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ブラッシュ・ストローク

Brush Stroke
更新日
2024年03月11日

勢いのある筆の動きのこと。大きな身振りをともなって描かれる抽象表現主義の絵画において多用されたことで知られる。抽象表現主義の絵画が、等身大以上のサイズへと展開するとともに、このような描法が顕著に試みられた。東洋の書の筆法を受容したことを窺わせるもの(F・クライン)、波打つような個々の筆触の連動によって、画面全体の不定形な揺らぎを演出するもの(P・ガストン)、絵画の媒体自体の現前性を強調するもの(H・ホフマン)、異なる色・筆触の干渉・衝突として使用されるもの(W・デ・クーニング)など、多様な展開を認めることができる。特にデ・クーニングは、制作において多量の油絵具を使用し、その後溶剤などにより絵具をぬぐい去るという可逆的なプロセスを繰り返した。さらに、絵具の乾きを遅延させるために、生乾きのキャンヴァスに新聞紙をかぶせるなどしていたことが知られており、その流動的かつ厚塗りの画面は、制作の局面における終わりなき、進行中の、未完結のプロセスを印象づけるものである。巨大な画面をスピードと腕力で制圧するようなブラッシュ・ストロークは、抽象表現主義の男性性誇示(マチズモ)と同一視されるようになり、また多くの模倣者によるマンネリズムに陥ったことでしだいに敬遠されるようになった。後続するポスト・ペインタリー・アブストラクション、ハード・エッジ、ミニマリズム、ポップ・アートなどの動向では、筆触が喚起する触覚的な性質は後退し、代わって手わざを排除した機械的かつフラットに塗られた色彩の質が前景化した。

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補足情報

参考文献

『行為と行為者』,ハロルド・ローゼンバーグ(平野幸仁、度會好一訳),晶文社,1973
Action/abstraction: Pollock, de Kooning, and American art,1940-1976,edited by Norman L. Kleeblatt,Yale University Press,2008
Abstract expressionism: a critical record,edited by David Shapiro and Cecile Shapiro,Cambridge University Press,1990