キュレーターズノート

「若い」美術館の試行錯誤──「佐藤時啓─八戸マジックランタン─」を起点に

齊藤未来(八戸市美術館)

2022年12月15日号

八戸市美術館の開館からおよそ1年。同館のスタッフの方々は、初めて出会うような出来事や試行錯誤に日々直面している。今回は、周辺施設とも提携したさまざまな関連プログラムを展開することで、多層的な鑑賞体験をつくり出している開催中の企画展「佐藤時啓─八戸マジックランタン─」について、担当学芸員の齊藤未来さんにご執筆いただいた。(artscape編集部)


「佐藤時啓─八戸マジックランタン─」展示風景[撮影:神智]


「工場」と「祭り」

2022年11月29日から2023年1月9日の会期で、八戸市美術館で開催されている「佐藤時啓─八戸マジックランタン─」は足掛け6年と、長い期間の準備の末に開催となった。当初は3年程度で開催となる予定だったが、その間に美術館建て替えが決まり、結果として6年という長期間になった。このように長い期間を制作にあてること、また建て替えという一大イベントを挟むかたちでプロジェクトが進行することも、後にも先にもないケースなのではないかと思う。


「佐藤時啓─八戸マジックランタン─」関連プログラムとして開催されたトークイベントの様子[撮影:神智]


12月3日、この6年を振り返る内容のトークイベントを開催し、佐藤が八戸市に関わるようになった経緯や、どのようなプロジェクトに参加し、八戸での制作にどのように影響したのか、また、美術館での個展開催に向けた準備のほか、その間の暮らしぶりについてもお話しいただいた。八戸市が2014年度から取り組んでいる「写真のまち八戸」事業の一環で美術館が佐藤に個展を依頼したのは2016年だが、実はこのオファーと同じ時期に別のルートで佐藤に別のプロジェクトへの参加依頼が入る。それは、八戸市まちづくり文化推進室が主催し、市民と共に行なっていた「八戸工場大学」というプロジェクトである。工場や企業による講義と工場見学などをする課外活動、展示や工場とのアートプロジェクトの三つを柱に、八戸の工場の魅力を再発見するプロジェクトだ。特に、工場の水蒸気に文字通り「光」を当てた2016年度のアートプロジェクト「虹色の狼煙」にゲストアーティストとして参加した佐藤にとって、八戸での表現活動において「工場」はひとつの大きなテーマとなった。


八戸工場大学「虹色の狼煙」(ドキュメント映像はこちら


本展では、佐藤がこれまでに取り組んできた「Camera Lucida」シリーズと「An Hour Exposure」シリーズ、そして八戸で新たに取り組んだ方法によって制作され、展覧会タイトルにもなった「Magic Lantern」シリーズの三つが展示されている。このうち、工場を被写体にしたのは「Magic Lantern」シリーズであり、夜の工場を背景に、または工場そのものに、祭りの山車や市民が熱狂する様子を写した画像を重ね合わせることで、「八戸」という地域性や文化を表現している。画面の大半を占める海面や、ゆったり回転する空の星々、そしてプロジェクタから伸びる光が作品に奥行きを与え、佐藤の持ち味である空間性も大いに感じることができる作品となっている。

トークイベントではあまり触れられなかったが、「祭り」もまた本展での重要なキーワードのひとつである。八戸には夏に行なわれる八戸三社大祭と、冬の田楽である八戸えんぶりの二つの大きな祭りがあり、人々がこの二つの祭りに熱狂する姿を捉えたのが「An Hour Exposure」シリーズだ。1時間の露光時間で撮影されたこのシリーズは、祭りのほかに観光名所ともなっている種差海岸を写した作品もあるが、景色を楽しむために動き続ける人々の姿は、佐藤の作品にはほとんど写っていない。対照的に、祭りを見るために沿道やステージ前に陣取った人々はあまり動かないので姿がはっきりと写し出されている。同じ技法で撮影された作品だが、対象によってはまったく異なる印象を与え、それぞれが象徴的に写し出された作品になっていると言えるだろう。実はごく単純な仕組みや当たり前の現象であるのだが、カメラという媒体を通すことで誰もが知っている景色が違うかたちで表わされ、新たな発見として受け入れられているように思う。


「佐藤時啓─八戸マジックランタン─」展示風景[撮影:神智]



ジャイアントルームと「リヤカーメラ」プロジェクト

佐藤時啓展では作品の展示のほか、「リヤカーメラ」の展示および運行プロジェクトも実施している。リヤカーメラとは、佐藤が制作した移動式の巨大カメラで、リヤカーとカメラオブスクラを掛け合わせたものだ。改良を重ね、現在では3輪の自転車の荷台に電話ボックスくらいの大きな箱(カメラオブスクラ)が載せられ、自転車を漕ぐことで箱の中に映し出される景色が動画になる、という仕組みになっている。長時間露光などの技法を理解するには、カメラオブスクラや、カメラの仕組みを理解する必要があるが、決定的な瞬間を写すのがカメラである、という印象が強いせいか、それを理解するのが難しい人も多い。そこで本展では、作品の鑑賞と同時にカメラオブスクラも体験することで、佐藤の作品を理解する手がかりとし、カメラの仕組みがわからない鑑賞者が置いてけぼりにならないように構成した。


リヤカーメラプロジェクト[撮影:神智]


リヤカーメラの運行については、当館では「ジャイアントルーム」という大きな屋内空間での実施も試みた。「ジャイアントルーム」については、artscape2022年3月15日号で青森県立美術館の工藤学芸員にご紹介いただいたところである(「また会いましょう、どこかも知らず、いつかもわからないけれど──とある学芸員のよしなしごと」)。開館から約1年、ジャイアントルームではさまざまな活動が行なわれ、当館主催の展示やイベントだけでなく、市民サークルの作品展や講演会などの貸館としての利用や、最近では高校生が勉強をしている姿も見られるようになるなど、利用方法は多種多様になってきたように感じる。このような状況は、もしかしたら美術館らしい姿ではないかもしれない。しかし、リヤカーメラにとっては景色が目まぐるしく変わり、遠くにも近くにも見どころがあって、この道具の良さを最大限に引き出すことができる空間であり、ジャイアントルームの特徴にピッタリはまったプロジェクトなのではないだろうか。ほかにも郊外の公園や、展覧会期間中に美術館前広場(マエニワ)でも運行を実施し、たくさんの方に体験していただいた。

運営は、当館では「アートファーマー」と呼んでいる市民の方々や、市内の大学に通う学生に協力してもらい実施した。当初、運行イベントは2日間だけの予定であったが、アートファーマーの皆さんからもう何日か追加運行の提案をもらい、12月以降でも3回追加運行することとなった。今後は、12月18日、1月7日のいずれも11時〜12時、外は積雪もあることが予想されるので、ジャイアントルームでの運行予定である。これからご来館を考えている方はぜひこの機会に体験していただきたい。


周辺施設も巻き込んで

八戸ブックセンター「紙から本ができるまで展/佐藤時啓─八戸マジックランタン─展覧会図録ができるまで」展示風景[画像提供:八戸ブックセンター]


本展は、当館で実施したこれまでの展示のなかでもさまざまな要素を盛り込んだ企画となっている。展覧会のほか、トークイベントやワークショップ、プロジェクトの実施はもちろんのこと、市民が撮影した写真を展示する「八戸フォトマッピング」(現在開催中の「コレクションラボ002 地をみつめる」ともリンクした展示となっている)、そして本展の図録の制作過程を紹介する「紙から本ができるまで展/佐藤時啓─八戸マジックランタン─展覧会図録ができるまで」を八戸ブックセンターで同時期開催している。八戸ブックセンターは公営の本屋であり、美術館から徒歩5分程度に位置する同じ中心市街地にある文化施設である。美術館の学芸員が出張するのでも、場所を借りるだけでもなく、展覧会を起点にブックセンターの主催事業として広げたこの企画は、美術館にとって初めての方法で連携した企画となった。


「佐藤時啓─八戸マジックランタン─」関連プログラムのひとつ、段ボールカメラをつくるワークショップの様子[撮影:神智]


八戸市美術館がこのキュレーターズノートのメンバーに加えていただいたのは、本年5月15日号の「対話の生まれる展示室から継承されるもの──『持続するモノガタリ─語る・繋がる・育む 八戸市美術館コレクションから』の実践」(篠原英里)からである。新たに開館してから最初にコレクションを展示したこの企画について、作品と、作家と、学芸員と、または鑑賞者同士での対話を通して八戸の美術史を振り返り、そして新たな歴史をつくっていくための礎のような展示であることをここでは紹介している。他方、私は本展のほかにコレクションの引っ越しと管理システムの整備、備品や収蔵庫の管理、環境調査の業務も担当している。展示やイベントだけでなく、これらの業務もまた、建物の構造と特徴に大きく影響を受けている。「持続するモノガタリ」展で築いた礎や、本展で培った新たな八戸像を将来に残すためには、作品の管理面でも建物の特徴を捉え、付き合っていかなければならないと日々痛感しているところである。篠原が書いているように、当館は建て替えを機に新たなコンセプトで立ち(建ち)上がった美術館であり、私たち学芸員もそれに負けないような展示やプロジェクトを考え、そして環境の整備という面でも最善を模索し、100年後の八戸を創造できたらと思う。




佐藤時啓─八戸マジックランタン─

会期:2022年10月29日(土)~2023年1月9日(月)
会場:八戸市美術館(青森県八戸市番町10-4)
公式サイト:https://hachinohe-art-museum.jp/exhibition/1608/

紙から本ができるまで展 佐藤時啓─八戸マジックランタン─ 展覧会図録ができるまで

会期:2022年10月29日(土)~2023年1月9日(月)
会場:八戸ブックセンター ギャラリー(青森県八戸市六日町16番地2 Garden Terrace1階)
公式サイト:https://8book.jp/bookcenter/5377/

コレクションラボ002 地をみつめる

会期:2022年9月10日(土)〜2023年1月16日(月)
会場:八戸市美術館 コレクションラボ(青森県八戸市番町10-4)
公式サイト:https://hachinohe-art-museum.jp/exhibition/1984/

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