フォーカス

「崩壊」の認識が起点に

　こういった、他者の言葉の意味をとことん理解したいとする欲求の強さは、子どもの頃からドイツやアメリカで過ごした時間が長かったというその経歴とも関わりがあるかもしれない。アメリカの大学で地学を学んだ後の2001年から、竹田さんはアメリカのサンディエゴや、タイとビルマの国境にある難民キャンプ、コロンビアの国内避難民スラムでワークショップを開始。また、NGO団体のAjAプロジェクト（www.ajaproject.org）という団体を創設し難民の子どもたちに写真を教え、写真を「共同」撮影するプログラムを展開した。同時に、その声、言葉、ストーリーを記録し、ナショナルジオグラフィック博物館や国連本部ロビーなどの場で展示をしつつ、その個人史と世界史の接点を再調整した。原爆関連では国立長崎原爆犠牲者追悼祈念館と共同での書籍化、米ミシガン州立大学図書館でのアーカイブ設立、ブラジルサンパウロでの原爆展開催を実現させた。さまざまなかたちでのアプリケーションやデリバリーにこだわり、北京での展示の終了後は、ニューヨークへ行き、原爆投下を決断したトルーマン大統領の孫などと 国連軍縮会議の一環として対談するという。
　活動の拠点は2005年より、メキシコ・ティファナに置いている。ティファナは、アメリカとの国境に位置するため、麻薬の売買や使用が横行し、半分無法地帯化するなど、いわば「崩壊」が進んでいる街。だが竹田さんはその「崩壊を認める」ことからすべては始まり、「その後でどういう提案ができるのかが大事」だと語る。そしてそういう崩壊の場所でも200万人以上が生活を営んでおり、「そのなかで日常を進めるために必然と生まれる強靭な治癒力に動かされる」という。
　ちなみに、その「崩壊」状態は、今回行なわれたパンクロックのパフォーマンス「Ghost Magnet Roach Motel」でも鮮烈に表現されていた。北京在住のアーティストFENNIや清水恵美を交えてプロジェクト・スペース「雑家」で行なわれたこのパフォーマンスは、人の安静をとことん乱す音が連なり、秩序が無秩序に包まれたもので、脳のアルファ波が減るという意味で、プロジェクトのタイトル「α崩壊」と見事に呼応していた。それは、他者との有機的連なりを失ったまま浮遊し、狂気を誘う記憶の状態を表わしているかのようだった。

新たな世界観を開示

　今回、映画上映とインスタレーション作品の発表の場となったのは、メキシコ・ティファナのアート・スペースの分店として北京の草場地で半年前にオープンした「TJ CHINA」プロジェクトルームだ。
　何はともあれ、日中の領土問題をめぐる確執が最高潮に達した中国、しかも半ば官制とはいえ、大規模なデモが起きた北京で、日本人男性が「戦争の記憶をめぐるプロジェクト」を遂行できた、ということは特筆に値する。その成功は、作家の実行力はもちろんだが、ゴーサインを出した、自身も著名なアーティストである、「TJ CHINA」のオーナー、メリー・バラガン、ダニエル・ルアノバの両氏の勇気に帰するところも大きい。

竹田信平（中央）と「TJ CHINA」のオーナー、メリー・バラガン（左）、ダニエル・ルアノバ（右）
［提供：竹田信平］

　雑誌『現代思想』の元編集長、池上善彦さんから「3.11後の世界観を開示するアーティスト」との評価を得た竹田信平さん。池上氏も、今回のプロジェクトが東北の大震災以前に始まりつつも、「α崩壊」というタイトルが「内部被爆を連想させる」予言性、先見性に着目しているが、多くの日本関連のイベントが、それが最も必要とされる時期に、「自粛」という道を選んだなか、「私たちは何を知っているのか、本当に知っているのか」という疑問の声を投げかけたという意味でも、池上氏の竹田さんへの評価は妥当だと思わずにはいられない。

ALPHA DECAY α崩壊7

会場：TJ China
会期：2012年9月29日（インスタレーション作品の展覧会のオープニング）
　　　10月6日（『ヒロシマ・ナガサキ　ダウンロード』上映）
　　　10月13日（『最も日本に近いメキシコ』上映）
詳細：http://www.tjinchina.dinstudio.com/
　　　http://www.shinpeitakeda.info/

A MULTI-SENSORIAL PUNKFORMANCE　GHOST MAGNET ROACH MOTEL`S TOUR

会場：雑家　zajia lab Beijing project space
会期：2012年9月27日
詳細：http://www.ghostmagnet.info/
　　　http://www.zajia.cc/
　　　http://www.tjinchina.dinstudio.com/