は両替所を開設し、個人が所有する外国硬貨を3種類あるIDEAL COPYコイン(1IC, 10IC, 100IC)と交換する。交換レートは、外国硬貨1グラム=1IC。交換された外国硬貨はオブジェとして展示され、地球上のすべての外国硬貨がIDEAL COPYコインに交換されるまで継続される。同じ作品でも展示する国や場所によって鑑賞者の態度が変わる。そして、1994年セゾン美術館で開催された「21世紀・的・空間 現代美術と民俗的空間の出会い:日本の眼と空間III」展の図録制作で参加した "Channel: Catalogue" は、ページを破らないと画像が見られないアンカット装。西欧の昔の書籍のようにページの天や小口がまだ切られていない形で装丁されている。ページを切っていない状態では、文字テキストをスムーズに読むことはできるが、ページを切ると中の画像が見える代わりにテキストの文脈は寸断される。図録が作品。「売れない美術展図録ワーストワン? その楽しみを見つける余裕がないのかもしれない」と笑顔のM氏である。1996年の "money" は、世界都市博覧会中止のあと、東京ビッグサイトで開催された展覧会「On Camp/Off Base」で展示された。制作費の10万円を100円硬貨1,000枚にしてそのまま展示した。オープンの二日後すべての硬貨が展示台からなくなった。ICとしてはコインが増えると思っていたので、その見込み違いが面白かった。しかし、これは主催者からかつてないほど激怒されたといういわく付きの作品となった。

景安齊重男展の会場風景 安齊重男《クリスト,第10回日本国際美術展〈人間と物質〉,東京都美術館,1970年5月》
左:"money" before
右:"money" after
新しい価値を作らない
 表現として形を成す以前のアイディアは、著作物にはならない。IDEAL COPYという命名は著作権の認識があって付けられた名前ではなかった。M氏は著作権に対しパブリックドメインでいいと言う。世界中に著作権を管理する団体はたくさんあるが、案件を適切に権利処理したり、身近な相談など機能が整備されていないのではないかと。またF氏は、ICの作品はものごとを並べ替えただけで、新しい価値を作っていないから権利は発生しないはず。例えば "Channel: Exchange" 。両替するという行為に著作権はない。誰がやっても同じ。その両替するICのコイン自体は、オリジナルにも見えるが既にある素材とデザインを組み合わせたもの。ICにオリジナルという意識はまったくなく、権利を主張していない。著作権を想起させるICの作品をコピーして著作権を侵害しようとしても侵害する著作物がないというわけだ。しかし、ICの存在を含めてプロジェクト全体はオリジナリティのある著作物であるようにも見える。著作権についてF氏が述べた。「結局、著作権はわけのわからない世界なのだ。みんな怯えてしまう。判例がなければ判断できないのが現状だろう。アーティストにとっては、表現をコピーされるより、アイディアをコピーされるのが一番怖い。表現であればひとつで済むが、アイディアを持って行かれたら先に作品を作られてしまう可能性があり、主張できなくなる。そういう点でアーティストにとって現在の著作権は曖昧だ。法律があるといっても本当に機能している著作権というものが存在しているのかどうか、考えた方がいい。著作権ではなく違う言葉なのかもしれない。信頼関係など、もっと別のことかもしれない。みんな最初から著作権があるかのごとく、それがわからないから気にしながらどうしていいか、ということでやっているとしか思えない」。

アイディアと表現の区別
 やはりICには現代美術の父デュシャンが生きていた。両氏共にデュシャンから影響を受けたという。M氏は大学で美術教育を受ける以前はピカソとデュシャンしか知らなかったようだが、デュシャンの《泉》を見てアートに可能性を見出したそうだ。F氏はデュシャンピアンとして知られている。あらゆるものを疑ったデュシャンは、頭に浮かんだことをひっくり返してみて別の方向から見ようとした。デュシャンの男性用便器を作品化した《泉》は、実用の既製品をデュシャンが選択し、架空の署名を加え、一定の方法で展示するという、発想と行為が作品となっている。シェリー・レヴィーンはこれを真似て《泉(ブッダ)(デュシャンによる)》(bronze,1991)を《泉》と同じような男性用便器を型取りしてブロンズ彫刻に仕立て、表面をブランクーシの《空間の鳥》のように美しく磨き上げた。デュシャン側の著作権侵害の訴えは耳にしたことがない。アイディアは誰でも自由に利用でき、それを加味し肉付けした表現は、作品制作者であるアーティストのみが独占できるという。他人の作品からアイディアを借りるのは自由だが、著作物である表現は借りることはできないのだ。これが著作権の基本ルールのひとつ「アイディア/表現」の区別である。また、著作権法では「アイディア自由の原則」として表現を保護し、アイディアは広げ、再生産するべきだと考えた。さらに作風の模倣というパスティーシュは自由で、パロディーや雰囲気や調子が似ている〜風というのは具体的な作品にさえ似なければ著作権侵害に当たらない。著作権は、裁判を行なえば一応の決着がつくが、決定的な回答を得られないのが現状だろう。著作権法の第一条にある目的「文化の発展に寄与すること」を踏まえた判断を時々に応じて、自ら考え正解を探していかなければならない(参考:福井健策『著作権とは何か』)。

社会システムのずれ
 今まで淡々と軽やかな活動が心地良かったとM氏は言う。たぶんそれは匿名と関係している。実名ではない人ごとでできるのは面白いとF氏。2004年滋賀県立近代美術館で開催されたグループ展「コピーの時代」に出展以後、ICにはオファーがない。「時代が変わり、社会のシステムがずれ出したので、ことさらICが表現する必要はなくなってきたのか、世の中がICになってきたのでしょう。たぶん今やったらかっこ悪いかもしれない。何もしないのがICらしいのかもしれない」とF氏。「昔も社会のシステムはずれていたのでしょうが、みんなが気付かなかったのかもしれません」とM氏。資本主義社会の力に、制度批判的なICの表現も消費社会のスパイスとして機能しなくなってきたのか。スピーディーな情報化社会の歪みをICのセンサーは的確にとらえているはずだ。多才なM氏は来年ミュージシャンとして別のユニットでCDデビューをするという。匿名のアーティストM氏とF氏を、デュシャンと音がつないでいた。ICは解散したわけではない。

(画像提供:IDEAL COPY)

■IDEAL COPY(アイディアル・コピー)略歴
1988年 "Channel: Mode" (ギャラリー射手座/京都)
1989年 "Channel: Merchandise" (東京/京都/大阪)
"Channel: Great Painter in New Face" (ギャラリーVIEW/大阪)
"Channel: Mystery on Art" (ONギャラリー/大阪)
"Channel: Materialism" (ギャラリー白/大阪)
"Transmedia Work" (ギャラリーCOCO/京都)
1990年 "Faces of 10 Artists" (「脱走する写真」水戸芸術館現代美術ギャラリー/茨城)
"Channel: Open" (Photo Interform/大阪)
"Channel: Public Subscription" (「東京ハイパーリアル展」西武渋谷店/東京)
"Channel: NHK" (NHK TV放映、11月3日)
"Channel: Peace Cards" (「観念の刻印」栃木県立美術館/栃木)
"Channel: Tension" (アートマガジン「Tension」/オーストラリア)
1991年 "Pierre et Grilles" (渋谷パルコ・エクスポージャー/東京)
"Channel: S.P. 1988-1990" (「キュレーターズ・アイ」ギャラリーNWハウス/東京)
"Channel: ICAM(IDEAL COPY Art Museum)" (「ピエール&ジル写真展」なんばCITY/大阪)
"Proiezioni" (「国際スライドプロジェクション」キャステロデリバラ/トリノ)
"Digital Sight──デジタル表現の可能性" (O美術館/東京)
1993年 "Channel: Exchange" (「ハラ・ドキュメンツ」原美術館/東京)
1994年 "Channel: Open#2" (「亜細亜散歩」資生堂ギャラリー/東京)
"Channel: Catalogue" (「21世紀・的・空間」セゾン美術館/東京)
"Channel: Exchange-Demonstration" (「Nor Here Neither There」LACE/ロサンジェルス)
1995年 "Channel:Exchange" (「芸術祭典・京」元龍池小学校/京都)
"Channel: Exchange" (「The Age of Anxiety」Power Plant/トロント)
1996年 "money" (「On Camp/Off Base」東京ビッグサイト/東京)
"Channel: Exchange" (「アートは鎹」エスパス21/松山)
"Ideal Copy Archives" (「美術家の冒険」国立国際美術館/大阪)
1997年 "Channel: Exchange" (SAI gallery/大阪)
"Channel: ICAM#2(IDEAL COPY Art Museum)Constantin Brancusi" (「アートは楽しい8──複製時代」ハラ・ミュージアム アーク/群馬)
"Channel: Documents" (東京都写真美術館/東京)
1998年 "Channel: Exchange" (「Donaiyanen:現代日本の創造力」パリ高等美術学校/パリ)
1999年 "Channel: ICAM#3(IDEAL COPY Art Museum)Max Ernst" (「コラボレーション・アート展」福島県立美術館/福島)
2000年 "Channel: Exchange" (「Worthless (Invaluable)」リュブリアナ近代美術館/スロベニア)
2004年 "Channel: Exchange" (「コピーの時代」滋賀県立近代美術館/滋賀)


■参考文献
長谷川祐子「"恒久平和" を装う "恒久攪乱"」『キュレーターズ・アイ '91 vol.1-6』p.46, 1991.9.30, ギャラリーNWハウス
図録『21世紀・的・空間 現代美術と民俗的空間の出会い:日本の眼と空間III』1994, セゾン美術館/アイディアル・コピー
図録『美術家の冒険[多面化する表現と手法]』 1996.9.5, 国立国際美術館
図録『映像工夫館作品展 時と空間の記憶3 IDEAL COPY個展 Channel: Documents』1997, 東京都写真美術館
図録『開館20周年記念展 コピーの時代──デュシャンからウォーホル、モリムラへ』2004, 滋賀県立近代美術館
福井健策『著作権とは何か』2005.10.31, 集英社
横浜美術館(http://www.yaf.or.jp/yma/exhibition/2004/special/duchamp/checksheet_program.html)「マルセル・デュシャンと20 世紀美術」展チェックシート・プログラムサポートシート(2004),2007.11.11
Centre Pompidou(http://www.centrepompidou.fr/Pompidou/Accueil.nsf/tunnel?OpenForm)2007.11.11
Philadelphia Museum of Art(http://www.philamuseum.org/)2007.11.11
Walker Art Center(http://www.walkerart.org/index.wac)2007.11.11
Marcel Duchamp World Community(http://www.marcelduchamp.net/)Art Science Research Laboratory, Inc./Succession Marcel Duchamp, ARS, N.Y./ADAGP, Paris., 2007.11.11
2007年11月
[ かげやま こういち ]
前号 次号
ページTOPartscapeTOP