キュレーターズノート

身体はどこから来て、どこへ行くのか──YCAMバイオ・リサーチとcontact Gonzoがとりくむ身体表現

津田和俊/吉﨑和彦(いずれも山口情報芸術センター[YCAM])

2019年06月01日号

山口情報芸術センター[YCAM]では、近年、急速に一般化が進むバイオテクノロジーの新たな応用可能性を、アートや教育、地域など多様な切り口から模索するプロジェクト「YCAMバイオ・リサーチ」を2015年より展開している。今年はアーティスト集団、contact Gonzoを招聘して作品制作を試みる。10月から開催する展覧会に向けて現在リサーチや実験を行なっているが、これから3回にわたって、本展担当キュレーターの吉﨑とYCAMバイオ・リサーチ研究員の津田がその背景とプロセスを紹介していく。


contact Gonzoと「YCAMバイオ・リサーチ」のメンバー
[撮影:伊藤隆之 提供:山口情報芸術センター[YCAM]]


身近になるバイオテクノロジー


YCAMでは、新しいテクノロジーが身近になることで変化していく社会、身体、メディアをテーマに、同時代のアーティストとともに作品制作を続けてきた。館内に研究開発(R&D)チームを擁し、国内外におけるテクノロジーを取り巻く状況を学び、作品制作を行ない、またその成果を広く共有することにも取り組んでいる。それはバイオテクノロジーに関しても同様である。

近年、バイオテクノロジーの進展は目覚ましく、遺伝子検査、再生医療、ゲノム編集など、その話題を耳にしない日はないだろう。同時に、それらのテクノロジーの一般化も進んでいる。DNA 解析や合成にかかるコストの急激な低下、小型で安価な実験機器の開発などから、必ずしも大学や企業の研究所に所属しなくても、多様な人が個人としてアクセスできるバイオラボのコミュニティが世界各地に広がってきている。バイオテクノロジーの民主化とも呼べる潮流がはじまっているのである。


「YCAMバイオ・リサーチ」の取り組み


「YCAM バイオ・リサーチ」のプロジェクトの設立はそのような流れを背景にしている。このプロジェクトには、音響エンジニアリングやソフトウェア開発を専門(大学時代は生物学を専攻)とする伊藤隆之、照明デザインとフィールドワークが専門の高原文江、工学や環境学に関わる津田和俊、エデュケーターの朴鈴子、菅沼聖といったさまざまなバックグラウンドを持ったメンバーが参加している。そして、アーティストや地元の農家やシェフをはじめとした多彩なコラボレーターと、新しい表現の可能性とともに価値観、生命倫理観を提案していくことに取り組んでいる★1

2015年度には、バイオテクノロジーを扱うための基本的な機材や設備を備えたバイオラボのスペースを館内に立ち上げ、研究開発を開始。続く2016年度には、「キッチンからはじめるバイオ」をテーマにした展示シリーズを企画した。例えば、「パンと酵母」をテーマに行なったリサーチでは、山口市内にフィールドワークに出かけて野生の酵母が生息していそうな花や葉などのサンプルを採集し、館内に持ち帰って培養し、その酵母を用いてパンを焼き観察した。その一連のプロセスをそのまま展示することで、自分たちの身近な環境に目に見えない微生物が共生していることやその働きを考えるきっかけを提供した。



「YCAMバイオ・リサーチ」のオープンデイの様子(2016)
[撮影:大林直行(101 Design) 提供:山口情報芸術センター[YCAM]]


また、ワークショップ「森のDNA図鑑」では、山口博物館の学芸員の協力も得て、山口市街を囲む森に生息する野生動物や昆虫の生態についてフィールドで学んだ。その後、自分たちの手で植物や菌類のサンプルを採集し、館内に戻ってポータブルな顕微鏡での観察やDNA解析を体験した。このワークショップではさらに、それらの情報をアーカイブ収録したオンラインの図鑑をつくることを通じて、自然に対する複眼的な見方を養うことを促している★2


バイオのリテラシーを育むキャンプ


YCAMバイオ・リサーチでは、これまでの3〜4年間、身近になるバイオテクノロジーの応用可能性について、特に教育(学び方)の面や地域を理解するための手法として模索してきた。その過程で、DNA解析などの「読み」のテクノロジーから、バイオデザインやゲノム編集といった「書き」のテクノロジー、さらにそれらのテクノロジーを取り巻く「生命倫理」まで、段階を追って総合的に紹介することの必要性を感じてきた。そこで、バイオテクノロジーを取り巻く「読み」「書き」「生命倫理」について、参加者とともに学び、その応用可能性を探ることを目的に、3日間の集中ワークショップ YCAM InterLab Camp vol.3「パーソナル・バイオテクノロジー」を2019年3月に開催した。



YCAM InterLab Camp vol.3「パーソナル・バイオテクノロジー」のDNAシーケンシング実験の様子(2019)
[撮影:田邊アツシ 提供:山口情報芸術センター[YCAM]]


当日は、バイオテクノロジーの実践者を講師に迎え、大学生やアーティストなど幅広いバックグラウンドをもつ参加者30数名とともに、実験から、身体を動かすエクササイズ、意見交換、グループワークまでを行なった。初日の「読み」に関わるDNA解析の実験では、初めてバイオテクノロジーに触れる参加者もいるなかで、DNA解析用ポータブル・ラボラトリー「Bento Lab」や、ポータブル・シーケンサー「MinION」といった小型の実験装置を使いながら、その場で食材のDNAを読むことに取り組んだ。「Bento Lab」の共同開発者はアーティスティック・リサーチ・フレームワークBCLのメンバーでもあるフィリップ・ボーイング氏であり、彼を招いて開発のストーリーを伺った。また、2日目には「読み」「書き」の実践例をDIYサイエンティストのセバスチャン・コシオバ氏から、「書き」に伴う「生命倫理」について生命美学プラットフォーム「metaPhorest」を主宰する生命科学研究者でアーティストの岩崎秀雄氏から伺い、意見交換を行なった。最終日には応用可能性を考えるグループワークを経て、さまざまなアイデアが共有された★3

こうしたワークショップを通して、「YCAMバイオ・リサーチ」では身近になるバイオテクノロジーに対するリテラシーを市民とともに学んできた。そこで一貫して重視してきたことは、専門家から非専門家への一方的な知識の伝授ではなく、体験や実験において自らの「身体」を通じて学ぶことである。



YCAM InterLab Camp vol.3「パーソナル・バイオテクノロジー」(2019)のcontact Gonzoによるエクササイズの様子。3日間毎朝、contact Gonzoが考案したウォーミング・アップを参加者とともに行ない、ワークショップやレクチャーに挑んだ。
[撮影:田邊アツシ 提供:山口情報芸術センター[YCAM]]


身体はどこから来て、どこへ行くのか


今回、共同で作品制作を進めているcontact Gonzoもまた、身体を使ってこの世界を把握してきたと言えるだろう。現在、塚原悠也、三ヶ尻敬悟、松見拓也、NAZEの4人のメンバーから構成されるcontact Gonzoは、激しい身体の接触に基づく即興的なパフォーマンスを中心に、国内外の美術館や劇場などで現代美術と舞台芸術を横断する作品を発表している。

2013年には当館に滞在し、ツアー型パフォーマンスとインスタレーションによる《hey you, ask the animals./テリトリー、気配、そして動作についての考察》を発表している。本作品では、自然環境に身を置き、山中を駆け巡ったり、斜面を滑り降りたりすることによって獲得する身のこなしや知性を、観客参加型のツアーと展示を通して表現した。



《hey you, ask the animals./テリトリー、気配、そして動作についての考察》のツアー・パフォーマンスの様子(2013)
[撮影:冨田了平(YCAM) 提供:山口情報芸術センター[YCAM]]


「contact Gonzo」はグループ名であると同時に、こうした身体的な体験を通して新しい知性を得るための方法論でもあるが、近年の作品では、その「contact Gonzo」から得られる身体性の継承への関心も見せている。2017年、「Asian Art Award 2017 supported by Warehouse TERRADA──ファイナリスト展」で発表した《サンダー&ストーム バイオ有限会社》では、contact Gonzoを研究する架空のラボを制作し、中世・近世の絵巻などから、彼らの動きと類似する図像を集めてその系譜を示したり、メンバーの髪の毛をカプセルトイ(ガチャガチャ)で販売し、未来の技術によって彼らを再生するためのDNAサンプルを散布する試みを行なった。また、未来のcontact Gonzoの身体像をCGで描いた映像作品も展示している。



《サンダー&ストーム バイオ有限会社》の展示風景(2017)[撮影:永禮賢]



《サンダー&ストーム バイオ有限会社》の映像より(2017)


こうした身体の過去から未来への文化的継承と遺伝的継承に対する彼らの関心をベースに、現在、「YCAMバイオ・リサーチ」のメンバーとともに、バイオテクノロジーの動向や山口の民間伝承などを調査し、作品制作の準備を進めている最中である。

本コラボレーションを通して、合理性やイデオロギーの名のもとに生命を操作しうることも危惧されるバイオテクノロジーに対して、contact Gonzoのアプローチから、より包摂性を持った応用可能性を提示できればと思う。現在進行しているプロジェクトの具体的な内容については次号以降で紹介していく。


★1──津田和俊、伊藤隆之、菅沼聖、高原文江、朴鈴子、山田智穂(著)「技術と芸術を横断するアートセンターYCAMの試み:メディアアートからバイオ・リサーチまで」『科学技術コミュニケーション』No.22、北海道大学 高等教育推進機構 オープンエデュケーションセンター 科学技術コミュニケーション教育研究部門(CoSTEP)、2017、pp.99-110
★2──《森のDNA図鑑》https://special.ycam.jp/dna-of-forests/#/
これまで、山口市内の仁保の森、熊野神社の森、YCAMの中央公園、の3か所でワークショップを実施。
★3──Make: Japan、YCAM InterLab Camp vol.3「パーソナル・バイオテクノロジー」レポート(全2回)
https://makezine.jp/blog/2019/03/ycaminterlabcamp3_part1.html
https://makezine.jp/blog/2019/04/ycaminterlabcamp3_part2.html

「contact Gonzo+YCAMバイオ・リサーチ」展(仮)

会期:2019年10月12日(土)〜2020年1月19日(日)
会場:山口情報芸術センター[YCAM]
山口県山口市中園町7-7

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