キュレーターズノート
県立博物館開館50周年記念展と県立美術館オープンへの準備──「美術館とは何か」をめぐる試行
赤井あずみ(鳥取県立博物館)
2022年12月15日号
対象美術館
6月のレポート以来、約半年ぶりの記事のためにパソコンに向かっているが、夏、秋は一瞬にして過ぎ去り、すでに季節は冬モード。鳥取では例年より1週間早い初雪が降り、慌てて衣替えやタイヤ交換など雪国ならではの冬支度を始めている。
さて、この6カ月で3つの芸術祭、いくつかの美術館やギャラリーをまわり、ひとつの企画展がオープンし、いくつものイベントを実施してきた。その間に当館の収集作品がメディアに大きく取り上げられたこともあり、取材応対や資料作成など慌ただしい月日であった。artscapeの「もしもし、キュレーター?」のコーナーで黒部市美術館の尺戸学芸員と再会し、インタビュー記事が公開されたことも、随分昔のことのように思われる。この期間を振り返ると「美術館とは何か」という問いと共に過ごしていたように思う。今回は断片的にではあるが、この問いに対するアプローチとしての近況をレポートしたい。
収蔵という視点から──企画展「すべてみせます! 収蔵庫の資料たち」
昭和47年10月に開館した鳥取県立博物館は、令和4年である本年、50周年を迎えた。半世紀を振り返る記念展覧会は、自然・人文・美術の3部門の共同企画で進められ、議論の結果「コレクション」に光を当てるという方針が打ち出されることとなった。この方針は当たり前といえば当たり前に聞こえるだろうが、当館特有の事情によるところも大きい。県立博物館の前身である鳥取県立科学博物館(1954-1972)は、さらに遡れば鳥取県立科学館(1949-1954)、鳥取県立公民館(1947-1949)にまで辿り着く
。日本の公立美術館のコレクションの貧弱さは、これまでいたるところで指摘されてきているが、設置の経緯がモノの集積ではなく教育の装置/インフラ整備であったことも、その理由のひとつに挙げられるだろう。50周年とはいえ、コレクションをもつ「博物館」となった1954年を当館の歴史の始まりとすることを、このテーマ設定は暗に示している。つまり、博物館のアイデンティティはコレクションである、というステイトメントとして本企画展は構想されたと言える。さて、当館のコレクションの始まりは、科学館の研究活動の成果としての地学標本約2万点に、県立図書館が保管してきた鳥取藩池田家資料など約2万数千点が合わさった約5万点であったが、現在その数は20万点を超え約4倍の数となっている。開館時にほぼ所蔵のなかった美術資料については、50年かけて郷土の作家やコレクターの所蔵品に集中したコレクションが約1万点となった。これらを可能な限り展示しようという意気込みが本展タイトル「すべて見せます!」に込められているが、物理的な限界もあり最終的には約6万点が展示された。各分野の学芸員がコレクションの個性を見せるために工夫を凝らしている。
筆者は今回美術分野を担当することとなったが、「数」が重視される標本資料と異なり、美術作品は「質」もまた、重要な要素である。また作品には「鑑賞」という行為も必須だ。これらのバランスに気を使いつつ、50年間で蓄積された当館コレクションの特徴を端的に示すことを試みることとした。具体的には、コレクションを概観し浮かび上がってくる特徴をキーワードとして示しながら、美術史をゆるやかに辿る、というものである。最終的に、1)藩絵師と異国趣味、2)学校教育と地方の美術振興、3)官展と在野、4)生活に根ざした美学と表現、5)描かれた鳥取の風景、6)それぞれの戦争、7)コレクションをめぐる・コレクションを支える活動、8)コレクション収集譚という8つのワードに絞り、展示替えも含めて約200点余り(美術資料全体の2%)の展示となった。限られた予算は仮設壁にまわし、壁の表面には絵画(5と6)を、裏面には作品をよく見せるというよりも、コレクションに関連して行なわれている普及活動や修復作業など、裏側を紹介するコーナー(7)とした。
8つのキーワードを詳述する余裕はないが、こうしてみるとやはり、一地方である鳥取県の美術の状況は文化行政や制度が果たした役割が非常に大きかったことに改めて気付かされた。また、地域美術史としてはまだまだ十分でない部分も多いうえ、今回のキーワードによる区分けに入りきらない作品群が数多くあったことは、展示の至らなさを感じつつも発見であり、今後のコレクション形成の指針としても生かしていける、と前向きな気持ちでいる。
コミュニティという視点から──美術館の活動としての拠点づくり
次に美術館開館準備のトピックスを紹介しよう。11月17日、美術館建設地そばのビルの空きスペースに県立美術館のサテライト(本体は未完成ながらも)として「HATSUGAスタジオ」がオープンした。100平米強の小さなスペースではあるが、ちょっとしたイベントやミーティングには使いやすいサイズであり、ガラス戸4枚の入口は外から様子が見えるうえに物品の搬出入に便利である。県立美術館の敷地からは約600mほどだが、倉吉市の旧市街地ではなく、大型のスーパーやホームセンター、電気店が並ぶ幹線道路沿いに位置している。ふらりと立ち寄るというより、わざわざ足を運ぶような場所ではあるだろうが、近隣の用事とあわせて出かけるということも可能だろう。
開館に向けたプロジェクトとしては、「ミュージアムサロン」について以前の記事で紹介したが、2018年より一連の活動を「アートの種まきプロジェクト」と銘打ち、広報誌「Pass me!」や、ゲストトーク、建設地の定点観測などに取り組んできた。このサテライト・スタジオもこれらの事業の延長線上に位置づけられる。「種まき」から「HATSUGA(発芽)」へという命名からも想像していただけるように、ここを拠点にさまざまな実験・試行を行ない、開花/オープンへと向かうという見取り図を描いている。
スタジオのスペースづくりはまだまだこれからではあるが、昨年度鳥取県の環境立県推進課が淀川テクニックに委嘱して制作された《とっとりプラホウドリ》が保管替えされ、スタジオのマスコット的な存在として常設されることとなったことから、オープニング・トークとして柴田氏に本作のコンセプトや制作プロセスについてお話を伺うイベントを開催した。柴田氏は鳥取県内にアトリエを構えるアーティストのひとりであり、2019年には「ミュージアムサロン」のゲストとして美術館についての対談を行なったことがある。そこで「廃材ラボ」のような素材が集まり、いつでも工作やものづくりが楽しめるような場所があるといい、という話題で随分と盛り上がった。このHATSUGAスタジオは、このときのアイデアを踏まえていることは確かであり、今後そうしたプログラムの展開も構想中だ。
また、もうひとつのオープニング・イベントとして、AHA![ArchiveforHumanActivities/人類の営みのためのアーカイブ]を主宰する映像人類学者の松本篤氏によるトークを実施した。実はこのサテライト・スタジオ開設のプロジェクトと並行して、アーティストや研究者らと公募による参加者から成るチームが、あるテーマを元に倉吉市を中心とした地域をリサーチする「アート・フィールド・リサーチプロジェクト」が今年度よりスタートしている。松本氏にはその招聘講師のひとりとして参加いただいている。今回のトークでは、武蔵野市立吉祥寺美術館やせんだいメディアテークでの事例 をあげながらAHA! が行なってきた「市井の人々の記録と記憶にまつわる」活動を紹介のあと、鳥取でのプロジェクトの可能性についてお話しいただいた。既に本年8月よりリサーチテーマを探す「リサーチのためのリサーチ」が始まっており、今後の展開はまた機会を改めて報告したい。
上記のふたつのトークイベントは、美術館への期待を高める、一言で言えば「機運醸成」を目的として行なったものである。また、開館後に動き始めるラーニング・プログラムや、県民参画プログラムなどのパイロット事業の展開も見据えている。加えて「交流とコミュニケーションの場作り」も、この拠点のもうひとつの重点的な活動だ。
この目的に基づいた試みとして、イベントにあわせ、スタジオ内の一角に学芸員たちがコーヒーを提供する「喫茶学芸室」というブース(屋台)を設けた。イベント後にもその余韻を楽しみ、ゲスト、来場者、学芸員らがお茶を片手に自由に話す時間をつくるための仕掛け、とでも言おうか。もともとは県立美術館構想に関するフォーラムを開催した際に、しばしば行政が主催する「説明会」のように一方通行的な壇上の話と質疑応答、という形式に、なんとか風穴を開けたいと考え、始めた活動である。「普段の職場(学芸室)に参加者を招き入れ、歓談する」というイメージは、その場にいた人たちに伝わったかどうか定かではないが、結構な人数が会場に残り、方々で勝手気儘に集まり楽しげに、あるいは真剣に話し合う風景を眺めた(ゲストの藤浩志さんの講演が刺激的であったことは確かだ)。
学芸室と展示室の間の「壁」は思った以上に高い。「もしもし、キュレーター?」で対談した尺戸学芸員も、その壁に悩み、なんとか打破する方策を見つけたい、ともがいている様子だった。そもそも学芸員はモノと人を繋ぐことが本務であるが、ここでは人と人を繋ぐことへと役割が変化している。また公共サービスという観点から考えても、職員と来場者がフラットな関係性で出会うことには障壁がある。美術館という制度を背負いながら、それを試みることはなかなか至難の技と言えるだろう。「喫茶学芸室」とは、看板を一枚掲げるだけでその制度を仮初めにも無効化し、双方向のコミュニケーションが行なわれる場をつくる実験である。と同時に、インスタレーションが観客と作品との関係性を変えたこと、いわゆるリレーショナル・アートやハプニング的実践、社会彫刻などを含む「パブリック・アート」といった美術の分野でなされてきた数々の芸術と生活を繋げるアートの歴史を踏まえた、学芸的実践のひとつ、と言うこともできるだろう。
世界中の人々が直面したコロナウイルスは、地球上すべての人が状況を共有し、あらゆる人の健康と無事を祈るという奇跡的な一体感を生み出したように思う。他方、孤立や不安が長期間に及び、地域の祭りやイベントが軒並み中止されたことから、人と人との繋がりが希薄化し、コミュニティのエネルギーが弱まっているという状況が、鳥取の小さな町でも顕在化しつつある。2020年7月のコロナ禍において、きむらとしろうじんじんが抱いた「人間が『直接出会い、場を共にすることを嫌う生き物』になっちゃったら・・・」という「嫌な」予感が、ここ半年でいよいよ現実のものとなってきているように感じる。
公(パブリック)な領域の縮減が加速度的な進行を見せるなかで、今年開催されたふたつの芸術祭で目撃した「共に時間を過ごすこと」の実践は心を打った。ルアンルパが芸術監督を務めたドクメンタ15は、異なる社会や文化に属するコレクティヴが「共有」というヴィジョンを共有しながら、それぞれの地域で切実な問題に取り組む様子が、芸術祭という場で共有されていた。各会場に付設されたカフェ、レストランなどの飲食空間や、展示室の至る所にソファやラグが設置されたスペースは、そのヴィジョンを具現化したものだった。また、リクリット・ティラバーニャが岡山芸術交流で掲げた「DO WE DREAM UNDER THE SAME SKY」という投げかけ/メッセージは、作品と呼応し、個々の存在がこの時代に共に在ることを祝福し合う空間として見事に結実した芸術祭だったように思う。
「HATSUGAスタジオ」での活動が、県立美術館のヴィジョンを形作り、この新しい拠点がヴィジョンを共有する場となる。筆者が2022年末にたどり着いたひとまずのこの答えを、テキストを読んでくれた皆さんと共有したい。そしてもうひとつ、冒頭で博物館の前身が公民館であったことに触れたが、それが第二次世界大戦直後の市井に暮らす人々にとって欠かすことのできない何かとしてつくられたことに、ヒントの予感を感じていることも。
すべてみせます! 収蔵庫の資料たち
会期:2022年10月29日(土)〜12月11日(日)
会場:鳥取県立博物館 (鳥取県鳥取市東町2-124)
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