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「高橋忠彌の世界展」萬鉄五郎記念美術館
福島/伊藤匡(
福島県立美術館
)
この冬東北では、昭和の時代に活躍した洋画家たちの展覧会が続いた。酒田市の
本間美術館
では、わずか20歳で世を去った小野幸吉の回顧展が、
天童市美術館
では97歳の天寿を全うした熊谷守一の歿後30年記念展が開かれた。そして、花巻市東和町の
萬鉄五郎記念美術館
で開催中なのが、高橋忠弥の初の大規模な回顧展である。
「高橋忠彌の世界展」チラシ
高橋忠弥は東京生まれだが、父親の仕事の都合で北海道、岩手と移り住み、盛岡で青春時代を送っている。岩手県の師範学校卒業後、地元で小学校教員をしながら文学や美術の創作を続けるが、1937(昭和12)年、日中戦争勃発の半年前に、軍人を揶揄した短編小説を発表したため退職させられる。失職を機に画家をめざして上京し、挿画や本の装丁、出版社の中国戦線派遣記者などの仕事をしながら、独立展などに出品を続ける。最初の夫人と死別をした翌年、50歳を超えてから長年の夢だったフランス美術修行を決意し、そのまま11年間滞在する。逆境をバネに飛翔しようとする姿のうちに感じられるのは、芸術への憧れであろうか。
展覧会では、初期から晩年までの代表作によって、彼の造形世界が展開されている。中国に取材した港風景。戦争末期から戦後すぐにかけて描かれた《人間復活》《鴉がカオスカオスと啼いている》など西欧の宗教画に構図を借りた寓意画。工場地帯の運河や橋、荷車がモチーフの《月と車》《車輪》。松本竣介や澤田哲郎ら同郷の画家たちの絵にも荷車が登場するが、高橋の荷車は生きもののように月明かりの下で踊っている。宮沢賢治の童話にも通じる奇妙だが楽しい情景である。1950年代後半の絵具の厚塗り、抽象的表現の時期を経て、渡欧後は一見して画面が明るくなり、にぎやかだが調和を保った色彩表現が眼に心地よい。
会場には、書の作品と彼が手がけた装丁本も多数展示されている。深澤七郎『楢山節考』、渡邊喜恵子『石川啄木の妻』など、この画家独自の文字と大人の童話のような画風が相乗効果を発揮している。いかにも丹念に製作された印象を受けるこれらの装丁本を見ながら、最近は装丁が気に入って本を買うことが減ったことに気づかされた。恩地孝四郎や木村荘八を引き合いに出すまでもなく、かつて本の装丁は美術家の、とりわけ洋画家たちの重要な仕事の一部だった。
なお、高橋忠弥の文学世界については、展覧会という性格上深くは触れられていない。幸い、評伝・藤富康子『月と車──高橋忠弥の世界』(あざみ書房、2007)に詩やエッセイが抄録されている。同書はまた、交友のあった人たちを丹念に取材していて、画家の人となりを浮かび上がらせてくれる。
左:萬鉄五郎記念美術館
右:展示室内
●詩情の楽園──高橋忠彌展
会期:2007年12月8日(土)〜2008年3月23日(日)
会場:
萬鉄五郎記念美術館
岩手県花巻市東和町土沢5区135番地/Tel.0198-42-4402
[いとう きょう]
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