アート・アーカイブ探求
呉春《白梅図屏風》変容にみる暗香の余情──「冷泉為人」
影山幸一
2013年05月15日号
蒼い屏風
色むらのある蒼い画面の屏風が長い間記憶に残っていた。剪定をし忘れたような野趣のある不思議な枝ぶりの梅の絵だ。力強い金屏風とは真逆の、内向性を秘めた深遠な白梅の花は、月夜の風情か。無音の宇宙をイメージするメタリックな冷たさや、長谷川等伯の《松林図屏風》にみる余情の空気感もある。月光の下、青白い大気に咲く白い小花は、天空に輝く星のようで生命感があり古さを感じさせない。いまから200年ほど前、江戸時代に描かれた呉春の代表作《白梅図屏風》(逸翁美術館蔵)である。
初めて知った絵師だった。縦縞にも市松模様にも見えるブルーグレーの見慣れない色をした屏風。『聚美(しゅうび)』という美術雑誌の創刊号に50ページにおよぶ「呉春の生涯と芸術」を寄稿していた冷泉為人(れいぜいためひと)氏(以下、冷泉氏)に、呉春について是非その芸術世界を伺いたいと思った。
冷泉氏は日本近世絵画史が専門で江戸時代の安永・天明期(1772-1789)の京都画壇の研究者である。現在は公益財団法人冷泉家時雨亭文庫の理事長という重職も併せ持っている。冷泉家は平安末期の歌人・藤原俊成、定家父子を祖先に持つ和歌の家であり、京都御苑に隣接する重要文化財「冷泉家住宅」は現存する唯一の公家屋敷として知られ、八百年におよぶ冷泉家伝来の典籍や古文書類を中心に伝統文化の継承と、新しい文化の形成に寄与している。呉春と歌は関係があるのだろうか。