アート・アーカイブ探求
上村松園《春芳》──光明の香り「山崎妙子」
影山幸一
2013年04月15日号
【春芳の見方】
(1)モチーフ
女性、梅。可憐でありながらも豊かな香りで春を告げる梅と、人生の春を思わせる上品な若い女性の取り合わせを松園は好んでいた。
(2)タイトル
春芳(しゅんぽう)。英語のタイトルはFragrance of Spring。
(3)制作年
1940(昭和15)年。第二次世界大戦開戦の翌年、松園65歳の作。
(4)画材
絹本彩色、軸一幅。絵具は岩絵具。上着の白緑(びゃくろく)は、緑青(ろくしょう)の原料と同じく孔雀石(くじゃくせき)をさらに細かく砕いた淡い緑色の絵具。いわば宝石を砕いてつくった粉の絵具。髪は墨、帯の金は金泥、梅の花や肌の白などは胡粉。掛軸の一文字(本紙の上下に配する細長い裂〔きれ〕)と風帯には、辻が花風の裂。松園は作品の装いにも工夫を凝らした(図参照)。
(5)サイズ
縦71.5×横86.8cm。古美術商・本山幽篁堂の展示会に出品。
(6)構図
余白の広い簡潔な構図は伝統的な日本画の特徴。余白には見る側の想像を喚起させる効果がある。また横長の画面で袖を口元にあてがう上半身斜めのポーズは、《美人観書》(1938)、《わか葉の頃》(1939)、《春》(1940)、《つれづれ》(1941)にも見られひとつの“型”を成す。
(7)色彩
美しく上品な色彩が、全体を調和させており、袖口からわずかに覗くアクセントの赤、髪の黒が品位を高めている。
(8)技法
柔軟な無駄のない線描と典雅な彩色の巧み。着物の流れるような線や髪の毛の細い墨線、色彩の中に融け込むような輪郭線、たらし込み
(9)落款
「松園」の署名、「松園女史」の朱文方印。画面の左上に配置することで絵全体を引き締めている。
(10)鑑賞のポイント
江戸中期の明和頃に思いを馳せた、芳しい白梅の枝の前に佇む武家の令嬢か若い奥方の気品あふれる姿。鹿の子絞りの着物に小六染(ころくぞめ)の帯、青磁色の羽織。髪は、かもめ髱(づと)の元禄勝山(かつやま)に、段染めの水引元結(もとゆい)を結び、チリ除けとして絹のきれを前髪にかけ、べっ甲製の薄手の櫛と対の笄が飾られている。髪の生え際の淡いぼかしや、丁寧に描かれた髪飾りから、松園の髷に対する関心の高さが窺える。小袖に見られる松に藤の文様は、金糸の刺繍や絞りといった実際の染織技法を研究して立体的に描写され、白い長襦袢の襟は、白い絵具を用いて文様が描かれている。日本画は素材感など実物を見ると発見することが多い。手を袖の中に入れる仕草に、春まだ浅い冷たい空気が感じられ、みずみずしい。2012年10月国際文通週間の記念切手にもなった作品。