キュレーターズノート

過去と未来、不確かな情報についての考察
──YCAMバイオ・リサーチとcontact Gonzoがとりくむ身体表現(第2報)

津田和俊/吉﨑和彦(いずれも山口情報芸術センター[YCAM])

2019年09月15日号

山口情報芸術センター[YCAM]では現在、YCAMバイオ・リサーチとcontact Gonzoが10月の展覧会に向けて作品制作を進めている。YCAMバイオ・リサーチの紹介とコラボレーションの背景について書いた前号に続き、今号では、作品制作のためにこれまで行なってきたリサーチの様子をレポートする。


contact Gonzoと調べる身体に関する遺伝的継承のリサーチ


本プロジェクトが、contact Gonzoの身体性の継承への関心から出発していることは前号で書いた。そこから、YCAMバイオ・リサーチとcontact Gonzoは、身体に蓄積された経験が過去からどのように受け継がれ、未来に伝達されていくのかについて遺伝的、文化的な側面からリサーチを行なった。

まず、遺伝的な側面からのリサーチとしては、自分たちの身体内の細胞からDNAを抽出したり、犯罪捜査用実験キットを用いて生体サンプルから個人を識別する方法を試したりといった基礎実験にともに取り組んだ。それらを通じて、DNA、遺伝子、ゲノムなどをはじめとしたバイオテクノロジーに関する基本的な概念や、現在自分たちができる実験操作について少しずつ共有していくところから始めた。

続いて、contact GonzoとYCAMバイオ・リサーチのメンバー全員で、唾液サンプルによる遺伝子検査を行ない、各々の遺伝情報からわかることを調べた。例えば、ルーツに関しては、母親から子どもに受け継がれるミトコンドリアDNAを解析することで母方の祖先を辿り、その系統関係からいくつかのグループ(ハプログループと呼ばれる)がわかる。このハプログループに加えて、筋肉の発達のタイプ、痛みの感じやすさ、骨折のしやすさといった、身体に関わる遺伝情報の検査結果を比較した。



バイオラボで実験するcontact GonzoとYCAMバイオ・リサーチのメンバー。


さらに、祖先から受け継いだ遺伝情報に加えて、私たち自身が経験したこと(例えばcontact Gonzoのパフォーマンスのような身体の激しい接触や衝突の行為)は、どのように未来に伝達されうるのか。これまでは経験で得たものは遺伝的には継承されないと考えられてきたが、最近の研究では遺伝するかもしれないということが示唆されている。この辺りの学問領域はエピジェネティクス(エピ=後天的な、ジェネティクス=遺伝学)とも呼ばれるが、身体への過酷な負荷、怪我などの経験が遺伝情報に与える影響について、本プロジェクトでは調査研究を行なっている。


枝角と怪我の関係からはじまる鹿のリサーチ


身体の怪我がほかの器官などへ影響を与える事例として、鹿の場合、後ろ足の怪我などが枝角の発達に影響を与えて左右非対称や変わった形状になることがあるらしい。これまでいくつかの作品で鹿を追いかけてきたcontact Gonzoからその話を聞き、彼らの関心をベースに、ヒトの身体と並行して、鹿の枝角に関するリサーチにも取り組んだ。リサーチの方法は、論文や書籍などの文献調査、山口県内の鹿の専門家へのヒアリング調査、そして鹿のDNA解析や標本づくりなどの実験である。



山口県内で捕獲された左右非対称の枝角を持つ鹿の標本を作っている様子。


国内に広く分布する鹿はニホンジカであるが、ミトコンドリアDNAの解析によって、山口県を境界として、以北と以南の2つの大きなグループに分けられることが明らかになっている。山口県内では野生の鹿は主に西部に生息しており、その個体数などの生態調査を主導している山口県農林総合技術センターや山口大学農学部応用動物生態学研究室の研究者の方々に調査方法や現状についてヒアリングした。また、下松市や下関市の猟師の方々に狩猟のお話を伺うとともに、枝角や頭骨のサンプルを研究用に譲っていただいた。


山口で語り継がれてきた鹿にまつわる伝説


一方、文化的側面からのリサーチとして、山口の民間伝承に着目し、山口県文書館や山口市史編集室の方の協力のもと、調査した。そのなかで、岩国市の二鹿(ふたしか)という土地に伝わる鹿にまつわる伝承「二鹿伝説」を詳しく調べていくことになった。その際、文書や縁起などの調査は、岩国市教育委員会の方や河内神社(二鹿神社)の宮司さんや土地の方の協力を得た。二鹿伝説の概要は次の通りである。

平安時代、京都の比叡山に2つの頭を持つ凶暴な鹿がいて、人々を苦しめていた。そこで天皇と摂政は、梅津中将清景(うめづちゅうじょうきよかげ)に征伐を命じた。西へ逃走した鹿は山陽山陰の数州をめぐり山口県岩国市玖珂の地に逃げ込み、二鹿村で討ち取られた。梅津中将も力尽き死んでしまった。

過去から受け継がれているこの二鹿の伝承を自身の身体を通して追体験するため、contact Gonzoのメンバーは、2019年7月中旬、京都の比叡山から山口の二鹿までの約450キロを5日間かけて、50ccのスーパーカブで辿った。食事は自炊、宿泊はキャンプというルールを課し、西へと向かった。YCAMバイオ・リサーチのメンバーも自動車で帯同し、鹿や伝承に縁のある土地のサンプルを採取した。contact Gonzoは道中、鎖の上に波乗りのように乗る「チェーンサーフィン」や身体の上に乗る行為などを即興的に行なった。旅中はほぼ雨が降り、雨脚は徐々に強くなり、二鹿に着く頃には暴風雨に見舞われた。



二鹿の伝承にまつわる場所をリサーチするcontact Gonzo。




サンプルを採取するYCAMバイオ・リサーチの高原文江(左)と津田和俊(右)。


マガジン制作と展覧会


本プロジェクトでは、マガジンを3回発行するが、これまでのリサーチの記録もそこに所収される。8月に発行された第1号では、本稿でも触れた鹿の枝角に関する研究報告やエピジェネティクスについての記事に加え、contact Gonzoの塚原悠也による連載SF小説などが掲載されている。本マガジンは、会期中にさらに第2号、第3号と発行される予定だ。



マガジンの第1号。現在YCAMで販売しているが、今後は一部書店でも販売予定。


10月に始まる展覧会では、「ゴンゾ・パーク」という公園のような空間をつくり、contact Gonzoの動きを来場者が実際に体験できる装置群や、前述の鹿の枝角に関する展示、バイク旅の記録を展示する。また、パーク内に設置するバイオラボでは、プロジェクトのメンバーが会期中装置を体験し続け、身体への負荷や痕跡の影響などを蒐集・解析する予定だ。 もし、このパークでの体験が、自身の遺伝子を通じて子や孫たちに受け継がれていくとしたら? 本展では、過去、現在、未来へと伝達されていく経験について、自身の身体を通して考え、遺伝子レベルの時間軸のなかで自身の身体を捉えなおそうと試みる。


★──細胞のATP合成を担う細胞小器官であるミトコンドリアが独自に持っている遺伝子情報。

contact Gonzo+YCAMバイオ・リサーチ 「wow, see you in the next life./過去と未来、不確かな情報についての考察」

会期:2019年10月12日(土)〜2020年1月19日(日)
会場:山口情報芸術センター[YCAM]
山口県山口市中園町7-7

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