展示の現場
音響による空間構成──池田亮司「+/−[the infinite between 0 and 1]」展
金子智太郎2009年04月15日号
アーティストやアートを裏側でサポートして、展示現場で活躍する人々を紹介してきた「展示の現場」シリーズの番外編として、今回は音響を取り上げる。近年、美術館やギャラリーで音を扱う作品、いわゆるサウンド・アートに出会う機会も増えている。しかし、展示施工や照明と異なり、ほとんどの美術館やギャラリーにはそもそも音響設備が乏しく、アーティスト自身が一から構成することが多いのが現状である。そのため、音響設営と具現化される個々の作品のあいだには強い結びつきがある。 東京都現代美術館で4月2日から6月21日まで開催される池田亮司「+/−[the infinite between 0 and 1]」展は、同美術館の歴史のなかでもっとも音響を重視した個展となったと言ってよいだろう。池田は1ピクセルの光、純粋なサイン波の構成を通じて、「データ」「無限」「崇高なもの」といった感覚不可能なものに接近しようとする。では、特に音響の施工は作品にどのような効果をもたらしているのだろうか。チーフキュレーターとして展示に深く関わった長谷川祐子氏に話を伺った。
シンメトリカルな音響
「+/−」と題された展示全体は鋭い感覚的なシンメトリーに貫かれている。展示を構成する二つのフロアは一見したところ同型である。ひとつのフロアはL字型の広いホールと二つの小部屋からなり、そこに置かれた作品の位置も両フロアに共通性が見られる。1階は黒いマットが床に敷かれ、闇に閉ざされたダークルームであり、緻密にプログラムされた映像が壁面を白く照らしている。地下2階は白いマットを敷いたホワイトキューブであり、そのなかに黒一色の平面作品や巨大なスピーカーが並べられている。
1階では、並置された映像《data.matrix [n°1-10]》と巨大な映像《data.tron [3 SXGA+ version]》のそれぞれに据えつけられたスピーカーが電子音を発している。すべての音が9分周期で同期するようプログラムされている。地下2階では、5機の超指向性パラボラ型スピーカーによるインスタレーション《matrix [5ch version]》が、サイン波をぶつかり合わせて空間に音場を形成している。鑑賞者が二つのスピーカーから伸びる直線の交点に立つと、サイン波が衝突して生じたクリック音が聞こえてくる。
長谷川は視覚的にだけでなく、聴覚的にも上下のフロアが対照的であると指摘する。「1階の映像はダイヤグラム、リズム、パターンが重視され、池田のコンポジションの技法をよく見せています。音楽を聴くように時間的感覚が喚起され、圧倒的な無限、ある意味でユニヴァース的なものがあります。地下では音が干渉して、それぞれの人がポジションによってまったく異なる音を聞きます。その体験はインディヴィジュアルなものです」長谷川は二つの聴覚体験の違いを「ブラックアウト」と「ホワイトアウト」と表現した。どちらも鑑賞者の身体が空間に溶解していく体験だが、前者では「身体が外のものに取り込まれ」、後者では「身体内部が外に表出していく」のだという。対比されているのはメロディーやリズムのような音楽的要素ではない。むしろ音の二つの空間的配置、音の身体に対する二つの作用の間に対比があるということだ。この対比が上下階の光の対比(ブラックアウトとホワイトアウト)に重ねられている。
さらに、光と音の対比が展示全体にもたらす効果についても長谷川は説明してくれた。例えば地下2階のL字型ホールに入るとまず平面作品、白地に白い数字が記された《the transcendental (e) [n°2-b]》と、黒地に黒い数字の《the irreducible [n°1-10]》が壁面に並んで見える。10枚の黒い平面の前を通過して、L字の角を曲がると、5機のスピーカーが設置されている。長谷川の解釈では、マレーヴィッチを思わせる「フォーマリスティックな」黒色の平面作品から、黒色のスピーカーへ、そして構成された音場へと、鑑賞者は誘導されていく。そして、鑑賞者は1階とは対照的な聴かれる場所に応じてはっきりと異なる音のあり方と、造形芸術の関係を意識することになる。会場のL字型を活かした曲がり角で遮られる視覚と遮られない音の関係が、作品の個性を際立たせているということだろう。