フォーカス
2010年のアートシーンを振り返る
村田真/福住廉
2010年12月15日号
2010年の最後の特集として、本サイトでレビュアーを務めていただいている村田真氏と福住廉氏に今年のアートシーンを振り返ってもらいました。美術作家、展覧会、美術館、キュレーター、書籍から見えてくる2010年の姿とは?
老人力の台頭
2010年最後のフォーカスということで、展覧会/個展/作家などのトピックをあげながら今年一年間の美術の動向を振り返っていただきたいと思います。artscapeは全国誌ですので、あいちトリエンナーレや、瀬戸内国際芸術祭2010といった地方のアートプロジェクトや、美術館外で起きたアートの動向についてもご意見をうかがいたいです。また、お二人はご執筆だけでなくBankART schoolなどで講師としてもご活躍ですので、すこし角度を変えたところからもお話いただければと思っています。
まず、2010年にartscapeで取り上げていただいた展覧会や作家のなかではどのようなものがとくに印象に残っていますか。
福住廉──今年、artscapeに寄稿したレビューのタイトル一覧を見直してみると、年配のアーティストの活躍が目立った年だったなという印象があります。まずは、銀座のギャラリー58で開催された「前衛★R70展」。タイトルが示しているように、70歳未満出品不可という展覧会で、かつて「前衛」や「アヴァンギャルド」を自認していた現存作家を集めた企画展です。赤瀬川原平をはじめ、秋山祐徳太子、池田龍雄、田中信太郎、中村宏、吉野辰海がそれぞれ新作を発表しました。このうち池田龍雄は、今夏、山梨県立美術館で大規模な回顧展「池田龍雄──アヴァンギャルドの軌跡」を催しましたが、それがいま川崎市岡本太郎美術館に巡回していて、これから福岡県立美術館などを巡回します。秋山祐徳太子も新宿のAISHO MIURA ARTSで都知事選の選挙活動を記録したポスターや映像のほかに新作のブリキ彫刻《ダリコ仏》を発表しましたし(「高貴骨走」展)、中村宏も練馬区立美術館の個展でこれまであまり発表することのなかった模型を発表したりインスタレーションに挑戦するなどして、さらに評価を高めました(「タブロオ・マシン[図画機械]中村宏の絵画と模型」)。赤瀬川原平が横浜市市民ギャラリーあざみ野で、会場の周辺で撮影した写真を含んだ展覧会(「散歩の収穫+横浜市所蔵カメラ・写真コレクション」展)を催しましたが、“老人力”なのか“高貴高齢者”なのか、ご高齢になりつつもいまだ現役の作家の活動が深く印象に残りました。
それから、美術史の地道な研究によって大きな成果を残した展覧会がいくつかあります。一番大きなトピックとしては千葉市美術館で行なわれた田中一村の展覧会「田中一村──新たなる全貌」です。田中一村といえば、これまでは奄美時代の作品が代名詞のように語られてきましたが、それ以前の千葉時代の作品や資料が今回の展覧会のための調査でたくさん発掘されました。南画の習得から写生への転向、そして日本画を基本にしながら洋画的な手法に取り組むなど、一村の画風がありとあらゆる試行錯誤によって確立されたことを実証する画期的な展覧会でした。さらに、この展覧会について村上隆がTwitterでつぶやいたことで多くの来場者が会場に押し寄せたというおもしろい現象もあったようです★1。これまでの展覧会は美術愛好家や一村の固定ファンが楽しむかたちでしたが、Twitterといった新しいメディアを経由することで、一村の名前すら聞いたことがなかった人たちが、いきなり展覧会を訪れるという今回の現象は、2010年ならではの出来事だったと言えます。
田中一村のほかにも、たとえば川崎市岡本太郎美術館で行なわれた鴨居羊子という下着デザイナーの展覧会「前衛下着道──鴨居羊子とその時代」もありました。この作家は、日本ではじめてナイロン製の下着を開発した人ですが、細江英公などとともに1960年代のアートシーン、アングラシーンに深く関わっていた人で、絵画や映画、エッセイなど、いろんな表現を手掛けていました。今回の展覧会では、下着デザインの下図に加え、大量の絵画作品などがまとめて発表され、鴨居羊子の全貌を知るたいへん貴重な機会でした。
村田真──いまの話と重なるところで言うと、やはりご老人の活躍には注目しました。「R70展」のほかにも、80歳以上で、草間彌生(Arts Towada、あいちトリエンナーレ2010ほか)や朝倉摂の回顧展「アバンギャルド少女」(BankART1929)、3331 Arts Chiyodaでやった佐々木耕成の展覧会「全肯定/OK. PERFECT. YES.」、それから横浜市民ギャラリーでは26歳の赤羽史亮と89歳の石山朔の2人展「描く──手と眼の快楽」などが印象に残っています。「R70展」の出展作家は、1960年代からいまでも活躍していますが、佐々木耕成や石山朔は、再デビューともいえます。それほど注目されていなかった人たちが歳を重ね、年月を経て注目されるのはちょっとおもしろい現象です。
それから、今年のトピックとしてはやはり瀬戸内国際芸術祭2010とあいちトリエンナーレが大きかった。「瀬戸内」が過疎地の島々を船で巡るという旅情をそそる展覧会だとしたら、「あいち」は大都市のど真ん中の美術館や空きビルを舞台にした展覧会という対照的な設定でした。「瀬戸内」のほうは、先行する越後妻有アートトリエンナーレや昨年の新潟市での「水と土の芸術祭」と総合ディレクターが同じ北川フラムさんということもあって、参加アーティストもずいぶん重なっていて、自然との対話や住人との恊働を重視する傾向が強かったのに対し、「あいち」のほうは作品本位で選ばれていて、アートの現在を見せつけられたような気がします。それぞれのおもしろさとつまらなさがあったと思いますが、個々の作品もさることながら特に注目すべきは、入場者/動員数ですね。「瀬戸内」はなんと93万人というから驚きです。もちろんダブルカウントしているんでしょうけど、おそらく30万人以上は実際に行っているはずなので、すごい数です。「あいち」も約57万人ということで、過去3回の集客が20〜30万人で推移してきた横浜トリエンナーレよりもずっと多いわけです。こうした国際展の人気に加え、今年4月にグランドオープンした十和田市現代美術館のメディアへの露出度も含めて、展覧会や美術館が観光化される「アートツーリズム」が定着してきたなという気がしました。それが今年の大きな特徴です。
美術館に注目すると、今年の4月にオープンした三菱一号館美術館は、1回目の展覧会は「マネとモダン・パリ」でしたが、2回目は「三菱が夢見た美術館──岩崎家と三菱ゆかりのコレクション」でした。これは三菱の関係企業や岩崎家のコレクションを見せるという展覧会で、ようするにパトロンとしての三菱に焦点をあてたものです。同時期に根津美術館では、2009年に新館が完成してから続く「新創記念特別展」の一環として、「コレクター根津嘉一郎」にスポットを当てた展覧会が開かれました。それから、国立西洋美術館では、同館のコレクションに深い影響を与えたイギリス人の画家の展覧会「フランク・ブラングィン──伝説の英国人画家 松方コレクション誕生の物語」がありました。このように、戦後の美術のパトロン、美術館の成り立ちを考えさせられる企画が重なったのも今年のひとつの特徴と言えます。それはいまの、とりわけ公立美術館の厳しい運営状況を逆照射するものともとらえられます。
福住──オルタナティヴなアートセンターが公立美術館の役割を代行しているようなところがありますね。たとえば、村田さんの指摘と重なりますが、「ジャックの会」という前衛美術のグループを率いていた佐々木耕成を掘り起こして再評価の機会をつくった3331 Arts Chiyodaとか、昨年の原口典之の個展に続き(「原口典之展──社会と物質」)、朝倉摂の本格的な回顧展「朝倉摂展──アバンギャルド少女」を企画したBankART1929とか。本来は公立美術館がやるべき仕事を、オルタナティヴなアートセンターがきっちり補って、辛うじて歴史化の作業を推し進めている。逆にいえば、それだけ公立美術館の体力が衰えているということでもあるわけですが。