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スタッフエントランスから入るミュージアム(4)
展示企画開発──領域を横断するアジテーター

遠藤治郎(日本科学未来館展示企画開発課)/坂口千秋(アートライター)

2020年09月01日号

4月はじめ、新型コロナウイルス感染拡大防止で全国の美術館博物館が一時休館になり、いつどのような対策をして再開館できるのかが問題になっていたとき、日本科学未来館(以下、未来館)では、科学的知見に基づいたガイドラインを作成していることを知りました。担当している遠藤治郎氏は普段は展覧会の展示デザイン、ワークショップの企画制作などかなり広範囲な業務を担当しているそうです。そんな「何でもやる課」みたいな仕事が、ミュージアムのなかにもあるの? さっそく再開後の未来館に取材に伺いました。(artscape編集部)

日本科学未来館 展示企画開発課 遠藤治郎さん



[イラスト:ハギーK]


──遠藤さんは長らくタイ・バンコクを拠点に、音楽フェスティバルやファッションショーの空間デザイン等で活躍されていましたね。なぜ未来館に入ることになったんでしょうか?

遠藤治郎(以下、遠藤)──2016年、10年以上住んでたタイから日本に戻るタイミングで、内田まほろ(当時展示企画開発課課長、現事業推進課課長)から声がかかったんです。館内に展示の演出やデザインをする人がいなくて。遠藤さん、応募してみてはいかがですか? と。

──どのようなことを期待されたと思いますか?

遠藤──僕は建築出身で、フェスティバルやイベントのデザインもやってるし、タイでは大学で教えていたりと領域横断型にやっていたので、おそらく理系と文系の間を埋めるようなブリッジングの機能かな。あとはムードメイキングや巻き込み力ですかね。着任時に館長から「未来館をぶち壊してください」って言われて、「おお、よし!」って。

──(笑)館長は宇宙飛行士の毛利衛さんですよね。

遠藤──館長は常に新しいことをやれと言う人なんです。新しいことにしか興味を示さない。逆に当たり前のきちっとしたものを持っていくと、ちゃぶ台返しのような厳しい指摘を受けることもあります。

館のリソースを使いたおす

──いま所属している部署が「事業部展示企画開発課技術・アーカイブ担当」、これは館のテクニカルセクションみたいなところですか?

遠藤──はい。そのラインに備品管理とか映像とかコンピューティングの知見のある人がいて、外部委託している技術チームもその系列になります。でも、僕はほとんど席にはいなくて違う部署をぐるぐる回ってます。キュレーターたちの企画会議にもイベントの現場にも顔出すし、あと冷蔵庫の中身の再利用じゃないけど、館内で眠っている昔の機材や備品を発掘して面白く使う提案もします。

──未来館ほど大きな組織ですと、縦割のセクションを想像しますが、そこを遠藤さんは横にズバっと……。

遠藤──そう。ズバズバズバと。

──横断的に仕事されているということですね。具体的にはどんなことを手がけられましたか?

遠藤──2017年の夏、未来館をライトアップしてジオ・コスモスを見上げる「ナイトミュージアム vol.1 ─お地球見─」★1というイベントをやりました。また同じ年に世界科学館サミット(Science Centre World Summit、SCWC)★2という、3年に一度の国際会議を未来館がホストした時の運営ディレクションもしました。もともとは2年くらい前から準備を進めていたのが、なかなかうまくいってなくてみんな頭を抱えてたんです。僕は開催の半年くらい前にチームに入って、コストを下げつつ館全体でやっている空気感を出すように、会場の空間設計から照明、演出、映像や音楽に至るまでの演出表現をディレクションしました。



「ナイトミュージアム vol.1 ─お地球見─」


──場を盛り上げるのはフェスを手がけてきた遠藤さんお得意のスタイルですね。

遠藤──次第に僕の芸風が認知されると、プロジェクトの立ち上げから声がかかるケースが増えていきました。企画のコンセプチュアルな部分に関わることもあれば、チームのアイディアを実際に建築図面に落とすこともあるし、照明や演出も手がけ、さらにはファシリテーションまで、幅広く首を突っ込む総合コンサルタントみたいな感じでしょうか。つまり各段階で物事を面倒くさくする人(笑)。

──(笑)楽しくする人なんじゃないですか?

遠藤──手数を増やす人。もともと未来館には現状を批評しアイディアを出し合うような風土があるんですが、そのなかでも僕は、この展示は誰のため? 何の目的で? とか、そもそもの本質的な議論をまじめに問うことから始めることが多い。たとえばこのワークショップは、そもそも全体のリテラシーの底上げをするのか、天才を引き抜いて月に投げるのか、どちらを目指しているのかから議論していくといったような感じです。

「ビジョナリーキャンプ」──場をファシリテートするデザイン力

──ワークショップといえば、遠藤さんが未来館で手がけた仕事を最初に見たのが、「未来館ビジョナリーキャンプ」★3でした。プロジェクトに関わった経緯など伺えますか?

遠藤──「未来館ビジョナリーキャンプ」は、公募で集まった15−25歳の若者30名が「2030年のコミュニケーション」というテーマで3日間ワークショップを行ない、アイディアをプレゼンするというプロジェクトでした。優秀な3チームは、研究者やクリエイターとコラボレーションして実際にプロトタイプを制作し、常設展示の「ビジョナリーラボ」まで進みました。企画者であるキュレーターの宮原裕美がディレクター、僕は共同プロデューサーという立場で関わりました。

──ワークショップは、セミナーやホームルームの教室みたいな空間とは違って、ラウンジのような場所で、みんなが自然と喋りたくなる雰囲気が印象的でした。デザインが場をファシリテートする、あの空間デザインは遠藤さん?



「未来館ビジョナリーキャンプ」(ワークショップ)[写真提供:日本科学未来館]


遠藤──そうです。過去の展示で使ったオーガンジー布を再利用してチームを仕切る壁をつくって、集中時には下ろして、そうでないときは上がるようにしたり、照明で場を細かく演出したり、館にある資材を使ってコストを抑えつつ最大限の効果を引き出すように工夫して、低コスト短納期を実現しました。

──出会ったばかりの人たちが未来についてディスカッションして、3日でプレゼンまで持っていくって、ファシリテーションのハードルけっこう高いですね。

遠藤──いろんな人がいるなかでテーマがコミュニケーションだから、まあ大変ですよね。でも僕は建築とイベントをやってきたので、空間で人のテンションを上げたり下げたりする経験値はあった。イベントって時間をコントロールして体験価値を上げていくものだし、建築でも、リゾートホテルなどは夕日のタイミングや人の移動を考えて設計しますから。あと、以前タイの大学で教えていた経験から、その人のやりたいことを抽出して背中を押す方法論は自分のなかにありました。

──空間と時間のデザインにはフェスや建築の経験が役立っていて、さらに人間のデザインに関しては教育の経験が役立っていると。

遠藤──でも、どれも完全にコントロールしようとは思ってないんです。時間も空間も教育も完全にデザインしきらない。いつか化ける苗床をつくってる感じかな。でも骨格はきちっとつくる。そうすればどんな状況でも応用がききます。参加してる若い子たちにも、アウトプットのかたちよりも、まず核となるそもそものビジョンを考えてもらうようにしました。

──いま未来館で常設展示中なのが、そのプロジェクトの過程とプロトタイプなんですね。

遠藤──あのフロアはもともとイノベーションの階で、基本はメタリックでグレイッシュなトーン。そのシャープさに対して、木を多用したやわらかい空間をつくることで、互いの展示を引き立たせています。そうやってひとつずつ丁寧に考えて、冷蔵庫にあるもので何ができるか考える。フルオーダーメイドはすてきだけど、残り物だって面白くできるんですね。リソースは人、もの、電力、いろいろあるから。




常設展示「ビジョナリーラボ」[写真提供:日本科学未来館]

自らの思考と実践でひらく未来──新型コロナ感染防止対策ガイドラインが示すもの

──2月以降、新型コロナウイルスの感染拡大で世界中の美術館や博物館が一時休館を余儀なくされました。5月に再開に向けて未来館が発表した新型コロナ感染防止対策のガイドライン★4が話題になりました。遠藤さんもチームに入ってましたが、どういう経緯だったんですか?

遠藤──今年3月、アメリカのテキサス州でSXSW(サウス・バイ・サウス・ウェスト)というフェスティバルに落合陽一さんたちと参加予定だったのが、新型コロナの影響で直前に中止になりました★5。急遽、無観客配信の準備を始め、未来館に会場提供の協力を打診するなかで、そのイベントの運営用の労働衛生ガイドラインを厚労省の専門家の人といっしょにつくったんです。その内容がけっこうよかったので、未来館でもガイドライン作成チームが立ち上がり、僕も参加することになりました。



日本科学未来館のコミュニケーションロビー


──未来館のガイドラインは、感染症の知識や知見、対処の考え方は記述されてはいるけれど、「こういう対策をとりましょう」というマニュアルでは全然なかった。

遠藤──でしょう? あれは「自ら思考し、立案・実施するための再開館に向けた COVID-19 対策ガイドライン」というタイトルで「risk≠0(リスクはゼロではない、だから)」というキャンペーンと連続しています。みんなが主体的に関わるように、まずガイドラインをつくり、それをもとにマニュアル★4を制作するという立て付けをしました。憲法を先につくってから法律をつくるのと同じですね。

──「マニュアルをつくるのはあなたですよ」ということですね。SXSWでも未来館でも、専門家を監修に入れる姿勢が明確でした。

遠藤──未来館の展示には、必ずその分野が専門の展示監修者がいて科学的バックグラウンドを担保するというルールがあるんです。科学的な知見をまとめて科学者と我々をつなぐ科学コミュニケーション専門主任の人間もチームに参加しています。
また、映像やグラフィックをつくって対策自体を展示にしています。普通は「コロナ対策で休止」と、ネガティブな中止や禁止の情報だけを掲示しがちですが、休止中の展示入口になぜ閉めているのか理由を掲示して、対策自体をコミュニケーションツールにしました。つまり、エキジビションにレイヤーをもう一層つくって、感染症に対する知識を鑑賞者の認識と体験にしたわけです。



館内のコロナ対策の説明パネル。各展示や空間において想定されるリスクを精査し、未来館として必要な「対策」と来館者への「お願い」を組み合わせたサインを設置している。


コロナ対策で休止中のハンズオンの展示物の説明パネル


館内の消毒液とコロナ対策の説明パネル


──手数がまた増えてますね。でも確かにそれでコミュニケーションの機会は増しますね。

遠藤──未来館はコミュニケーション活動をとおして科学リテラシーを広げるサイエンスセンターなので、使えるものはどんどん使う。何がいま現在のべストで、なぜそう思うのかを毎回発信し、運営にも反映させています。

──ガイドラインのなかで「根拠とは科学的なエビデンスに限定するものではなく、その対策を選択した際の考え方も根拠になる」とあります。ひとつのルールを原則とするのではなく、状況や環境、展示物に即して判断する。マニュアルは他の類似施設にも役立つようにと公開されていますね。その館のケースに応じて変えていけばいいと。

遠藤──マニュアルがダメっていうからダメなんじゃなくて、例えば触れる展示だって、触る前に手指消毒をしたら可能なんです。マスクを外すなら2メートル離れるとか、いろんな方法がある。みんなが全力で考えて対策をクリエイションすればいいんです。

──今年は自粛でやり過ごしても、来年元に戻れるとは限らない。先の見えない状況がまだしばらく続くとなれば、美術館や博物館も自らのありかたを模索する必要がでてきそうです。

遠藤──いままでのやり方を変える時だと思います。これまでイベントは、展示も含めてすべてマスギャザリングで、みんなに同じ体験を届けることを考えていた。でも今後は、みんなが違う体験をする方向にいくのではないか。たとえば解説をじっくり読む人には、次の部屋ではより深い体験を届けるといったような、パーソナライズした同時多接続の空間をシステムから考える時代が来ています。バーチャルとリアルの先鋭化が進む今後について、まさに研究会的なことをやっているところです。

──リアルな体験がますます貴重なものになっていきそうです。

遠藤──年に一度、寿司屋のカウンターいけるかな、みたいな感覚がリアルになっていくんじゃないかな。僕自身も、自分の仕事の多くがバーチャルとの境界に移行してきていて、リアル空間をつくるスキルで3DCGも扱い始めてます。
さらに、来年は未来館の館長が変わるんです。次は視覚に障害のある方★6で、展示はオーディオビジュアルが多いのにどうするの? っていうのもある。そこでもやっぱり再現性を標準化しない方向に解答があると思います。ハンディキャップも能力も得るものも人によって異なる、そうしたまだらなあり方がダイバーシティであって、均質性の先に進むことができる。
こんなふうに考えることはいっぱいある。コロナでどんどん仕事がなくなって大変なことになっているけど、実は社会が変わるということは新しい仕事がどんどん増えているっていうことなんですよね。

──そう聞くと心強いですね。最後に、遠藤さんみたいな仕事に就きたい人へアドバイスはありますか?

遠藤──なんでもいいから専門的なことをひとつは没入してやったほうがいい。すると、違うジャンルでその経験が生きることもあるし、発見も増えます。科学館は社会科学の領域に出ていかなくちゃいけないし、美術館は科学的なものをもっと扱わなければならない。未来館のキュレーターは実は文系出身が多いんです。文系と理系がそれぞれの専門性をいかして一緒にやらないと、現代の社会というものに触れることはできない。

──未来館は未来を考える場所だから。

遠藤──読めない未来に対してマインドセットと体力と知力をつける場所ですからね。見通せない状況を喜ぶ。だって、見えてる状況ってディストピアしかないでしょ。10年後がどうなってるかわからないなんてすばらしい! ってね。
僕は仮に未来館をPCRセンターにしたらどうなるかなって思ったことがあるんです。来館者は全員PCR検査を通す。そうしたら検温より精度は上ですし、館内はより安全になりますよね。自分の身体を通して科学リテラシーもあがるし、データ収集にも役立つし、科学コミュニケーションを行なう場としての意義がすごく出る。でも、コスト面や検査時間の課題、さらにスタッフが毎日PCR検査受けないといけなくなっちゃったら大変(笑)。
とまあ、日々そんなことを考えては周囲にワーワー言うのが僕の仕事です。



今年8月に公開されたイベント「ひらめきの庭」準備中の会場


遠藤氏の現場のデスク

(2020年7月29日取材)

★1──2017年6月3日に日本科学未来館のシンボル展示「ジオ・コスモス」のもとでのDJによる音楽イベント、ドームシアターでVRゲームを100人で同時に体験するイベントが開催された。
★2──2014年から3年に一度開催されている、世界各地の科学館ネットワークから関係者が集まる国際会議。第二回目が2017年11月15日(水)~17日(金)に日本科学未来館で開催された。https://scws2017.org/jp/
★3──2019年3月23日、24日、30日にワークショップが行なわれ、同年10月から展示が公開中。https://www.miraikan.jst.go.jp/sp/visionaries/
★4──「感染拡大防止への取り組み」(日本科学館ホームページ)https://www.miraikan.jst.go.jp/aboutus/response-to-covid-19/index.html で、「自らが思考し立案・実施するための 再開館に向けたCOVID-19対策ガイドライン」(2020年5月26日公開)と「日本科学未来館 COVID-19 対策マニュアル」(2020年7月22日公開)をダウンロードすることができる。
★5──SXSWは毎年3月に米国テキサス州オースティンで開催されている世界最大のインタラクティブ(IT)・音楽・映画の祭典。スタートアップ企業の登竜門でもある。2020年は3月13~22日に開催が予定されていたが、3月6日、新型コロナウイルスの感染拡大防止のため中止が発表された。主催者は参加者にオンラインでの発表をよびかけた。
★6─2021年4月1日付でIBM T.J.ワトソン研究所フェローの浅川智恵子氏が就任予定。 https://www.miraikan.jst.go.jp/news/general/202004131220.html

日本科学未来館

東京都江東区青海2-3-6

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