福島
木戸英行
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「再発見、日本の姿:キーワードはデロリ」展
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「デレデレするな」とか「デロっとした」という言葉は、普通、「しゃきっとした」の反義語として使われる。そんな具合に、襟を正した直立不動の姿勢ではなく、だらしなく弛緩したという意味を持と同時に、「デロっ」にはある種の粘着性や、曰く言いがたい濃厚なといった感覚も含まれる。個人的には、こういう感覚はどちらかというと苦手なのだが、それでも、普段は目を背けたいはずのこの感覚に、妙に惹きつけられてしまうことがある。筆者にとっては、たとえば、岸田劉生の一連の「麗子像」や、速水御舟の「舞妓」、甲斐荘楠音の日本画などがそんな感覚を呼び覚ましてくれる作品である。
さて、本展はこの「デロリ」の感覚を、近代化に伴って失われていった泥臭い日本の姿としてとらえ、それが明治以降から戦前までの日本美術にどう表現されていったかを見るという内容である。
「デロリ」とは、もともと、岸田劉生が初期肉筆浮世絵を評して生みだした造語である。劉生は、市井の風俗を描いた浮世絵に特有の、生々しいしつこさや、独特の濃い表現に「デロリ」という言葉をあて、それを高く評価した。展覧会は、劉生自身の作品とこの言葉にまつわる彼の語録を一種の狂言回しに、山本芳翠、高橋由一、五姓田義松ら、明治の近代絵画黎明記の画家たちから、稲垣仲静、木村荘八など大正・昭和期の画家まで、約100点の「デロリ」画が出品されていた。
会場でまず圧倒されるのは、山本芳翠の大作「浦島図」。浦島太郎が亀に乗って竜宮城から帰還するシーンである。太郎を見送る竜宮城の住人たちの列。結末を示すかのような暗雲立ち込める空と黒々とした大海原。そのどれもが、これでもかというくらい克明かつ丁寧に描かれているのだが、あまりに説明的にすぎ、しかも、その割には人物のデッサンがみなどこか変で、早い話が稚拙ともとれる。しかし、なぜかこの大仰なしつこさが強烈な印象を植えつけるのである。
一方、日本画家、稲垣仲静の画面一杯に花魁の顔を描いた「太夫」は、稚拙というには当たらないが、陰影を強調したうねるようなその不気味な筆致が「濃い」というほかなく、日本画の様式美の淡白な味わいなどという一般通念をものの見事に打ち砕いてくれる。
もちろん、本展の主人公、劉生もデロリ度満点である。この画家は、何の変哲もない切り通しの道の光景を描いた初期の代表作「切通之写生」から、画面にどこか不穏な雰囲気を感じさせていたが、一連の「麗子像」を経て、晩年の、知人たちを描いた大首絵風の肖像画へと、次第にグロテスクさを増してゆくさまは、まさに「デロリ」の本家といったところか。
こうして見ると、「デロリ」感覚とは、近代日本が忘れ去った、というより隠蔽しようとした自らの土着性だったような気がする。そして、その土着性とは、われわれ日本人が普段は決して表に出さないものの、おそらくは誰もが深層にもっているはずの粘着気質のことなのではないかだろうか。筆者が会場を訪れたとき、偶然、欧米からの留学生らしき女性が熱心に作品を鑑賞しているのに出くわしたが、彼女にはこの感覚はわかってもらえないだろうな、と思った。
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会場:郡山市立美術館
福島県郡山市安原町字大谷地130-2
会期:1999年9月11日(土)〜10月24日(日)
開館:9:30〜17:00、休館日=月曜日
入場料:一般530円/高校・大学生320円/高校生520円/小・中学生150円
問合せ先:024-956-2200
アーティスト:岸田劉生、山本芳翠、高橋由一、稲垣仲静、五姓田義松、木村荘八、他
「建築からグラフィックまで
−エットレ・ソットサス展:ソットサスと仲間たちの軌跡1980/1999」展
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ニュー・イタリアン・デザインのカリスマ、エットレ・ソットサスと、彼が率いるデザイン集団、ソットサス・アソシエイツの20年間に渡る仕事を概観する回顧展。
エットレ・ソットサスは、オリヴェッティ社のインダストリアル・デザインを皮切りに、1980年代には、前衛デザイン集団「メンフィス」の中心メンバーの一人として活躍。その後も、グラフィックからインダストリアル、家具やインテリア、建築にいたるまで、デザインと名のつくあらゆる分野で独創的な作品を発表し、82歳の今なお、若々しい発想を提示しつづけているデザイン界の大御所である。一方、1980年にソットサスを中心に設立されたアソシエイツは、メンバーのコラボレーションによって大規模な新都市構想プロジェクトまで手がける、20名を超える建築家やグラフィックデザイナーによるデザイン集団。展覧会は、会場狭しと並べられた、実物の家具、模型、写真、ドローイングなどの展示で、ソットサスとアソシエイツのデザイン精神を堪能できる構成になっている。
今日、イタリアン・デザインといえば、誰もが、原色を基調にした色使いの工業製品や、大胆なプリント柄の家具などを思い浮かべるだろう。それらはすべて、ソットサスらによって提案されてきたものである。会場にはそうした家具インテリアの展示も多かったが、スペースを大きく割かれていたのが、近年の建築デザインの仕事である。日本にも建築を手がけるグラフィック・デザイナーという人がいるが、どうやら、才能のあるデザイナーは建築に惹かれるものらしい。
ところで、機能をかたちにするのが、建築をはじめとするいわゆるモダニズムの国際様式だとすれば、ソットサスの仕事はその対極にある。つまり、あくまでモダニズムに根ざした形態の抽象性を保持しながらも、多用される単純な四角や三角といった幾何学的形態は決して機能にもとづくのではなく、必ず派手な原色を施されて、徹頭徹尾視覚的なのである。これはもちろん、彼がインダストリアルやグラフィックをその本分とするデザイナーだからであろう。つまり、彼ら(ソットサスとアソシエイツ)の建てる建物はみな内部の空間よりも外観が重視されているのである。住むためではなく、見るための建築である。この辺り、他の建築家たちはどう見ているのだろうか? と少し気になった。
展覧会はこの後、東京・新宿パークタワーOZONEと、大阪サントリー・ミュージアムに巡回する。
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会場:新津市美術館
新潟県新津市蒲ヶ沢
会期:1999年8月12日(木)〜10月17日(日)
開館:10:00〜17:00 休館日=月曜日(10月11日は開館、12日休館)
入場料:一般500円/大学・高校生300円/小・中学生100円
主催:新津市文化振興財団=新津アートフォーラム
問合せ先:新津市美術館 Tel.0250-25-1301
学芸員レポート[CCGA現代グラフィックアートセンター]
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2回にわたって建築がらみの展覧会をレポートしたが、最近どういうわけか建築づいている。先日は、大学の同窓生で、現在業界では少し注目されているらしい建築家に10年ぶりくらいで会った。もっとも、偶然どこかで出くわしたというのではなく、わざわざ東北沢の彼の事務所を訪ねてだが。
実はずいぶん前から、CCGAでの展覧会のたびに会場の撮影を依頼している建築写真家のF氏(氏は、あたりまえだが大の建築ファンで、会うたびに、こちらにそんな予定はないのに「家を建てるなら是非建築家に依頼しろ」と勧めてくれる)が、今注目している建築家として、この同級生の名前を挙げており、彼のことが気にはなっていた。そのF氏が最近出した住宅建築を集めた写真集に、彼の設計した家が掲載されていたことから、急に彼の仕事ぶりを見たくなって、事務所に押しかけたのである。
彼、渡辺康の仕事は主に住宅設計である。それもいわゆる低コスト住宅という奴。本当はもっと大規模な仕事を受注したいそうだが、成長株とはいえまだ若いから、潤沢な予算の大規模プロジェクトなどはこないらしい。でも、今まで彼が作った住宅建築は、写真で見るだけでもどれも魅力的である。実際、1995年には、自ら設計した自邸で東京建築士会住宅建築賞金賞を受賞しており、実力はとりあえずお墨付きといったところか。作品は、ほとんど飾り気のない(低コストだから虚飾どころではないのだが)、開かれた空間を特徴としている。特別なインパクトがあるわけではないのだが、すごくニュートラルな感じといったら良いか。そう言えば、学生時代から一人でネパールにフィールドワークに行ったりしていたけど、何か関係があるのだろうか? 今のところ予定はないけど、もし家を建てることがあったら、F氏の助言にしたがって、建築家に、それも彼に頼もうと、話をしながら密かに思った。
渡辺君には、忙しいところに押しかけて申し訳なかったが、お詫びに、事務所の宣伝を兼ねてホームページのURLを紹介したい。少々重いけど作品の画像もたくさん載っているから、興味のある方は是非ご覧ください。
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渡辺康建築研究所
WATANABE YASUSHI architect&associates
http://www.bekkoame.ne.jp/~wy-aa/
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