2022年07月01日号
次回7月15日更新予定

キュレーターズノート

美術館は道を育てられるのか?──「Chim↑Pom展:ハッピースプリング」と「ルール?展」

田中みゆき(キュレーター/プロデューサー)

2022年04月01日号

一度つくったら終わりではなく、常に変化する動的な展覧会はどのように可能なのか。その実現には企画及び運営においてどのようなことが必要なのか。「ルール?展」での試行錯誤と反省を経て、展覧会だから可能なことを再考している最中に「Chim↑Pom展:ハッピースプリング」が森美術館で開幕した。かつて「道を育てる」という言葉とともに、公/私を接続し美術館内ではなしえない偶然性を誘発した《道》は、今回私立美術館のなかで、どのような生態系を生み出しうるのだろうか。


「Chim↑Pom展:ハッピースプリング」《道》 踊るAokid(右手前)と俳句のコーナー(左奥)[撮影:artscape編集部]


《道》を辿りながら考えた「ルール?展」のこと

「Chim↑Pom展:ハッピースプリング」(以下、Chim↑Pom展)を歩きながら、自分の経験や記憶が呼び起こされる感覚を覚えた。決まっていない順路を、巨大なゴミ袋を周回する仮設通路を辿って上階に行くと、そこに現われたのは展示室には不釣り合いな、アスファルトで塗装された道だった。《道》だ、とわかった。

東京・高円寺のキタコレビルの敷地内につくられた《Chim↑Pom通り》(2017)から始まり、「アジア・アート・ビエンナーレ2017」(国立台湾美術館)でのインスタレーションに発展したもので、私的空間と公的空間、あるいは異なる種類の公共空間をつなぐ道をつくることによって、「内/外」の境界を問うプロジェクトだ。台湾で行なわれた際は、館との交渉を経て、そこに適用される「レギュレーション(規定)」が設定された。通常は禁止されている落書きや飲食が許可され、ブロック・パーティも行なわれた。「Chim↑Pom展」の《道》の下の会場内では、当時の「レギュレーション」も展示されていた。そこには、さまざまな行為の可否について、例えばデモはアーティストの主催であれば可能など、どのような条件であれば可能となるかが記されていた。その側にあった映像のなかで、エリイが拡声器を持ちながら語っていた。


本当の意味で自由な道にするためには、道を育てないといけません。道を育てる。「Negotiating the Future」。私たちはこの国立台湾美術館と協議して、公道のものとも美術館のものとも違う、この道のためだけのオリジナルのレギュレーションができるといいと思っています。




「Chim↑Pom展:ハッピースプリング」《道》のパネル[撮影:artscape編集部]



「Chim↑Pom展:ハッピースプリング」《道》「アジア・アート・ビエンナーレ2017」で開催されたときのアーティスト側の要求、美術館または公道の規則、交渉後のレギュレーション[撮影:artscape編集部]



「Chim↑Pom展:ハッピースプリング」《道》 「アジア・アート・ビエンナーレ2017」で開催されたときの《道》の模型[撮影:artscape編集部]



「Chim↑Pom展:ハッピースプリング」《道》 「アジア・アート・ビエンナーレ2017」で開催されたときの記録[撮影:artscape編集部]


《道》の展示は過去に見ているが、それとは違う懐かしい気持ちをまた覚えた。それは、「ルール?展」のことだった。


昨年展覧会ディレクターの1人として企画した「ルール?展」では、作品以外の要素として、いくつかのメタ的な仕掛けを用意した。詳しくは、「『ルール?展』のルールは鑑賞者を解放するのか。それとも?」(artscape、2021年08月01日号)に記しているが、ここでは主に「箱」を取り上げたい。「箱」とは、本展の企画チームで用意した、異なるサイズの木箱だ。側面に穴が空いた箱は来場者が自由に動かしてよいことになっており、3つのルールとともに会場内に設置した。そのほかにも、あらかじめ鑑賞体験を制限するような禁止事項をできる限りつくらず、来場者のふるまいとともに会場内のルールを更新する、会期後半からは来場者の意見を募集するなど、来場者が展示を見るだけでなく、自らルールをつくって/使って自由を得る、“自治”的な場にしたいという意図を盛り込んでいた。当時はまったく意識していなかったが、まさに「道を育てる」ように、展覧会を育てたいと思っていた。

しかしその試みは、上手くいったとは言い難い。まず、箱は人が多い場合は椅子として使われることもあったが、多くは撮影スポットの小道具と化した。そして、会場内のルールは禁止事項ばかりが増えていき、意見募集をしてからも、より自由に楽しむためというよりも、他者による迷惑と感じられる行為をどう抑制するかという方向のものがほとんどとなった。開幕直後にTikTokやInstagramで展覧会がバズったこともあり、来場者の大半が普段美術館などに来ない層によって占められたことが大きな要因だった。実際、通常の展覧会と比べて、什器や機材の破損も頻発し、来場者のマナーについての不満や批判も多く見られた。それらの状況を踏まえ、会期中に開催した「『ルール?展』のルール更新会議『開かれた展覧会とは何か?』」★1において、ひとつの結論を出した。それまで迷惑行為とされる館内での大声での会話や長時間同じ場所に滞留することなどは、撮影と紐づくものが多かった。しかしそれに対して展覧会全体に「撮影可/不可」のルールを設けるのではなく、「サイレント?デイ」という間接的に撮影を抑えて楽しむことを促す日を設けることとなった。それはこれまで声を上げられなかった人たちからは評価された一方で、結局人の行動を抑制する方向のルールに変わりはないという批判もあった。会期中に「ルール?展」のルールをハックするという企みも一部アーティストのなかで構想されていたが、私たちの知る限りでは実現されなかった。



21_21 DESIGN SIGHT企画展「ルール?展」会場風景 地下ロビー[撮影:吉村昌也]



21_21 DESIGN SIGHT企画展「ルール?展」会場風景 会場ルール変更履歴



21_21 DESIGN SIGHT企画展「ルール?展」会期後半には、来場者からの意見募集に加え、箱の使い方のルールと館内撮影のマナーを促す貼り紙が追加された。


展覧会のルールを疑う

「ルール?展」の顛末は、「美術館における公共とは何か?」について、さまざまな示唆を含んでいると思う(21_21 DESIGN SIGHTは私設ギャラリーだが、公に展示をしている場所として便宜上そう書かせていただく)。関係者それぞれが違う思いをもっていると思うので、ここからは私個人の意見として述べたい。

「ルール?展」は、外の社会を再現するのではなく、あくまで作品を鑑賞する「展覧会」であることを前提に、その形式が規定するルール自体に挑戦することを同時に試みようとしていた。そもそもひとつの展覧会で来場者にルールメイキングに参加する経験をしてもらうという目標は大きすぎる、という意見もあるだろう。ただ、ルールを扱うにあたって、「見る」だけではやはり不十分だったと思う。一人ひとりがルールがつくられるプロセスの当事者であることを何らかのかたちで来場者に実感してもらいたい、というのが企画の主旨だったのだから。

次に、展覧会が有料であり、“参加型展覧会”としてSNSでバズったことと相まって、アミューズメントパークのように「サービス」と捉えられた状況があった。「順路をもっとわかりやすく示してほしい」といった順路や説明にわかりやすさを求める意見が多く寄せられたのも、その影響ではないかと思う。そういった意味で、「展覧会」のルールに挑戦する以前に、そもそもそれに慣れていない人たちがマジョリティとなり、従来通りに鑑賞したい人がマイノリティになるという状況が起こったといえる。いわゆる集客を目的とした他館の展覧会にも共通する、ライト層とコア層がどう共存できるかという課題について、いい対応策は出せていなかった。むしろ「展覧会」という形式にとらわれていたのは自分たちで、真の意味で「インクルーシブ」であることができていなかったと思う。

最後に、全体を通して猛省すべきことがある。企画と運営が分かれてしまっていたことだ。私たちは委託された企画者で、日々現場にいることはできない。しかし、ことルールに関しては、現場でのルールの運営こそが展覧会の体験をつくる。ひとつの“迷惑行為”がルールを変えるに値するものなのか、どのラインを超えたら変えるべきか、展覧会ディレクターチーム内では日々やりとりを重ねていたが、それらはいわば机上の空論の側面もあっただろう。限られたリソースで動かざるをえない現場の判断で加えられたルールも少なくなく、それが必要なものか自主規制かを判断するために日々現場に通うのにも限界があった。通常は予算や人員が分かれがちな運営をキュレーションの一部にするという運営の根幹にかかわるルール変更ができていたら、状況は大きく変わっていただろうと思う(その場合、予算の大部分を運営に割くことになり、展示数や内容は変わっただろうが)。資本主義のもとに来場者が顧客でもある場合、主催者と合意を取りながら、「展覧会としては」ではなく、真に公共的な場をつくることはできるのだろうか。答えの出ないまま、約5カ月の会期は終わった。

展覧会は「公共」をつくりだせるのか?

随分話が逸れてしまったが、「Chim↑Pom展」の話に戻りたい。というのも、本展と同時期に発行された『美術手帖』の特集にあった卯城竜太のコメントを見て、それまで「ルール?展」が終わったあともどこかで抱えていたモヤモヤが、すっと晴れた気がしたのだ。それは、卯城が森美術館の運営母体である森ビルとの間で感じた、公共性についての齟齬の話だった。「ルール?展」で起こっていたことの根本にも、そのズレが少なからずあったように思う。「社会とつながる」と言った時に、そこで思い描かれる「社会」はステークホルダーによって異なり、それぞれの政治の範囲内における社会であることも少なくないのではないか。また、卯城は「開く」ことを掲げる最近の風潮について、「『閉じている公』を開いて見せているだけ」★2とも指摘する。美術館の中で「公」が展示物になることは、まさにそういった危険性を多分に孕んでいる。例えば「ストリート」が美術館や劇場に取り込まれるとき、それが容易に去勢され、消費の対象と化してしまうのを私たちは度々目撃してきた。

「Chim↑Pom展」での《道》は、公道とはつながっておらず、あくまで美術館内で完結したものとなっている。私が訪れた3月中旬は、平日午後ということもあって人はまばらで、ダンボールに収められた『新潮』のエリイの連載を読む私以外、腰を下ろして滞留する人はいなかった。SNSで見ると、アーティストの呼びかけでダンスや占いなどが行なわれているようだ。3月29日には、一般の参加は配信の視聴のみ可能なブロック・パーティも行なわれた。もちろん、森タワー53階分を降りて地上の道とつなぐべきとは言わないが、そのことによって、内/外、公/私のルールの攪拌は、台湾のときとはまったく異なったものになるだろう。また、今回レギュレーションは設けず、さまざまな運営者をアーティストがキュレーションするという。強固な警備や管理が行なわれる森ビル内では、レギュレーションの限界が見えているという判断だろうが、それは「閉じている公」になりはしないかと、自戒を込めて行く末を見守りたいと思っている。そして、だからこそ、展示室外にアジールのように設けられた第2会場の「ミュージアム+アーティスト共同プロジェクト・スペース」や託児所「くらいんぐみゅーじあむ」の展開にも注目していきたいと思う。

「Chim↑Pom展」に限らず、美術館という制度や展覧会という形式では表現に追いつけていないように感じる機会が近年特に増えてきた。震災後に始まり、最近ではフェミニズムや障害など、「当事者」の経験を非当事者のマジョリティが「鑑賞」するという非対称性を、ノイズを排除することである意味自律してきた展覧会のなかにどう含められるかという問題もある。それらの表現を鑑賞するにあたっては、単に作品の周辺情報が必要ということではない。そうでなく、ときに作品をも超える現実をさまざまな(当事者でもあり得る)他者の実存する体とともに咀嚼する場が必要とされているのだ。そういった意味で、「当事者」という言葉が度々用いられ、当時の現場に携わったさまざまな立場からの意見が展示とともに閲覧可能となっていた「Chim↑Pom展」に《道》がある意味はとても大きい。しかし、Chim↑Pomは紛れもなくアートと社会をつなぐ第一線のアーティストであるが、今回の《道》の位置付けは、彼らの活動に対して美術館の制度が乖離したものであることの表われのように思えた。あるいは、その現実を露呈させ、本来公共が果たす役割をアーティストが引き受けることによる「新たな公共」を彼らは見せようとしているのだろうか。

ただ、果たしてそうして道が「育った」としても、それがアーティストの企画と運営により行なわれるならば、アーティストの実績にはなっても、美術館の経験としては蓄積されない。アーティストの作品として切り分けた方が、美術館としては規格外のことも容認しやすい面もあるだろう。しかし、アーティストと展覧会に関わるステークホルダーの間の交渉や、それによってたどりついた合意や決裂も含めて見せることで、公私が揺らぐ現代社会における「公共」のあり方を美術館の実践として示す道もあるのではないだろうか。それを見えなくしているのは、何だろうか。


★1──2021年10月16日、「ルール?展」のルール更新会議 「開かれた展覧会とは何か?」を開催。ディレクターチームの水野祐、菅俊一、田中みゆきによるZoomでの公開会議で、モデレーターをミュージアム・エデュケーターの会田大也が務めた。http://2121designsight.jp/documents/exhibition/rule/
★2──小田原のどか×卯城竜太「『公共』と美術を問い直す」(『美術手帖』特集:Chim↑Pom、2022年4月1日号、85頁)


「ルール?展」

会期:2021年7月2日(金)~11月28日(日)
会場:21_21 DESIGN SIGHTギャラリー1&2
(東京都港区赤坂9-7-6)

「Chim↑Pom展:ハッピースプリング」

会期:2022年2月18日(金)~2022年5月29日(日)
会場:森美術館ほか
(東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー53F)

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