2022年01月15日号
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2021年11月01日号のバックナンバー

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フォーカス

【オアハカ】それでもなお、文化芸術が自律的に存在する場所

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[2021年11月01日号(清水チナツ)]

メキシコ南部に位置するオアハカで1年半の滞在を終えて、2021年9月に帰国した。昨年3月12日にメキシコに入国した際は、パンデミックの波はまだ押し寄せていなかったが、それから1週間も経たずに街から人の姿が消え、マスクや手洗い、アルコール消毒などがこの街でも日常となった。半年くらいで落ち着くかな……という希望的観測は大きくはずれ、筆者の滞在中、オアハカの美術館や博物館、大学などの公共施設の扉は閉じられたままだった。しかし、このパンデミック禍であっても、アーティストたちはコレクティブでの活動を継続しており、その様子を彼らのタジェール(工房、ワークショップ)や街中で見せてもらう機会に恵まれた。パンデミック禍のオアハカの様子を振り返り、そこから見えてきたことを綴りたい。

キュレーターズノート

その地域で生きる身体の、それぞれの尺度──生きる私が表すことは。/糸島芸農2021

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[2021年11月01日号(正路佐知子)]

今秋九州ではいくつも現代美術の企画が行なわれている。すべてを見て回ることは難しいが、そのなかで訪れることができた二つの展覧会を紹介したい。両展ともにこの世の中を覆う息苦しさについて考え、一般論ではなく自分の足元を見つめるところから問いを立ち上げ、鑑賞者にも問いかける好企画であった。また、美術館や大きな団体による企画ではないにもかかわらずキュレーターやアーティスト、市民が協働し、展覧会を実現させている点でも目を引いた。

語りの複数性──わからなさとともに在ること

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[2021年11月01日号(田中みゆき)]

展覧会「語りの複数性」は、固有の感覚や経験に裏打ちされた表現や、他者の経験する現実を自らの身体をもって受け取り、表現する試みを扱う展覧会である。落語をとらえた写真や、音から想起されたドローイングなど、各作品には何らかの空白があり、それゆえに受け取る人が想像せざるを得ない部分があるのも特徴だ。この展覧会は、私たちが世界をとらえるうえで逃れられない固有の体と感覚、そして経験や記憶といったものから生まれる表現を“語り”として、その複数のありようが共存する場として企画した。ここでは、当初は自分でもわからなさを抱えながら進めてきた展覧会が、「多孔的自己」や「エンパシー」「ネガティブ・ケイパビリティ」といった概念に触れることで形づくられていった過程を記したいと思う。

デジタルアーカイブスタディ

マテリアリティを備えたデジタルアーカイブを目指して──KeMCoの実践

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[2021年11月01日号(本間友/宮北剛己)]

この春(2021年4月)に慶應義塾大学三田キャンパスにオープンした、新たな大学ミュージアム「慶應義塾ミュージアム・コモンズ」(KeMCo)。自律分散型であること、交流を生み出すこと、そして実験場であることをコンセプトに、ファブリケーション機能をもったスタジオなども備える同館は、コロナ禍のなかでの開館準備からオープンを経て、そこでデジタルアーカイブに触れ活用する人たちにも新鮮な体験を生み出している。
柔軟かつオープンに繰り返される、デジタル/フィジカルにまたがったアーカイブの体験設計のトライアンドエラーと、そこで生まれる新しいデジタルアーカイブの姿とはどのようなものだろうか。同館の専任講師である本間友氏と、特任助教である宮北剛己氏に、日々の実践と今後の展望についてご執筆いただいた。(artscape編集部)

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