キュレーターズノート

作品タイトルをあなたがつけるとしたら?──中高生たちが「キュレたまプロジェクト」を通してつくる鑑賞体験

橘美貴(高松市美術館)

2022年02月01日号

高松市美術館では、昨春公募で集まった中学~高校生が企画した常設展「キュレたま2021企画 現象~移ろう世界〜」を現在開催している。このプロジェクトでは、彼らをキュレーターのたまご、略して「キュレたま」と名付け、冬の第4期常設展で現代アートの展覧会を企画することを目標に、約半年間、全5回にわたるプログラムを通して学芸員や美術館の仕事、高松市美術館の所蔵する現代アート作品について理解を深めていった。キュレたまたちはプログラムのなかで感じたことを生かしたユニークな企画を考え、「現象」をテーマに高松市美術館の所蔵作品23点を紹介している。本項では、キュレたまプロジェクトの経緯とプログラムの内容、出来上がった展覧会について紹介したい。

キュレたまに至るまで:「高校生学芸員」と「中学生キュレーター」

キュレたまのプロジェクトは、過去に行なわれた二つの活動をもとにして実施した。

ひとつ目は姫路市立美術館が2009年に行なった「高校生学芸員」の活動だ。この活動は、「第46回全国高等学校美術、工芸教育研究大会」〈2009兵庫大会〉の一環として行なわれた。姫路市立姫路高等学校の3年生文系の美術Ⅱの選択者12名が「高校生学芸員」となり、姫路市立美術館学芸員の出張授業などを受け、また美術館収蔵庫内で作業もしながら進められたという。詳しくは担当の本丸生野学芸員が『姫路市立美術館研究紀要10号』で報告しており、その後も形を変えながら何度か続けて実施された。

筆者がこの活動を知ったのは、博物館実習を姫路市立美術館で受けたときだ。当時は「学校との連携」といえば、例えば校外学習などで生徒が美術館を訪れるくらいのイメージしか持っていなかったため、約1年間を通して学生が美術館に関わり、希望する作品を観て、主体的に展覧会の企画に参加できるなど、なんて贅沢なプログラムなのだと驚いた。また、会場で学芸員の解説とともに掲示されたという、高校生たちが作品について書いた解説パネルの言葉は発想豊かで、それもまた興味深かった。

今回、キュレたまの開催にあたっては、改めて本丸学芸員にも「高校生学芸員」やその後の活動について取材し、対象年齢の拡大などに関してご意見もいただいた。

二つ目は高松市美術館で3年前に行なった「中学生キュレーター」である。これは「高校生学芸員」のようなプロジェクトを筆者もいつか行なってみたいと思っていたことを、高松市美術館開館30周年の記念事業として実現できたものだ。詳細についてはキュレーターズノート(2019年3月1日号)をご覧いただきたい。このときは中学生を対象に募集したところ、中学1~3年生の計6名が集まり、全4回のプログラムを経て、現代アートの展覧会「視点を変えてミる」を開催した。本展は、展示室の中央に置いたこたつから奈良美智の《Milky Lake》などを鑑賞する第1部と、作家の思いを知ることで見方が変わると感じた作品を展示する第2部との2部構成とした。いずれも、プログラムを通してメンバーが感じたことや考えたことを展覧会に生かしたものだった。


2018年度「視点を変えてミる」展では、来場者はこたつから作品を観ることができた



企画側の視点をより意識してもらうために

キュレたまでは、「中学生キュレーター」の活動をもとにしながら、改めて「高校生学芸員」の活動も振り返り、取り入れた点がいくつかある。

対象年齢の拡大

まず大きく異なるのが対象年齢だ。「中学生キュレーター」はその名の通り中学生を対象としていたが、キュレたまでは中学生から高校生までを対象に募集した。結果、中学2年生1人、高校1年生1人、高校2年生4人、高校3年生1人がキュレたまとして活動することになった(プログラム途中で日程が合わなくなった高校1年生1人が辞退)。年齢を広げることで、より多様な視点が混ざり合うプログラムにできないかと考えたのだが、蓋を開けてみるとほとんどが高校生で、「中学生キュレーター」の高校生バージョンのような感覚だ。なかには学校で専門的に美術を学んでいるという高校生もおり、意見交換の場面では自分なりに作品を鑑賞し感じたことを言語化する彼らの力にたびたび驚かされた。

プログラム内容

全5回のプログラムは概ね次のような内容で進めた。


5月30日:
美術館の役割や学芸員の仕事に関するレクチャー、「第1期常設展」「美術館に行こう!」展見学
6月20日:
所蔵作品を用いたアートゲームを体験、展覧会企画の流れに関するレクチャー、仮想展覧会を企画
7月25日:
「第2期常設展」見学、グループに分かれて仮想展覧会を企画
9月12日:
作品実見、出品作品やテーマについてミーティング
10月17日:
展覧会タイトルや関連イベントなどについてミーティング

「中学生キュレーター」では、展覧会で作品を観る時間や、アートカードでのゲームなど、作品をじっくり観ることをメインにプログラムを進めたが、キュレたまではそれらに加えて展覧会を企画する側の視点をより意識してもらうために、レクチャーやミーティングにも時間を取るようにした。例えばプログラム2回目のレクチャーでは、展覧会とひと口に言っても、ひとりの作家を紹介する個展や、年代やグループ、モチーフをテーマにしたものなど、さまざまな種類があることを確認し、筆者が企画した展覧会を例に、開催までの具体的な流れを紹介した。


プログラム1回目で「美術館へ行こう!」展を見学。この時皆で鑑賞した淺井裕介《世界の根っこにある大事な唄》は「現象~移ろう世界」展でも展示されている


仮想展覧会の企画

仮想の展覧会をつくるというのは「高校生学芸員」でも行なわれていた試みで、今回はそれをもとにしながらプログラムの2回目で取り入れた。自分が興味を持っているものをもとに、どのような作品を展示し、鑑賞者にはどう観てもらいたいかなど、仮想の展覧会を考えてもらった。出来上がった仮想展覧会には、動物やSDGsをテーマにしたものなど、各々がいま関心を抱いているものがテーマとして表われ、メンバーも楽しそうに企画を考えていた。一方で、プログラム3回目でグループに分かれて同様に仮想の展覧会を考えたところ、話し合いは進みにくく、他人の意見を取り入れながら展覧会をつくる難しさを実感する回となった。

作品の実見

グループに分かれて仮想の展覧会をつくった後に、実際の展覧会を見据えて、展示候補としたい作品を5点ほどずつ挙げてもらい、可能な作品は4回目で実際に観ることにした。この作品実見も「高校生学芸員」で行なわれていたプログラムだ。

ここでは高松次郎《No.371》や名和晃平《PixCell[Shoe#6(L)]》のほか、アンリ・マティスの版画《横たわるオダリスクと果物鉢》などを実見した。


プログラム4回目ではアンリ・マティスなどの作品を実見した


そのなかで、佐藤敬《石の誕生日》を筆者が別の作品のタイトルで紹介してしまう場面があった。間違いについては直後に訂正したが、本作は抽象的な作品ではあるものの、目の前にある作品とタイトルとのギャップに違和感を抱いたメンバーが多かった。通常、作品のそばにはタイトルがあって、それを手がかりに作品を観るということも多いだろう。しかし、たとえタイトルがなくても作品から受ける印象はある程度共通していることもあるのではないか、という思いがこのときメンバーの間に芽生えたのである。このことは後で述べる、来場者にタイトルを考えてもらう企画につながった。

人の鑑賞体験は遠いようで意外と近い? 「現象~移ろう世界~」展での試み

このようにして企画したのが「現象~移ろう世界~」展である。


「現象~移ろう世界~」展 展示風景


ある程度出品候補の作品を挙げてからそれらの共通点を探るなかで、「現象」というワードが出てきた。野村仁《ドライアイス》のように物体が変化する現象そのものをモチーフにした作品がある一方、小野耕石《Inducer.03》など生物の骨を素材にしている作品からは身体の変化や命の移ろいを感じることもできるだろう。


展覧会には柳原睦夫《積み木の空〈1〉》をはじめ23点が展示されている


先にも触れたように、本展では来場者に作品のタイトルを考えてもらうという試みを行なっている。展示室では、佐藤敬《石の誕生日》、小林正人《作品14番「天国」》、内藤礼《死者のための枕》の前にノートを置き、キャプションはノートの背表紙に貼り付けた。来場者は作品を観て考えたタイトルをノートに書き残していき、前の鑑賞者が作品からどのような印象を受けたのかを知ることもできる。観光地にある交流ノートのようなこの企画は、鑑賞者が気楽に作品と向き合う機会となっているようで、開幕直後からノートにはたくさんの書き込みがされている。もちろんこれは、作家がつけたタイトルを当てるゲームではないが、佐藤作品にはどろどろとしたものや力が溜め込まれた様子を、対して小林作品には明るさや柔らかい印象を多くの人が共有していることが改めてわかる。「中学生キュレーター」では、「ひとつの作品でも人によって感じ方が異なり、他者の意見を知るとまた新しい視点で作品と向き合えるのではないか」という趣旨を掲げたのに対して、今回は「作品から受ける印象は他者と似ているのかもしれない」という視点から鑑賞体験を考える企画となっている。


佐藤敬《石の誕生日》のキャプションは伏せられ、来場者は作品から受けた印象からタイトルを考えノートに書き込んでいく


小林正人《作品14番「天国」》のノートにもさまざまなタイトルが書き込まれている


また、キュレたまたちは展示の順路など、作品の見せ方も考えた。メンバーからは、入口から入ってすぐに小林正人《作品14番「天国」》が目に入るようにしたいという意見や、橋本雅也《ダッチアイリス》や橋爪彩《Les amis》は照明を落としたところでドラマチックに展示したいといった意見が上がった。展示作業は筆者が彼らの意見をなるべく反映させて行なったものの、展示室の広さや照度制限などの都合から叶えられなかった部分もあると思う。

展覧会は1月5日に開幕し、最初の土曜日には希望したキュレたま1人と筆者とでギャラリートークを行なった。キュレたまは自分の経験を交えながら独自の視点で作品を紹介し、そのトークは来場者に企画の意図を自分の言葉で伝える場となった。また、今後はテレビ出演を予定しているほか、出品作家である小野耕石のワークショップも企画中だ。


ギャラリートークでは、キュレたま自身が選んだ作品について語った


キュレたまのプロジェクトは、参加したメンバーたちにとって、美術館が担う役割や展覧会の裏側など、いままで考えたこともなかった視点から美術館に目を向ける機会になったことだろう。わずか5回のプログラムではあるが、そのなかで彼らは多くのことを考えて、ひとつの展覧会をつくり上げたのである。「タイトルを伏せる」という今回の企画はとてもシンプルなものだが、筆者自身にとっても鑑賞体験を改めて捉え直す経験となった。さらに、展覧会のテーマである「現象」についても捉え方はそれぞれ異なる。この展示室で、鑑賞者は新鮮な思いのもと作品と向き合うことになるのではないだろうか。




2021年度 第4期常設展
〔常設展示室1〕キュレたま2021企画 現象~移ろう世界~

会期:2022年1月5日(水)〜3月27日(日)
会場:高松市美術館(香川県高松市紺屋町10-4)
公式サイト:http://www.city.takamatsu.kagawa.jp/museum/takamatsu/event/exhibitions/exhibitions_2021/permanents_2021/da_20220105.html



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