紡がれた景色

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「weavingscapes―紡景」展のオープニングへ行ってきました。同展は、秋吉台国際芸術村で滞在制作を行った3人の美術家たちの成果発表展です(3月7日-17日)。

芸術村の滞在制作事業は、1998年の設立以来、毎年開催されています。今年度は49カ国185組の応募の中から、タイ出身のジャクラワル・ニルサムロン、アメリカ出身のアマンダ・J・ヒル、そして柳本明子さんの3人が選ばれました。

ニルサムロン―本人から聞き取った発音は「ジャッカーワン・ニータムロン」でした―は、《人と重力(Man and Gravity)》(約22分)という神話的な映像作品を完成させました。「人と重力」は、すでにタイ編が完成しており、今回の秋吉台編制作後も撮影を続け、シリーズ化する予定だそうです。会場ではタイ編と秋吉台編の2本を見比べることができます。
タイ編では、ゴミ集めを仕事としている男が、大きなゴミの山をバイクの脇に繋いで荒野を運んでいく様子が、淡々と、ロード・ムービー風に描写されます。
秋吉台編では、自分よりも巨大な鈴を引きずって歩く男が、森の中で女性の話を聞いたり、自分よりも年老いた息子と対話します。自分より年老いた息子という設定は、物質世界ではありえない設定ですが、「精神世界では可能」というのがニータムロンの考えで、カルマ(業)や輪廻転生について考えさせる内容になっています。3人の登場人物は、いずれも地元の人にお願いし、秋吉台の山焼きの光景も効果的に挿入されていました。

ヒルの作品も映像ですが、彼女は、日常生活の音に注目する作家です。山口で出会った人々に「音の日記」をつけてもらい、それらの映像と音を編集して「山口の音の風景」(約20分)を作り出しました。
梅の枝を切る音、商店街を走る自転車の音、湯田温泉の足湯の流れ出る音、そして精米所の籾殻の山が崩れてさらさらと流れ落ちる音など、山口を感じさせつつも、普段気づかない、あるいはまったく知らないような音も含まれていて、しかもそれらが関連性や対照性を織りなすように、とてもうまく編集されていました。
昨年7月にYCAMで大友良英さんとアンサンブルを行った、石井栄一さん(自作の電子楽器を操る中学生)も参加しています。

柳本さんの作品は、透明ビニールを支持体として、パステル色の毛糸や蛍光色の細いビニール・チューブで室内風景を編み上げたものでした。
葦簀(よしず)に編み出された古い日本家屋の廊下の風景は、秋芳町のあちらこちらに置かれ、町の人々の目に触れている様子がヴィデオに記録され、上映されていました。葦簀の作品も、施設の野外劇場の舞台中央にワイヤーを使って自立するように展示されていました。
ギャラリーには、もう1点、こたつのある室内を編み出した作品が宙づりにされていました。
どちらも独特の色彩感覚で、地元の人々のお宅を訪ねて取材した室内風景をもとに構成したもので、好感の持てる作品でした。

総じて、「景色を紡ぐ」という展覧会タイトルが、とてもしっくりくる滞在制作展だったと思います。

オープニングに合わせて、あいちトリエンナーレのキュレーター・拝戸雅彦さんと、山口大学教育学部准教授で、国際美術展などでも活躍している美術家・中野良寿さん、そして3人の滞在美術家を交えたトーク・イベントも行われました。
拝戸さんは、「3人の作品は秋吉台を題材にしているが、その手法は他の地域にも応用可能で、作品のテーマにも国際性、普遍性がある」、「それぞれきちんと作り込んであって、しみじみと見ることができた」と高く評価する一方で、「東京や愛知からわざわざ人が見に来るようになるには、最低10人くらいの規模が欲しい」と建設的な注文をつけました。
中野さんは、「7年前に山口に赴任して以来、芸術村の滞在プログラムに参加したほとんどの作家と交流してきた」と自己紹介の際に語っていました。また、司会進行も務められ、1人1人の経歴や今回の滞在制作の様子について、丁寧に聞き出していました。

トーク・イベントには、14歳の石井さんから72歳のおばあさんまで、取材を受けた人や、出演した人など、さまざまなかたちで滞在制作に関わった約30名の人が集まり、熱心に話を聞いていました。毎年の作家数は少なくとも、交流の実績は着実に積み重なっている、と感じました。

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トーク・イベントの様子(左から、ジャクラワル・ニルサムロン、アマンダ・J・ヒル、柳本明子、中野良寿、拝戸雅彦の各氏) 2009年3月7日15時56分(晴れ)



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