2019年04月15日号
次回5月15日更新予定

キュレーターズノート

闇に刻む光 アジアの木版画運動 1930s-2010s/アーツ前橋、5年間の実践を経て

住友文彦(アーツ前橋)

2019年02月01日号

ヨーロッパの近代化と比較するとき、東南アジアから東アジアに広がる地域の近代化は、民族や宗教の多様性と植民地化による影響が大きな違いを生んでいるはずである。さらに、社会が産業化する時期、独裁や社会主義政権が生まれる時期、民主化や脱植民地の運動が活発になる時期、そして資本主義の影響が濃くなる時期が各地域によって異なり、そのことが社会と芸術にも独自の相貌を与えている。

「闇に刻む光 アジアの木版画運動 1930s-2010s」展

人々の間で共有されるイメージとしての木版画

湿潤な地域で手に入りやすい木材を使い、特別な訓練を受けなくても比較的容易に表現ができる木版画は、近代化によって激変する社会に翻弄されつつ、周縁化された人々が置かれた状態を伝え、その実践を通して自らが変容していくうえで重要な役割を果たした。昨年から今年頭にかけて福岡アジア美術館で開催され、2月2日(土)よりアーツ前橋に巡回する「闇に刻む光 アジアの木版画運動 1930s-2010s」展(以下、「闇に刻む光」展)では、鑑賞のための芸術ではなく、社会と個人の両方を変えていく道具となった木版画表現を振り返る。言ってみれば、美術の歴史を別の視点から眺めることになる展覧会だ。それは美術を洗練された視覚表現としてではなく、直接人の心に訴えかける力を持つ手段としてみなす。もちろんそのなかには巧みな構図や繊細な表現も見られるのだが、多くは技術的な洗練ではなく、感情に強く働きかける目的でつくり出されている。立派な額縁に収まらず、複製イメージとして多くの人々の手に取られた木版画には、熱い感情が濃厚に詰まっている。

ホン・ソンダム《五月─25大同世─1》(1984)福岡アジア美術館所蔵

ハーバード大学のドリス・ソマーは『The Works of Art in the World: Civic Agency and Public Humanities』(Duke University Press、2014)という本のなかで、主に中南米圏で社会を変えていくアーティストたちや政治家たちの実践例を紹介しながら、フリードリヒ・フォン・シラーの芸術の自由を探求する美学、ジョン・デューイのプラグマティズムなどを経由することで芸術の実用的な側面を強調している。「人文主義の実用性を示すことは、市民の教育に関与することを回復し、自由を感じるふたつの段階を区別するだろう。それはつまり、私利私欲がない悦びとして市民が受けとる芸術的な自由と、自らの判断を芸術が更新させ発展させる政治的な自由である」(同書、p.101)。彼女が、欧米以外の芸術を広く見渡していくことで見出したのは、芸術的な自由によって政治的な自由を得られることであり、それらを通して人文主義や芸術が役に立つことをこの本を通じて説いている。この本は、日本の労働運動史および芸術と社会運動の関係を研究し、本展の関連イベントで3月16日にレクチャーをしてもらう予定のワシントン大学のジャスティン・ジェスティ氏に教えてもらった文献である。欧米のアートシーンでは、アルテ・ユティルと呼ばれタニア・ブルゲラらが推進する「実用の芸術」が関心を集めているが、非欧米圏の文学を専門とする著者は幅広く世界を見渡し、そこには別の芸術のあり方が見出せるということを近代以降の哲学や美学を辿りながら説得的に示している。それは昨今の美術における社会的転回に歴史的な視座を与えるものであり、近代以降の芸術が辿った道のりを複数のものとして描き出す。

「闇に刻む光」展もまた、そうした社会を変革していく個人の意思の表われによって近代の芸術を描き出そうとする点で類似した視座に支えられている。東京国立近代美術館で昨年行なわれた「アジアにめざめたら アートが変わる、世界が変わる 1960-1990年代」展もやはり広くアジア地域の美術を横断的かつ歴史的に見渡すものだったが、そのトランスナショナルな視点の置き方はかなり俯瞰的と言え、この「闇に刻む光」展が個別の社会問題と向き合う個人の生の側に立つ表現に着目したのとは対照的だった。近代は新しい権力や政治体制をつくり出したが、個人を縛り付けていた各種制度から自由になるための実践の歴史としても眺められるはずであり、個人主義と市場がぴったりと結びつき経済的な価値が力を増すように見える現在のアートワールドを批評的に見つめ、きっと美術表現が持つ可能性を複数化して考えるよう迫るだろう。

ソマーが辿ったように社会に働きかける表現のメディアは多岐に渡るのだが、この展覧会はとりわけメディアが木版画に絞られることで、周縁化された人たちの初期衝動のような感情がよく現われている作品が多い。その点は企画者である福岡アジア美術館の黒田雷児氏の明確な意思が込められているように思える。安価な道具で、かつシンプルな線で彫られているためどんな紙を使っても、拡大されてもイメージの強さが失われない。ネット社会の誕生以前から、マスメディアを経由せずに個人が直接発信できたメディアが木版画である。そうした伝達力の利点が多くの人たちを魅了し、資金力に劣る社会運動を推進した。生産されたのは占有されるイメージではなく、人々の間で共有されるイメージだったわけである。また、制作過程においても複数の人が関与することができ、連環画のような制作手法も採られた。疎外された個人にとって多くの人たちと連帯できる可能性は大きな魅力であったに違いない。アジアの美術の歴史のなかに潜在する特徴を見事に描き出したこの展覧会には、福岡アジア美術館のネットワークと長年積み重ねてきた調査が見事に結実している。別の場で言及したこともあるが、シンガポールにも香港にも先駆けたこの美術館が持つ蓄積は、いまこそ活かされるべきであるように思える。

小さな集団から発される現在のアジアの表現

オギン・コレクティヴ《オギン・アパートメント・プロジェクト》(2009-2010)

アーツ前橋の会場では、福岡会場で展示されていた木版画作品群に加えて、オギン・コレクティヴとイルワン・アーメット&ティタ・サリーナという韓国とインドネシアのアーティスト・コレクティヴの展示がある(※オギン・コレクティヴは作家都合により、会期スタートの直前に展示の取りやめが決まった)。同じように、アジアでは社会問題に関与するアーティストたちが小さな集団をつくる活動が近年目につく。彼・彼女らは映像やパフォーマンスなども含め幅広いメディアを扱うが、社会との向き合い方、あるいはメディアの使い方や、連携や協働のあり方をめぐって、木版画運動と対比することで両者の特徴が際立ってくるのではないだろうか。イルワン&ティタは前回の連載で紹介したので、オギン・コレクティヴについて紹介しておくと、彼らは再開発によって取り壊される予定のアパートの住民たちと失われてしまう生活や建物を丁寧に見つめるためのプロジェクトを実施した。住民たちを管理し、抑圧する側が行使する政治や市場の権力はかつてよりも見えづらくなっている。テクノロジーによる不可視化だけでなく、異議申し立てや抵抗の理由がかつてよりも個別化しているためでもある。半世紀前は社会運動が掲げる行動の目的は多くの市民にとって共有できるものだった。しかし、それらは個別の人々が抱える多様性を覆い隠すものだった可能性もある。脱産業社会化した地域では、ジェンダーや民族性、あるいは所得格差といったもっと複雑な問題が個人にとって抜き差しならないものとして浮上してきている。そこでは倫理的な問いかけは一般化できず、個別的でかつ可変的になる。したがって芸術の役割も、共通のメッセージや闘いを生み出すことではなく、むしろ個別の知識や経験を共有するためのものになっていると言えそうだ。

このように同展は、昨今世界的に進められている近代以降の芸術の歴史を見直す視点を共有しつつ、相次ぐアジア美術の展覧会としても別の角度から眺めることができる内容になっている。例えば、今回主要な位置を占める韓国の民衆芸術は、ソウルのアートスペース・プールを中心に着実に次世代にバトンタッチされている。ここで木版画が持つ際立った特徴から照射された別の美術への想像力は、アジアや非欧米圏において進展しつつある探求である。ぜひ、見慣れた表現を別の歴史的な文脈から再考する、そんな機会を多くの皆さんに楽しんでもらいたい。

闇に刻む光 アジアの木版画運動 1930s-2010s

会期:2019年2月2日(土)~3月24日(日)
会場:アーツ前橋(群馬県前橋市千代田町5-1-16)
公式サイト:https://www.artsmaebashi.jp/?p=12321

学芸員レポート

アーツ前橋、5年間の実践を経て

未完成なものと付き合う

今回はアーツ前橋のことを続いてレポートさせていただく。というのは、前回書いたように開館5年という区切りを迎え、活動を振り返る機会が数多くあったため、キュレーターという立場で自分が行なってきたことを同時代的な位置づけを念頭に置きながら書いておこうと考えたからである。

これまで何度かアーツ前橋の活動は執筆や講演のかたちで伝えてきているが、それらは美術館のプログラムを紹介し、どのような特徴や考えによって実施されているかを述べるものだった。確実に見たり参加することができ、表に現われる活動を紹介するだけでなく、実際に実践することで何に気づき、その意味を考えていくことは5年続けてきたなかでようやく可能になった気がする。それは、個別のプログラムを横断的に束ねることで有機的な運動体として見ることや、ミューゼオロジーやアカデミズムという概念によって支えられている専門性に対する批評へと導いてくれているような気がする。

照屋勇賢アーティストトーク ミニギャラリー千代田(2011)

まず記しておきたいのは、美術館の開館準備がアーティスト・イン・レジデンスと一緒に始まったことである。これについては前回同事業を紹介する記事のなかで、「こうしたアーティスト・イン・レジデンスが持つ特徴から得られる経験は、分類や理念のなかに美術をとどめるのではなく、もっと個別の生と近付けて考えていくきっかけを与え、近代的な管理のための制度であった美術館のプログラムに影響を与えているはずだ」と書いていた。作品制作のプロセスは驚きと発見に満ちている。もちろん併走する私たちはいつも既知の何かと関連づけて理解しがちだが、それは裏切られ続ける。結果的に完成の姿を見ないことも含めて、行く末がわからない状態で交わされる対話や想像の自由さは、美術館の分類癖を超えて広く乾いた管理社会のなかに貴重な泉のような瑞々しい場所をつくり出している。紙でも絵の具でも映像でも、素材や道具を個人の感覚によって扱い、その好みや偏向によって生み出されたイメージやコンセプトが媒介となったその場所は、哲学やアカデミズムの対話とは異なり、世界を構成しているメンバーとして人間以外の存在(モノや生き物や自然など)を迎え入れるような風通しのよさがある。これは展覧会や作品収集といった活動だけでは得られないはずのものだ。

未完成作品と付き合う経験は、リサーチに重点を置き、表現されたものをできるだけ空間や時間の制約から解き放つ、地域アートプロジェクトと呼んでいる試みにつながっている。自然や共同体に配慮して少人数にしか体験できないこともあれば、実施のための時間軸を長く設定しているものもある。社会のなかで生きづらさを感じている人たちと関わる「表現の森」と呼んでいるプロジェクトもそうした実践のひとつである。それらは、はじめのうちはお互いの理解に時間がかかる問題を解決するための手段だった。しかし、その道のりに到達点はなく、理解というかたちを借りた形相をつくることであればむしろそれがどのように変化していくのかを知る方が意味があると途中で考え始めた。アーティストが表現に形を与えていく場合は、見えなかったものが共有できるイメージとしてつかめるようになる。それとは対照的に、形によって枠組みや理解を得られやすくなることを回避するために、展示や作品の完成よりもプロセスを重視するようになった。

表現の森 協働としてのアート」展(2016)シンポジウム風景[撮影:木暮伸也]

美術館に向けられる倫理的な問い

当然、美術の専門的な教育しか受けていないキュレーターが、地域や社会が抱える課題と向き合うのは広大な海に小舟で乗り出すような無謀さもある。ただ、専門外の課題は現代社会で生活するひとりの人間としての無知や好奇心を呼び起こす。つまり、キュレーターという仕事のなかに複数のアイデンティティを抱え込ませる。そのことで小舟の舵は地域性という領域を目指すようになる。

アーツ前橋では県外をはじめ国外のアーティストの作品も展示しているが、作品調査と収蔵および各種プログラムにおいて地域ゆかりのアーティストの割合は高い方だと思う。地域と向き合うことでグローバルな問題を考えることができるというのは、いまや多くの人が実感を持って同意できるはずだが、「普遍的」な価値を追い求めてきた美術館の歴史からすればそれはつい最近のことだ。それは、人種や性差による差別の解決を求める権利要求や、格差の是正を求める脱植民地主義や労働運動などを経て、私たちが信じている価値は誰によってつくられたものなのかを疑い、公平性を追求する倫理的な問いが美術館に突き付けられていることと結びつく。哲学や思想の世界でジル・ドゥルーズやアラン・バディウらが思索してきたことは、現実に経済や政治による一方的な支配、および宗教、民族、ジェンダーなどをめぐる対立と告発が多発し、美術館もそれらと向き合わざるをえなくなっている。そうした世界を生きていくうえではアーティストでもキュレーターでも、自らのアイディンティティを顧みることが不可欠だ。

もちろん、これは情報技術の進展と関係する、過去にはない私的領域と公的領域の接近である。もしかしたら人間の精神に与える弊害も大きいかもしれない。一定の価値基準が失われることは名作や巨匠を好んできた多くの美術愛好家を戸惑わせるだろう。しかし、美術館がどのような資金によって運営され、どのような来歴の作品を所蔵しているのか、そして誰がどのように運営に影響を与えているのかなどといった陰に隠されてきた部分が積極的に表に出ることは少なくとも権威的な優位性に影響を与える。したがって、教育普及と呼んできたプログラムを「ラーニング」と名称を変えたことで、未知のことをともに学び合う姿勢を強調できると考えたのもこうした動向と関係している。また、そのことは芸術や文化に対して消費者とならず、主観的な価値判断を自分の経験と知識によって行なう機会をつくることにもなるだろう。

適切な運営規模を模索する

カゼイロノハナ 未来への対話」展(2013)会場展示風景[撮影:木暮伸也]

アーツ前橋が5年前に開館したときに行なった展覧会は、収蔵作品と地域ゆかりのアーティスト、そしてアーティスト・イン・レジデンスや地域アートプロジェクトで作品の制作を行なうアーティストたちの展示だった。知名度の高いアーティストがいないため、マスコミなどからは戸惑いの声を聞いた。しかし、美術館にかかる多額の経費は公営私営を問わずつねに運営基盤を支える共同体との政治的な交渉が不可欠である。脱成長型経済への移行期にある時期に、競争力の高い産業を持たない中核都市の税収に対して適切な運営の規模を考えた末の出発だった。そこには、地域の美術史のなかに世界的な美術の動向を読み込む試み、建物や巨匠の訴求力を前面に出す美術館への批判、基本設計時に起きた東日本大震災の社会的影響、といった三つの思いが織り込まれていたように思う。

また、地域振興策や地元の芸術団体や専門家などもこの国の公立美術館を取り囲み、運営基盤に影響を与えている。その交渉は美術館の特徴にも影響を持つほど大切なものだ。アーツ前橋は施設としても運営体制としても規模が大きくないので、基本的にはすべてを引き受けず、一緒に実施できる多くの仲間を引き入れるために実行委員会形式や外部委託のような形式を積極的に取り入れてきた。結果的に膨大な数の打ち合わせを行なうことになるが、展覧会やイベントだけでなく、その打ち合わせなどを通してキュレーターが地域の芸術文化の調査を行なうために有効な情報を得られ、それがコア利用層に直接話ができる機会にもなっている。

身近な行為のなかに尺度の違いを感じ取ること

ここで注目したい概念はスケールとサイトだ。スケールは、運営の予算や体制とのバランスとすでに述べたが、一方で何かを測る尺度という意味では、アートは尺度を変えていく道具でもあるというとらえ方が重要だ。大きな社会体制の変化、あるいは人間の力を凌駕する自然災害の経験はおそらく個人の信じる考え方を変えてしまう。その不安定さと向き合っていくために自分や他人の感性に触れる必要がきっとある。

例えば、開館展で展示した小見辰男が描いた前橋空襲のスケッチや、自治会が運営する施設に保存された炎で変形したガラス片、小泉明郎が制作した空襲体験者の映像作品、あるいは塩原友子や金子英彦ら戦後の美術家に引き継がれた戦争の記憶は地域の大事な資産である。ほかに、食べることをテーマに行なった「フードスケープ 私たちは食べものでできている」展(2016)でもこの問題は扱われた。ほかの感覚と比較しても、幼少時の記憶や伝統的な風習に始まり、アレルギー反応のように身体的な強い拒絶から宗教的な禁忌まで、食を媒介にすると個人的/社会的な感覚の相違が際立つ。誰にとっても身近な行為のなかに尺度の違いを感じ取り、その背景を想像することに非常に豊かな学びのプロセスがあった。農家が長い時間かけて得た知識や経験、あるいは種子の生産などは、農業が重要な産業である地域において多くの人たちが関心を向けるべきだし、消費と生産の非対称な関係を変えていくための重要な役割が芸術にあるのではないかという問題意識につながった。

風景と食設計室 ホー《見えない神様 粕川の祈りと食べもの》(2016)[撮影:木暮伸也]

つまり、リノベーションによって以前の歴史を保持している建築空間に限定されない「サイト」への意識がこうしたプログラムの背景にある。その場所を通過する歴史や伝統は、近代という切断面で途切れているわけではない。美術館周辺で、空き家かかろうじて営業しているお店の汚れて目立たない看板に、糸や布屋、縫製やテイラーなどの仕事の痕跡を見つけるのは難しくない。ほんの数十年前までお蚕を屋根裏で育て、うどんは自宅で捏ねて製麺機を家庭に持っているのが当たり前だった土地である。特に糸や生地の生産は、自然や生き物を相手にしながら最新のテクノロジーを駆使する産業である。着ることをテーマにした展覧会をはじめ、アーティスト・イン・レジデンスで招聘した数多くのアーティストがわずかに残る製糸産業に関心を向け、生産者を訪れた。テキスタイルデザイナーの新井淳一やアーティストの白川昌生のようにサイトと深く関わる人物からも大きな影響を受けている。昨年は、開館展のトークシリーズに参加したアダム・サザーランドが主催しているグライズデール・アーツを訪問し、アーティストとともに農業と建物の修復を手がけているユニークな実践に触れ、彼が企画した展覧会のトークに参加した。そこでは、産業革命後のイギリスで、ジョン・ラスキンなどが資本主義の行き過ぎを批判的にとらえ思索し、そして実践した創造と労働の統一が、先端的な美術の領域で再び関心を呼んでいることも知った。


さて、そろそろ長くなりすぎた。やってきたことをまとめておこうと思いながらかえって散らかした感もあるが、それは今後の活動の課題として頭に残り続けるだろう。

分類や分析によって専門化を進めていくうちに、ミュージアムは自らの規範に縛られることになる。横断的に異なるものを有機的につなげていくことは、ミュージアムが扱う対象をいつも別の視点で新しく眺め直し、可変的なものとして扱うことを要求する。本来、キュレーターとは、研究室や書斎に閉じこもる存在ではない。日常的に物を直接触り、社会と接触する仕事であり、その過程で異なる文脈を自らの経験によってつなぎ止めているはずだ。こうした生態学的なミューゼオロジーの実践が浸透していくとすれば、私たちは20世紀の美術館モデルをどのように眺めるのだろうか。

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