フォーカス
「ON/OFF」展、現在進行形のアーティストたち
多田麻美
2013年03月01日号
「切り替え」ながら生きる人々
公式のパンフレットでは、展覧会名「ON/ OFF」の由来を、インターネットのバーチャルネットワークソフトの切り替え画面に登場する表示としているが、開幕後のスピーチによれば、それはいわゆる中国において、閲覧規制を突破するために広く使われている壁越えソフトのスイッチらしい。
改革開放後、経済面の開放を偏重する独特の政策をとってきた中国の社会において、人々は往々にして二つの世界を自在に行き来することを余儀なくされている。建前と本音、制限内と制限外、その間を上手に行き来できる人こそが、よりよく生きられると言っても過言ではない。そんな人々が持たざるをえない「多重性」と「臨界性」。この二つは、この展覧会の重要なキーワードでもあったと言える。
今回、出品した作家は、1975年から1989年の間に生まれたアーティストたち。文化大革命後に生まれ、改革開放政策のなかで成長し、21世紀に社会へ、そして芸術家の道を歩み出した世代だ。彼らは日々爛熟の度を増す中国の消費社会と向き合っている。
そんななか、消費者と生産者、その関係を端的に自ら実践、再現した作品、それが李燎の《消費》だ。李は工場労働者の労働条件の悪さが多くの自殺者を生んだことで話題になった電子機器受託生産企業、富士康であえて工場労働に携わる。そして、そこで稼いだお金で、自らが生産ラインで製造に関わった製品、iPad Miniを購入する。ハイテク機器をめぐって現代中国の人々が担っている「消費者」と「生産者」の面を、いわば最短距離で結んだ作品だ。
一方、王思順の《不確定資本》は、2009年から続いているプロジェクト。まずは若干の硬貨を溶かし、金属の塊にした後、それを売る。その売上金額をふたたび硬貨に換算した後、それを金属の塊に鋳直してまた売る。そんな行為を繰り返していくことで、貨幣経済の秩序と資本の関係をえぐっていく試みだ。
冒頭で挙げた作品も含め、政治への関心が色濃く反映された作品も目立った。「中国で村長に立候補する、黒人に憧れて5カ月間日焼けを続ける、海岸でオールを動かし、島をまるで船のように太平洋へと漕ぎ出そうとする」などの極限的行為に挑むアーティストについて、外国人の口で語らせる胡向前のビデオ作品《向前美術館での胡向前の個展》、そして牛の皮でふにゃりとつぶれた戦車を象った何翔宇の作品などが印象的だった。
もうひとりの企画者、鮑棟氏はこう語る。「中国のマイクロブログなどでよく見られる意見とは、アーティストは現実に関心をもち、政治に関心をもち、その意義を表現すべきだ、というものです。これはどれも問題ありません。でも、具体的にどうやるか。……ひとりの芸術家として、どのように自らの生活と実践に置きつつ、それらをきちんと重視するのか。この時、私たちは多くのアーティストが、たいへん生き生きとしたケースを提供していることに気づきます。彼らは、自らの熟知している系統、つまり社会、ビジネス、ネットワーク、イメージなどの系統において、一見ミクロだが、実際はとても重要で根本的な問題に触れているような、一種の実践を行なっているのです」。