アート・アーカイブ探求
古賀春江《海》──空想のユートピアを超えるために「大谷省吾」
影山幸一
2012年02月15日号
近代化の反省
勘のいい人はすでに近代化の反省を始めているようだ。産業化、合理化、資本主義化へ邁進した近代化の時代を振り返り、新たな価値を創造する時代に入ってきた。私の好きな鉄道ではレトロブームだ。大正3(1914)年に創建された東京駅では、来月3月末には赤レンガの外観が姿を現わす。東武鉄道の浅草駅も今春、昭和6(1931)年開業時の姿に戻る予定だ。東京メトロ銀座線もこの春、昭和2(1927)年開業時のデザインを採用した黄色いレトロ車両をデビューさせる。またレトロは鉄道に限らず、由紀さおりの歌のリバイバルや映画『ALWAYS三丁目の夕日』シリーズのヒットなどにも表われている。
なんとなく不安感が拭えない社会的秩序が不安定な現代にとって、近過去を振り返る懐古の情が湧いてくるのは、自然な流れなのかもしれない。3.11から1年を経て、震災から復興に向けた美術とはどのようなものなのか。大正12(1923)年に起きた関東大震災の時代、美術は何をしていたか認識しておきたいと思った。なかでも注目したいのが、福島の原発事故を想起せずにはいられない古賀春江の代表作《海》(1929, 東京国立近代美術館蔵)である。不思議な赤い帽子を被り、右手の人差し指を天へ立て、左手を腰にあてて、天と地を貫くようにピンとつま先立つ。画面右側に大きく立つ女性は、ヌードではなく、靴を履いていて海へ飛び込む気配はないが水着を着て、背景とは無関係なようで、それでいて必然のようなミスマッチな魅力がある。“はるえ”と読むが男性画家である古賀が、関東大震災後6年を経て「海」というタイトルを付けて、人間と工場を対比させている。
シュルレアリスム(超現実主義)絵画やモダニズム絵画の例に取り挙げられるこの《海》について、東京国立近代美術館の主任研究員であり、近現代美術史が専門の大谷省吾氏(以下、大谷氏)に絵の見方を伺いたいと思った。