3つの時代
国吉の作品の特徴は、3つの時代によって区分できる。国吉がデビューしたころの作品は、アメリカ人の目にユーモラスに映ったが、次第にヨーロッパ美術に対抗できる、アメリカ独自の非セザンヌ的具象絵画として評価されていった。1922年から28年までの第一期は「夢の時代」と呼ばれ、この頃のモチーフは、牛、鶏、子ども、女でプリミティブな様式でありながら陰険な空気が漂う暗さがある。国吉が「理想を忘れた時代」と言った1929年から38年の第二期は、女性、静物、風景を描いている。現実の世界から真実をつかもうと、日常使われていた生活用品が椅子やベッドの上に並べられ、自己を見つめる姿が浮かぶ。モデルを対象に女性像を描き始めたのはこの頃。1939年以降の第三期は、女性像は残るが静物画の延長線上として展開し、人間の生存への慈しみが表現されてくる。
国吉がモデルに選ぶ女性は、カフェやサーカスで働く女性や踊り子など、肉体を使って働く女性に限られ、日本の女性は描かなかった。モデルを前にデッサンした後はモデルを置かず、感情や記憶、体験的に知っていることのすべてを重ね合わせ、特定の女性の肖像ではない「ユニヴァーサル・ウーマン(普遍的女性)」を描いた。
断定と闘う場
大恐慌が起こった1929年ニューヨーク近代美術館の開館まもなく「19人の現代アメリカ画家展」が開催された。ライオネル・ファイニンガー、エドワード・ホッパー、ジュージア・オキーフ、ジュール・パスキンらとともに国吉は選ばれた。戦後、1948年にはホイットニー美術館が現存作家で初の個展に国吉を選び、1952年にはヴェネチア・ビエンナーレのアメリカ代表に、アレキサンダー・コールダー、エドワード・ホッパー、ステュアート・デイビスとともに選出された。1953(昭和28)年日本での回顧展の準備をしている最中、胃癌で死亡。63歳だった。市民権を有さないアメリカ人として、いのちの存在を情感豊かに表現、日本国籍のまま生涯を終えている。
アメリカで成功した日本人最初の画家、クニヨシ。2015年にはアメリカのスミソニアン・アメリカン・アート・ミュージアムで回顧展が予定され、国吉の映画化も進められていると聞く。国吉にとって絵画とは、断定することを否定するための闘いの場であった、と市川氏は述べている。断定は停滞を、死を意味した。国吉の普遍性を支えたものは、歩き続けること。生と歩調を合わせることでしか生を理解することはできない。日本を越え、アメリカを越え、個別的なものを捨て、芸術の普遍性を信じた国吉の作品は、生とは何かを振り返させる。
主な日本の画家年表
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市川政憲(いちかわ・まさのり)
茨城県近代美術館館長。1946年東京生まれ。1971年東京大学文学部美術史学科卒業。同年東京国立近代美術館学芸員、その後副館長、2004年愛知県美術館館長を経て、2007年より現職。主な展覧会企画:「フランシス・ベーコン展」(1983)、「今日の作家 若林奮展」(1987)、「青木繁と近代日本のロマンティシズム展」(2003)、「国吉康雄展 アメリカと日本、ふたつの世界のあいだで」(2004)、「桑山忠明 ワンルームプロジェクト2006」(2006)、「眼をとじて─“見ること”の現在」(2009)、「耳をすまして─美術と音楽の交差点」(2011)など。
国吉康雄(くによし・やすお)
画家。1889─1953。1889年人力車夫の頭だった父宇吉、母以豊の長男として岡山市中出石町(現・岡山市北区出石町)に生まれた。1906年渡米。カナダのバンクーバーに上陸、シアトル、ロサンジェルスと移り、働きながら美術学校で学ぶ。1910年ニューヨークへ移り、1916年からアート・スチューデンツ・リーグで写実の画家ケネス・ヘイズ・ミラーに師事。1922年ニューヨーク市のダニエル画廊で初個展。1925年と28年に渡欧し、エコール・ド・パリのパスキンらに出会う。1929年ニューヨーク近代美術館の「19人の現代アメリカ作家絵画展」に選出。1931年一時帰国。1933年アート・スチューデンツ・リーグ教授。1938年アメリカ美術家会議副議長。1939年アン・アメリカン・グループ会長。1941年真珠湾奇襲による「敵性外国人」としてカメラ没収。1944年カーネギー・インスティチュート主催の「合衆国の絵画 1944」展で《110号室》が一等賞受賞。1948年ホイットニー美術館で回顧展。1952年第26回ヴェネチア・ビエンナーレ展にアメリカ代表作家のひとりに選ばれる。1953年胃癌のため死去、63歳。代表作は《誰かが私のポスターを破った》《フルーツを盗む少年》《幸福の島》《ゴルフをする自画像》《デイリー・ニューズ》《私は疲れた》《牛乳列車》《二つの世界の間》《跳び上がろうとする頭のない馬》《祭りは終わった》《ミスター・エース》など。
デジタル画像のメタデータ
タイトル:誰かが私のポスターを破った。作者:影山幸一。主題:日本の絵画。内容記述:国吉康雄, 1943年, キャンバス・油彩, 117.0×66.5cm, 個人蔵。公開者:(株)DNPアートコミュニケーションズ。寄与者:個人, 東京国立近代美術館, (株)DNPアートコミュニケーションズ。日付:─。資源タイプ:イメージ。フォーマット:Photoshop, 56.4MB(16bit, RGB)。資源識別子:「特別観覧43」3594_国吉康雄_誰かが私のポスターを破った_※寄託作品.tif(RGB/16), 101.2MB, 1000dpi。情報源:東京国立近代美術館。言語:日本語。体系時間的・空間的範囲:─。権利関係:個人, 東京国立近代美術館。
【画像製作レポート】
《誰かが私のポスターを破った》は個人蔵である。作品は東京国立近代美術館(以下、東近美)に寄託されている。東近美へ電話し、東近美が作品の所有者である個人へ画像貸出の許諾を得てから、「特別観覧許可書」の発行手続きに入ることとなった。東近美指定の用紙をホームページからダウンロードし、企画書を添えて郵送。申請後約3週間で許可が下りた。東近美の普及担当へ電話、画像の受取り日時を決定。101.2MBのTIFF画像(「特別観覧43」3594)、カラーガイド・グレースケール付き、\1, 050。
iMacの21インチモニターをEye-One Display2(X-Rite)によって調整後、画像の色調整作業に入る。画面に表示したカラーガイドと作品の画像に写っているカラーガイド・グレースケールを参照しながら、目視により色を調整、縁に合わせて切り抜く。Photoshop形式:56.4MB(16bit, RGB)に保存。モニター表示のカラーガイド(Kodak Color Separation Guide and Gray Scale Q-13)は事前にスキャニング(brother MyMiO MFC-620CLN, 8bit, 600dpi)。セキュリティーを考慮し、画像には電子透かし「Digimarc」を埋め込み、高解像度画像高速表示Flashデータ「ZOOFLA」によって、コピー防止と拡大表示ができるようにしている。
個人蔵の作品の場合、画像貸出依頼について、まずどこに依頼すれば良いのか探すことから始める必要がある。寄託先の美術館名が図録などに掲載されていることは少なく、掲載されていても個人情報保護法により個人と連絡が取り難い状況である。今回作品画像は、あらかじめ画質・画像サイズなどを確かめられないまま提供された一点を利用。画像貸借のオープンで利便性の高いプラットフォームの構築を期待したい。
[2021年4月、Flashのサポート終了にともない高解像度画像高速表示データ「ZOOFLA for HTML5」に変換しました]
参考文献
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富山秀男「《特別記事》国吉康雄 冒険者「クニヨシ」の軌跡」『美術手帖』No.343, pp.178-185, 1971.6.1, 美術出版社
小沢善雄「《特別記事》国吉康雄 異国に捧げた波乱の生涯」『美術手帖』No.343, pp.186-191, 1971.6.1, 美術出版社
富山秀男 編著『日本の名画41 国吉康雄』1974.6.20, 講談社
酒井忠康「雑感 国吉康雄」『三彩』No.321, pp.64-68, 1974.8.1, 三彩社
小沢善雄『〈評伝〉国吉康雄』1974.11.10, 新潮社
矢口国夫「国吉芸術とその精神的基盤─国吉康雄メモ─」『三彩』No.337, pp.27-30, 1975.9.1, 三彩社
小倉忠夫「特集=国吉康雄─郷愁のエトランジェ 引き裂かれた郷愁──国吉の苦難と栄光」『美術手帖』No.399, pp.30-43, 1975.10.1, 美術出版社
村木 明「ヤスオ・クニヨシ 祖国喪失と望郷」『みづゑ』No.847, pp.21-27, 1975.10, 美術出版社
村木 明・匠 秀夫『現代日本の美術 第8巻 国吉康雄/三岸好太郎』谷川徹三・河北倫明 監修, 座右宝刊行会編, 1976.1.25, 集英社
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2013年7月