フォーカス
「現代美術用語辞典 ver 1.0」から「Artwords(アートワード)」までの10年を振り返る
暮沢剛巳/足立元/沢山遼/成相肇
2013年01月15日号
0. イントロダクション──「美術用語辞典」への関わり
暮沢──『現代美術用語辞典』のver1.0が公開されたのは、1999年6月頃で、話をいただいたのはその1年ほど前です。その時点ではインターネット上に美術辞典は存在しなかったので、おもしろいプロジェクトになると思ってお引き受けしました。項目の選定は、既存の美術辞典や『美術手帖』の特集などから拾い、加えてできるだけタイムリーかつある程度評価の定まったものを網羅しました。第一弾が公開された時には、全項目のうち半分近くを僕が書きましたが、最終的には大学院生や若い研究者などあちこちの人に声をかけて執筆を願いしました。全体の項目数は、1999年の時点でも今と比べるとまだ足りない感じだったと思います。雑誌の特集記事と違い、辞書の場合はほんとうに最先端の動向は項目にできないので、最低限評価の定まったものに限定する必要がありましたし、また、美術だけでは項目が足りないので、建築、デザイン、映像、写真などからも拾っていき、最終的なver1.0の公開は2001年で、約750項目まで増やしたわけです。
その後いくつか他の活字媒体でもキーワード集をつくる仕事にも関わりました。公開から10年くらい経った3年ほど前に、リニューアルしたいという相談を受けました。僕はもうキーワードの仕事は今までに十分やったという実感があったし、せっかくならもっと若い人にやってもらった方が良いと思ったこともあり、自分で執筆することは辞退して、皆さんにお願いしたわけです。
新たな項目のピックアップについては、この10年間をどれほど反映するべきか、僕自身が現代美術の専門なのでもう少し古い時代や近代のことも入れるといいんじゃないかという判断もありました。結果的に1,500項目以上となり、ほぼ倍増されたわけです。
今日集まっていただいた皆さんのご紹介ですが、足立元さんは日本の近代美術が専門で、アナキズム美術などどちらかと言えば異端視、マイナーな扱いを受けているものに関心を持たれています。2012年の春に『前衛の遺伝子──アナキズムから戦後美術へ』(ブリュッケ)★1という大変充実した著作を発表されましたが、それらも話の起点にしながら、以前のバージョンと今回のバージョンで自分なりの意識的な違いなどについて話してもらえればと思います。
沢山遼さんは2009年に「レイバー・ワーク──カール・アンドレにおける制作の概念」で『美術手帖』の第14回芸術評論募集で第一席を取られました。それ以前にもお仕事をされていたと思いますが、公式にはそれがデビューで、現代美術全般をフォローしながら精力的に執筆活動をされています。個人的には、積極的にマイナーな媒体で書いている印象があります。そのような経験も踏まえて語ってほしいと思っています。
成相肇さんは府中市美術館の学芸員としてキャリアを始め、7年間勤められました。今は東京駅ステーションギャラリーに移られています。2011年末から2012年のはじめにかけて府中での集大成とも言える『石子順造的世界 美術発・マンガ経由・キッチュ行』★2という力の入った展覧会を企画されました。専門領域としては日本の戦後のアヴァンギャルドだと思いますので、やはりその立場も踏まえた発言をお願いします。三者三様、専門領域や立場が違う中で、美術の風景の見え方も違っていると思いますので、まずは旧バージョンとの差異や、その後の10年間と今について、簡単なコメントをお願いします。
足立──旧バージョンは「現代美術用語辞典」とはいいながら、欧米は20世紀の前半の項目があり、日本は20世紀の後半から始まっていて、その不平等は何だろうかと思いました。僕の場合は現代美術への関心から近代へ入っていきましたが、その中で日本のアナキズムへの関心も出てきました。そこで、辞典に載せたのは日本の現代美術に繋がり得る近代の事象が多いのですが、「文展・帝展」や「白馬会」といったオーソドックスで現代に繋がらないかもしれないものも書いています。日本近代は、それらの権威的なものへの反発も含めたアヴァンギャルド的なものによって形成されていったと考えているからです。そして「黒耀会」のような誰も知らないものも入れているのは、僕の趣味にほかならないのですが、しかし10年後に美術史が書き換えられる時にこれは大きな意味を持つのではないかと思っています。
沢山──僕が今回のアップデートの機会に主にフォローしたのはアメリカの美術です。今足立さんが言われたことと同じく、やはりこれまでの現代美術史はあまりにアメリカの戦後美術を中心にした進行してきたという反省があります。それを踏まえて、今回のアップデートでは、日本のこと、そして南米やヨーロッパの周辺国をフォローするということが主要な目論見となったわけですね。その中で僕がアメリカのことを書く際に考えたのは、自分の文章が大文字の現代美術史に対してどのように機能するのか、ということでした。アメリカ本国でも辞書のような枠組みをつくって現代美術史を整理しようという動きもあり、現在ではかなりの資料の蓄積があります。そのように、通史的に記述されてきた大文字の美術史に対して異なる視点を修正主義的に盛り込むという可能性もありましたが、「辞書」ですから、それだけでは機能しません。つまり、今回課せられた条件としては基礎的な情報を整えることと批評的にそれとは異なる観点から新たな情報を盛り込むことという、一種の二律背反があった。そのような部分が難しくもあり、おもしろかった点です。
もうひとつの試みとして、アメリカの現代美術史の中における、比較的マイナーな領域、たとえばポスト・ミニマリズムなどについて改めて検討するということがありました。しかし、その記述に関しても、これまでのように「ミニマリズムの後にポスト・ミニマリズムが出てきました」という単線的な説明ではなく、ポスト・ミニマリズムそれ自体の中に孕まれた複雑なネットワークや思想的な相関関係に配慮しなければならないと考えていました。
成相──僕は修正主義的に書いた項目が多かったと思います。旧バージョンは僕自身便利に使わせていただいていましたが、先輩方が書いたテキストの中で直しておくべき部分や、その後の研究などで新たな情報や知見が加わったものもありましたから。ただし修正ばかりではなく、旧バージョンはしばらく残されるという話も伺っていましたので、比較されることも念頭に置いて、オーソドックスな解説が旧バージョンにある場合は基礎部分にくどくど触れず、なるべく別の観点を書き入れたものもあります。完全な書き換えではなく、新旧が併存する形でウェブ上にアップされる状況はおもしろいと感じました。それから、美術館員として、美術館に関わる用語や歴史的な展覧会の情報なども意識して入れたつもりです。
暮沢──さて、そろそろ本題に入っていきたいのですが、この10年(あるいは15年ほど)をどう見るかです。便宜上、討議の進行は「インフラ編」「動向編」「批評編」という3つのテーマに分けることにしました。「インフラ編」は美術を取り巻く環境の変化、主に美術館やアートイベントなどについてですね。「動向編」は要するに「〜イズム」「〜アート」などと総称されるような運動や活動のことです。この10年でいろいろな展覧会が開かれ、多くの運動が現れては消えていきました。「批評編」は美術史や美術批評などの言説についてです。皆さんの仕事もそれに関わっていますが、3人とも旧バージョンが公開された約10年前は学生だったわけで、僕とは世代の差があります。学生であった当時から実際の現場に出てどう見えるかということをお聞きしたいと思います。旧バージョンでは欠落していた項目も、今回加えられた新しい項目などを追いながら話ができればと思っています。