4月の末に『思想地図』という雑誌が出た。出版元はNHK出版で(正式名称は日本放送出版協会というのだけれども)、ちょっと意外な感じがするが、そもそもこの雑誌がつくられることになったのは東浩紀と北田暁大がNHKブックスで『東京から考える』という対談本を出したのがきっかけであり、この雑誌もNHKブックスの別巻として刊行されていることを考えると意外でもなんでもない。NHKブックスは、昨今の新書バブルで新書の粗製乱造がつづくなか、「新書より選書のほうがおもしろいものが多いね」と本好きたちに言わせるきっかけとなったシリーズだ。じっさい、スカスカの新書を700円で買うよりも、あと300円ぐらい払ってNHKブックスを買うか、新書をもう1冊買ったつもりで講談社メチエや朝日選書、角川選書、新潮選書などを買ったほうがコストパフォーマンスはうんといいと思うよ。
『思想地図』は世代論的な発想でつくられているところが興味深い。執筆者の平均年齢は35〜36歳で(と編集後記に書いてある)、'70年前後に生まれた人がほとんどだ。編集する東と北田は'71生まれである。また、「創刊に寄せて」の冒頭には「日本では一九九五年以降、社会の構造が大きく変わり、現代思想も根底から再編を迫られた」とある。'95年を転換点とする考え方は、私もどこかで書いたことがあり(阪神大震災とオウム真理教と長期不況のはじまりの年だ)、それはそれで同意するけれども、書き手を同じ世代の、しかもアカデミシャンで固めるっていうところはどうなんだろう。ことし50歳のオッサンとしては、いささか疎外感を感じなくもない(って、嘘ですけど)。逆に、いわゆる「ゼロ世代」がつくっていて、創刊号の特集が「日本」で、巻頭が「共同討議 国家・暴力・ナショナリズム」であったりすると、「ふうん、いまの30代は国家とか日本とかに関心があるんだ」と客観的に(つまり他人事として)見られて、それはそれでおもしろい。私は国家も日本もどうでもいいんだけど。
6月には『ロスジェネ』という雑誌も出た。これは発行がロスジェネで、発売はかもがわ出版。キャッチコピーは「超左翼マガジン」。こちらも執筆者は'70年代生まれがほとんどだ。ロスジェネ、つまりバブル経済と新世紀の(見かけ上の)景気回復の谷間で損をしたロストジェネレーションの代弁をする雑誌である。もっとストレートに言えば、フリーターやワーキングプアの声を伝える雑誌だ。『思想地図』の執筆者がアカデミシャンばかりなのに対して、『ロスジェネ』はアカデミシャンもいるけれども基本は運動系。しかし、従来の新左翼や社民系の運動には不満を持っていて(というか、新左翼や社民が「ない」ことにしてきた人びと)、でももうノンポリじゃいられねえ、オレたちアタシたちの声を聞け、という切実感がある。
TBSラジオで「Life」という番組がある(月1回、日曜深夜)。サブタイトルは「文化系トークラジオ」。社会学者の鈴木謙介をメインパーソナリティに、編集者やライターが加わり、ゲストをまじえておしゃべりする番組だ。鈴木が'76年生まれで、ほかのレギュラーメンバーは'70年代生まれが3人と(なぜか)'64年生まれが3人という年齢構成になっている。いまのAMラジオはかなり自由で、とくに深夜枠だとかなり堅めの話題もできる。昨年11月、この放送の一部を文章化した『文化系トークラジオLife』という本が本の雑誌社から出た。なぜ本の雑誌社からなのかというと、毎週スタジオに遊びに来るギャラリーのなかに同社の編集者がいたからである。目次には「バブルってなんだ?」「東京」「戦争とサブカルチャー」「ロストジェネレーション」「働くということ」といった放送テーマが並んでいる。
ここでも「After'95」という章があり、鈴木は戦後の「終わりの始まり」が始まるのが95年ではないかと発言している。地震とオウムに加え、Windows95の発売とインターネット普及の始まり。そして2年後には酒鬼薔薇事件、北海道拓殖銀行と山一証券の破綻がやってくる。
『思想地図』や『ロスジェネ』の創刊と相前後するようにして『10+1』(INAX出版)と『InterCommunication』(NTT出版)が休刊した。すこしジャンルは違うが『広告批評』も来春で休刊することを発表した。どの雑誌も売上不振で休刊するのではなく、ひとつの時代における役割を終えたとして休刊を決めたようだ(もちろん各誌それぞれに複雑な事情があるのだろうが)。その一方で若い世代(といっても30代なかばはもう立派な中堅だろうが)が自分たちのメディアを持とうとしている。これがそのまま、現代日本の思想状況、言論状況を象徴していると言ってもいいのではないか? |