2019年09月15日号
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アート・アーカイブ探求

北城貴子《Reflection─muison-so─》──光に溶け込むただならぬ気配「柳沢秀行」

影山幸一

2014年04月15日号


北城貴子《Reflection─muison-so─》2006年, 194.0×259.0cm, キャンバス・油彩, 大原美術館蔵
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光の皮膚感覚

 絵画史としては表現しつくされていると思われる風景画をいま、この時代になぜ描くのだろう、と気になっていた画家がいる。日本全国の美術館学芸員、美術評論家、ジャーナリストなどから推薦された40歳以下を対象にした作家による平面作品が年に一度上野の森美術館に集うVOCA展。現代絵画の新作を一堂に展覧するこのVOCA展で北城(ほうじょう)貴子の作品を見ていた。そしていま、桜が咲く季節に個展が始まると聞いた。東京・代官山のアートフロントギャラリーで個展「浸透する光」(3/28 〜4/20)を開催している。北城の新作には華やかな満開の桜があった。個展の初日で会場に来ていた北城に何をテーマに描いているのか尋ねてみた。しっかりと質問を受け止めながら北城は考えて答えてくれた。「テーマは光であり、描くときには光を感じている」と言った。しかもそれは視覚的なものではなく、皮膚感覚を伴い全身で光を受け止めていると言うのだ。日向ぼっこの感覚ならわかるが、光の感触とは何だろう。光の体験が北城の絵画を生み出している。だとすれば、日常とは異なる環境で集中的に光と取り組んだ痕跡としての作品がある。《Reflection─muison-so─》(大原美術館蔵)だ。2006年に北城が岡山県倉敷市で制作した大原美術館でのアーティスト・イン・レジデンス事業ARKO(Artist in Residence Kurashiki,Ohara)の成果である。偶然にも大原美術館で開催中の「まだまだすごいぞ!大原美術館」展(1/28〜4/6)に、その作品が展示されているという。意を決して見に行った。岡山は晴天だった。

抜群に描ける

 《Reflection─muison-so─》は大きな風景画だ。堂々とした迫力のある写実的な絵画だが、数点の抽象画を集合させたような描き方をしていた。小柄な北城の強い意欲が表われているように感じられる。絵具は薄く塗られていたり、平らに伸ばされたり、重ねられたり、盛り上げられたりし、スピード感をもって的確に光を表わしていた。また画面の空間、日陰の黒々とした濃度、所々に表われる荒々しい筆触も相まって神秘性を醸し出している。光を感じて描くとこうなるのかと関心し、作品の前に立つと幻想的な光に包まれた。
 この《Reflection─muison-so─》について、大原美術館の学芸課長であり、プログラムコーディネーターの柳沢秀行氏(以下、柳沢氏)に話を伺いたいと思っていた。柳沢氏は、「ARKO2006」で北城を2カ月間サポートし、《Reflection─muison-so─》の制作過程をずっと見守っていた伴走者である。多忙のなかであったが話を伺うことができた。
 柳沢氏は、岡山県立美術館を経て、2002年より大原美術館に勤務している。研究論文「松本竣介『都会シリーズ』考察」を書くなど、日本の近現代美術史が専門である。1967年に埼玉県熊谷市に生まれ、筑波大学芸術専門学群を卒業した柳沢氏にとって、岡山県は雪舟や浦上玉堂、竹久夢二、小野竹喬、国吉康雄など、多くの画家を輩出した魅力的な県だと言う。「VOCA展2004」に北城を推薦した柳沢氏は、岡山市にあるエスプリ・ヌーボーギャラリーで北城の作品と出会っていた。北城のドローイング作品も多数見ており、柳沢氏は北城を抜群に描ける作家と感じていたそうだ。


柳沢秀行氏

  • 北城貴子《Reflection─muison-so─》──光に溶け込むただならぬ気配「柳沢秀行」

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