どこでもない場所
工場とモダンガールが形態のうえで相似しているという興味深い指摘がある。この相似を、大谷氏は「生産と労働(ドイツの工場)、消費と娯楽(アメリカのモダンガール)」と説明してくれた。「本来なら対立的な両者を相似関係で描くことで、古賀は両者を止揚させようとしたのではないか。あるいは対立関係を無効化させ、イデオロギー上の真空状態を発生させようとしたのではないか。それが古賀にとってのユートピアだったのかもしれない。芸術至上主義の立場をとりながら、社会に向き合わねばならないとき、いかなる表現が可能か。古賀はこの難問に対して、大衆に流布したイメージ、世界中を飛び交うイメージを編集し、イデオロギーの無化された一種のユートピアをキャンバス上に出現させた。どこでもありながら、どこでもない場所。そう、ユートピアとは語源からして〔どこでもない場所〕だったではないか」(『現代の眼』No.588)。
古賀春江は、われわれが近代をレトロととらえる感性をロマンチシズムに留めることを許していない。森羅万象が生まれる《海》の中心には何も描いていない。無である。飛行船や潜水艦、鳥や魚が向かうエネルギーは収束している。《海》は一見明るく調和のとれた文明讃歌であるが、人間の生を問う古賀からのメッセージでもあろう。自由で創造的な人間になれるか、空想のユートピアを超えるために《海》は輝いている。
主な日本の画家年表
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大谷省吾(おおたに・しょうご)
東京国立近代美術館主任研究員、企画展室長。1969年茨城県生まれ。1992年筑波大学芸術専門学群芸術学専攻卒業、1994年同大学大学院博士課程芸術学研究科中退。1994年東京国立近代美術館研究員を経て現職。専門:近現代美術。所属学会:美術史学会、明治美術学会。主な受賞:倫雅美術奨励賞(2004, 『地平線の夢 昭和10年代の幻想絵画』)。主な編著書:『コレクション・日本シュールレアリスム(10) 阿部金剛・イリュージョンの歩行者』(本の友社, 1999)、『クラシックモダン──1930年代日本の芸術』(せりか書房, 2004)。主な展覧会企画:「理智と幻想のシュルレアリスト 北脇昇展」(1997)、「地平線の夢 昭和10年代の幻想絵画展」(2003)、「生誕100年 靉光展」(2007)、「河口龍夫展 言葉・時間・生命」(2009)、「麻生三郎展」(2010)、「生誕100年 岡本太郎展」(2011)など。
古賀春江(こが・はるえ)
大正期の洋画家。1895〜1933。福岡県久留米市にある浄土宗善福寺の長男として生まれる。幼名は亀雄(よしお)。二十歳のときに僧籍に入り良昌(りょうしょう)と改名、その際に呼び名を春江とする。17歳で上京、太平洋画会研究所に入り、日本水彩画研究所では石井柏亭に師事。1917年二科展で《鶏小屋》が初入選、22年《埋葬》で二科賞受賞し、注目を集める。同年、前衛絵画の活動団体「アクション」結成。大正末(1926)ごろからクレーの影響が見られ、フランスの詩人アンドレ・ブルトンの「シュルレアリスム宣言」に傾倒。作品は多彩だが総じて詩情と幻想性がある。日本の初期シュルレアリスムの代表的な画家。晩年は作家川端康成と親交。梅毒による進行麻痺で、38歳で早世。《サーカスの景》が絶筆となった。代表作に《海》《窓外の化粧》など。
デジタル画像のメタデータ
タイトル:海。作者:影山幸一。主題:日本の絵画。内容記述:古賀春江, 1929年制作, 130.0×162.5cm, キャンバス・油彩。公開者:(株)DNPアートコミュニケーションズ。寄与者:東京国立近代美術館/(株)DNPアートコミュニケーションズ。日付:2012.2.9。資源タイプ:イメージ。フォーマット:Photoshop, 30.0MB。資源識別子:TIFF(4151_古賀春江_海), 8bit, 50.5MB。情報源:東京国立近代美術館。言語:日本語。体系時間的・空間的範囲:─。権利関係:東京国立近代美術館
【画像製作レポート】
《海》は、東京国立近代美術館が所蔵。電話で写真借用の旨を伝えると東京国立近代美術館より、申請について書かれた用紙「特別観覧許可願と手続き等の諸注意」6枚と「写真掲載届けにつきまして」3枚が即Faxされてきた。この内の「特別観覧許可願」と「誓約書」に写真借用に関する必要事項を記入・押印し、企画書を添えて東京国立近代美術館へ郵送。毎週木曜が締め切りで、決裁はその1週間後。書類に不備などがあれば再度やり直し。今回は無事に決裁がおり、申請から1週間後にFaxにて「特別観覧許可のお知らせ」の通知が届いた。電話で受け取りに行く時刻を打ち合わせ、直接東京国立近代美術館に行く。通用口でバッジをもらい4階の普及係で「特別観覧許可書」を受け取り、作品の画像代金5,250円を支払う。その後普及係の案内により3階の美術課まで移動し、「特別観覧許可書」と「USBメモリ4GB」を提示。USBメモリに《海》の画像データ(TIFF, 50.5MB)を入れてもらい終了。返却は不要。
iMacの21インチモニターをEye-One Display2(X-Rite)によって調整後、モニター表示のカラーガイドと作品の画像に写っているカラーガイドを目安に、目視により色を合わせ、反時計回りに1度回転させ作品の縁に合わせて切り抜く。モニター表示のカラーガイド(Kodak Color Separation Guide and Gray Scale Q-13)は事前にスキャニング(brother MyMiO MFC-620CLN, 8bit, 600dpi)。画像データは30.0MB・Photoshop形式に保存した。
画像データは、ポジフィルムに付着した汚れがそのままデジタル化されたのか、ポジフィルムの劣化なのか、近代の作品だが汚れが目につくデータだった。東京国立近代美術館設立60周年にあたり、日本の美術家一覧データベースの構築や、新規に全所蔵作品のデジタル撮影を行ない、著作権の切れた作品だけでも、ホームページから画像をダウンロード頒布するシステム構築を先導してもらいたい。「特別観覧許可願」の仕組みは、スピードや労力の点から時代の要求に適応しているとはいえないだろう。
またセキュリティーを考慮して画像には電子透かし「Digimarc」を埋め込み、高解像度画像高速表示Flashデータ「ZOOFLA」によってコピー防止をしつつ、拡大表示もできるようにしている。
[2021年4月、Flashのサポート終了にともない高解像度画像高速表示データ「ZOOFLA for HTML5」に変換しました]
参考文献
『三彩』No.339, 特集 古賀春江, 1975.11.1, 三彩社
図録『古賀春江回顧展』1975.11.8, 福岡県文化会館
古川智次 編『近代の美術』第36号 古賀春江, 1976.9.1, 至文堂
図録『北九州市立美術館常設展 古賀春江資料展』1976.6.26, 北九州市立美術館
図録『古賀春江──前衛画家の歩み』1986, 石橋財団石橋美術館・石橋財団ブリヂストン美術館
図録『古賀春江──創作のプロセス』1991, 東京国立近代美術館
図録『東京国立近代美術館所蔵 近代洋画の名作』1991, 日本経済新聞社
L・モホリ=ナギ 著・利光 功 訳『絵画・写真・映画〈バウハウス叢書8〉』1993.7.10, 中央公論美術出版
速水 豊「古賀春江の超現実主義絵画と同時代のイメージ」『美術史』第137冊, pp.116-132, 1995.3.5, 便利堂
大谷省吾「超現実主義と機械主義のはざまで──古賀春江、阿部金剛、東郷青児」『筑波大学芸術学研究誌 藝叢』第11号, pp.101-132, 1995.3.25, 筑波大学芸術学系芸術学研究室
『東京国立近代美術館 ギャラリー・ガイド 近代日本美術の名作』1997, 東京国立近代美術館
図録『「モボ・モガ 1910-1935」展』1998, 神奈川県立近代美術館
五十殿利治『大正期新興美術運動の研究』1998.6.1, スカイドア
図録『日本の前衛──Art into Life 1900-1940』1999, 京都国立近代美術館
大谷省吾『東京国立近代美術館 連続講座 近代日本美術の流れ 3 昭和戦前期の美術──伝統と近代の葛藤』1999.3.31, 東京国立近代美術館
大谷省吾「[研究ノート]古賀春江とバウハウス──デザインの視点から」『現代の眼』No.519, pp.13-14, 1999.12.1, 東京国立近代美術館
松本 透「序 近代、あるいは二十世紀の名作について」『東京国立近代美術館蔵 近代の名作 日本画・洋画・版画・彫刻』図録, pp.9-11, 2000, 東京国立近代美術館
速水 豊『コレクション・日本シュールレアリスム⑨ 古賀春江・都市モダニズムの幻想』2000.6.10, 本の友社
大谷省吾「[研究ノート]古賀春江《海》のモダンガール」『現代の眼』No.524, pp.12-13, 2000.10.1, 東京国立近代美術館
図録『特集展示 古賀春江 創作の原点 作品と資料でさぐる』2001, 石橋財団ブリヂストン美術館・石橋財団石橋美術館
『東京国立近代美術館 ギャラリーガイド近代日本美術のあゆみ』2002, 東京国立近代美術館
大谷省吾「[作品研究]古賀春江《海》のモダンガール、再考」『現代の眼』No.533, pp.12-13, 2002.4.1, 東京国立近代美術館
図録『地平線の夢──昭和10年代の幻想絵画』2003, 東京国立近代美術館
古賀春江『写実と空想』(オンデマンド版)2004.5.19, 中央公論美術出版
『東京国立近代美術館所蔵名品選 20世紀の絵画』2005.3.29, 東京国立近代美術館・光村推古書院
大谷省吾「美術におけるアヴァンギャルド──研究の現況と展望──」『日本近代文学』第74集, pp.377-380, 2006.5.15, 日本近代文学会
長田謙一「古賀春江〔海〕(一九二九)と〈溶ける魚〉──プロレタリア美術/マックス・エルンスト/バウハウスと転回する〔機械主義〕──」『美學』第57巻2号(226号), pp.29-42, 2006.9.30, 美学会
谷口英理「前衛絵画と機械的視覚メディア──古賀春江から瑛九へ──」『近代画説』第15号, pp.78-99, 2006.12.16, 明治美術学会
速水 豊『シュルレアリスム絵画と日本 イメージの受容と創造』2009.5.30, 日本放送出版協会
図録『新しい神話がはじまる。古賀春江の全貌』2010, 東京新聞
Webサイト:マジックトレイン:MTスタジオ「magictrain.biz website design」2010.5.30「古賀春江〔海〕」(http://www.magictrain.biz/wp/?p=1783)2012.2.6
酒井 健『シュルレアリスム 終わりなき革命』2011.1.25, 中央公論新社
大谷省吾「[作品研究]古賀春江の《海》はどこの海?」『現代の眼』No.588, pp.11-12, 2011.6.1, 東京国立近代美術館
倉数 茂『私自身であろうとする衝動──関東大震災から大戦前夜における芸術運動とコミュニティ』2011.9.1, 以文社
2012年2月