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美術館館長の4割が女性に──スイス現代美術界のパワーウーマンたち

木村浩之

2011年05月01日号

アネット・シンドラー(Annette Schindler 1962〜)
ナディア・シュナイダー(Nadia Schneider 1971〜)
サビーネ・ルスターホルツ(Sabine Rusterholz 1973〜)
グラールス市立美術館館長


Sabine Rusterholz, Director Kunsthaus Glarus, Photo: Dominik Petko, Zürich

 グラールスとは、チューリヒからローカル線で1時間ほど行ったあたりにある小さな町である。16世紀にカルヴァンやルターなどと平行してチューリヒにおいて宗教改革を起こしたツヴィングリが、それ以前に司祭を務めていた町ということからもわかるとおり、歴史のあるまちであることには違いない。しかし現在1万2千人の人口のこの町は、ユネスコ世界遺産に「地殻変動地域サルドナ」として登録されているのも虚しく、多くの訪問者にて賑わう町とは言いがたい。
 そんな地方美術館が実はスイス美術界における女性史のなかで際立った存在となっている。
 1992年、グラールス市立美術館に初めて女性館長が誕生。アネット・シンドラーであった。当時30歳。彼女は5年間グラールスに勤めた後に、スイス・インスティテュート(ニューヨーク)という非営利の現代美術展示組織のディレクターに就任、そして3年後の2000年に再度スイスへ戻り、メディア・アートをサポート・展示する「プラグイン」(バーゼル)という実験的施設の初代館長となり、新しい分野の開拓に努めてきた(2010年末退任)。
 ちなみに、上記スイス・インスティテュートのディレクター前任者も女性であった。カリン・クオーニ女史である。彼女はポストをシンドラーに譲った後、インディペンデント・キュレーターズ・インターナショナル(Independent Curators International:ICI)というニューヨークに本部を置く非営利団体のディレクターというキャリアを経て、現在は米・ニュースクール大学のヴェラ・リスト美術・政治センターの所長となっている。
 1998年にシンドラーに継いでクンストハウス・グラールスの館長となったのは、既述のベアトリクス・ルフ。2001年、ルフの後を次いだのはナディア・シュナイダー。彼女も31歳という若さでの就任である。前職は政府の芸術委員会委員、グラールスの後は、ジュネーブの市立美術館の主任キュレーターとなっている。
 2008年以降、グラールスにて現館長を務めるのは、サビーネ・ルスターホルツである。館長となった時点で35歳。着任後すぐに2009年のスイス展覧会賞(Swiss Exhibition Award)を受賞しているが、決して派手で人目を引く展示企画を行なっているのではない。彼女いわく「こののんびりした場所とこのゆっくりした時間の流れのなかでのみ可能な展覧会をやっているだけ」。そういった考えのもとでじっくりと実験・体験を積み重ねることのできる環境が、この美術館をキュレーター・ディレクターの登竜門たらしめているのだろう。そしてその門は常に女性に対しても開かれていた。

日本も続け!

 現代美術の企画展をキュレートし展示する公立・私立の美術館等機関は、スイス国内でざっと50はある。現在、その約4割近くのインスティテューションのトップポジションに女性が就いている。今回ここで紹介したのはその一部にすぎない。
 参考までに、スイスにて女性参政権を定める法律ができたのは、西欧諸国中において最も遅い1970年代になってからであった。しかもスイス全域で女性参政権が完全に認められるのは1990年である。その後、駆け足で近隣諸国に追いつき、1999年には初の女性大統領が誕生している。さらに2010年、スイス連邦政府内閣の過半数が女性になったことで、ついに男女平等後進国という不名誉なレッテルを名実ともに完全に返上できたという認識が広がっていた。
 美術業界においても、内閣には若干の遅れをとりつつも、やはり2000年頃を境にして、急速に女性が増え続けてきたことがわかる。しかし、それとともに目につくのは、彼女たちの若さだ。上に紹介したように、1960年代以降に生まれた世代が多くを占めており、ディレクター就任時で30代半ばというケースも多い。
 日本でもオペレーショナルなレベルでは片岡真実(森美術館チーフ・キュレーター)、長谷川祐子(金沢21世紀美術館学芸課長[1999-2005]及び芸術監督[2005-2006]を経て2006年4月より東京都現代美術館チーフキュレーター)、三宅暁子(現代美術センターCCA北九州 プログラム・ディレクター)、植松由佳(2008年10月より国立国際美術館主任研究員)、美術館ではないが日本を代表する現代美術のギャラリーであるギャラリー小柳の小柳敦子など、日本の現代美術を語る上で女性の放つ存在感は男性のそれを凌駕しつつあると言っても過言ではないだろう。もちろんそれは、作家にもあてはまり、まもなく始まる第54回ヴェネツィア・ビエンナーレ日本館展示作家の束芋(植松由佳コミッショナー)を含め前4回のうち3回が女性作家の出品となっていることにも伺えよう。
 しかし日本では、ハコモノとしてつくられた公立美術館の館長には年長の男性が就くことが長く慣習になっており、名誉職的意味合いの強いこのポジションに女性が就任することはまずなかった。2000年、後の文部科学大臣の遠山敦子が国立西洋美術館館長に就任しているが、もともと文部官僚の遠山は美術の専門家ではない。一方で、2009年4月に逢坂恵理子(国際交流基金、前職森美術館アーティスティック・ディレクター)が横浜美術館館長に任命されたことは、時代の変化の徴と捉えたい。指定管理者制度の下で、美術館運営とその存在意義が見直されつつある今、館長というポストも、性別や年齢や社会的地位といったクライテリアよりも、魅力あるインスティテューションへとリードできる存在であるかどうかが問われる時代に入ったといえるだろう。

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