会期:2024/04/23
会場:GAKU[東京都]
公式サイト:https://normalscreen.org/events/lebanonprism

2023年11月7日、「愛の名のもとに」と書かれたレインボーフラッグを瓦礫の上で掲げたイスラエル占領軍兵士の画像が「ガザで初めて掲げられたレインボーフラッグ」との言葉とともにイスラエルの公式Xアカウントから投稿された。あからさまなイメージ戦略=プロパガンダ。こうしたピンクウォッシング(ここではイスラエルがパレスチナの占領などによるネガティブなイメージを払拭し民主的な国であることを喧伝するためにゲイフレンドリーであることを謳うイメージ戦略を指す)への抵抗として、アラブ系のクィアの声を聞くための場を設けようと企画されたのが短編映画の上映とトークによるイベント「レバノン*プリズム*ナイト」だ。主催したのは「主に性的マイノリティの人々の経験をとらえた実験的な映像作品を新旧/地域を問わず上映、配信」してきたNORMAL SCREENと「ジェンダー/セクシュアリティ/人種/年齢などに関わらず、様々な人が安心して楽しめるセイファースペースを参加者とともにつくりあげていくことを目指し」「クィア&フェミをメインテーマとする、東京のDJパーティー」WAIFU。今回のイベントでは「パレスチナと隣国で歴史的にも繋がりの多いレバノンに焦点を絞り」、約30分のドキュメンタリー1本と、レバノン系フランス人映画作家ハーディー・ムーサッリー(HADI MOUSSALLY)による短編映像3作品を上映。上映後には来日中のハーディーと観客とのQ&Aを交えたトークも実施された。

NORMAL SCREENによれば、そもそもこのイベントはパレスチナのクィアの声を届けたいという思いから企画されたのだという。だが、パレスチナのクィアを描いた映画/映像作品を探してみても、見つかるのはパレスチナで迫害されているクィアな人々をイスラエルが救っているというような物語ばかりだった。ピンクウォッシングが物語の簒奪でもあることを如実に示す挿話だ。

マイケル・コリンズ監督『ベイルートは今日も鮮やかな夢をみる』(2021)より[Photo: Jamal Saidi]

最初に上映されたのは『ベイルートは今日も鮮やかな夢をみる』(原題:BEIRUT DREAMS IN COLOR/監督:マイケル・コリンズ/日本語字幕:佐藤まな)。2017年、中東最大のバンドであるマシュルーウ・レイラーはエジプトのカイロでコンサートを開催し、3万5千人もの聴衆を集めた。マシュルーウ・レイラーのリード・シンガーであるハーメド・スィンノーはオープンリー・ゲイとして活動していて「アラブ世界でもっとも著名なゲイのミュージシャン」とも言われている。だが、コンサートで巨大なレインボーフラッグを掲げるファンの映像がSNSやニュースを通して拡散されるとバッシングが加熱。エジプトでは合意のうえでの同性愛関係は違法ではないにもかかわらず、100人とも言われる多数のファンが逮捕される事態となった。レズビアンでクィアの活動家サーラ・へガーズィーもそのひとり。逮捕され3カ月もの間拘留された彼女は後にカナダへと亡命するが、その後も拘留時の拷問によるPTSDに苦しみ、2020年6月に自死している。ドキュメンタリーはマシュルーウ・レイラーとそのファン、そしてサーラをはじめとする活動家たちの軌跡を10年以上にわたって追ったものだ。

マイケル・コリンズ監督『ベイルートは今日も鮮やかな夢をみる』(2021)より[©ThoughtfulRobot]

ドキュメンタリーの主な舞台のひとつとなっているのがレバノンの首都ベイルート。レバノンでは「自然の秩序に反する性行為」を禁止する条文が1920年からのフランス委任統治下より存在しており、1943年のレバノン独立宣言以降は刑法第534条として同性愛を取り締まる根拠とされてきた。第534条は現在も存続しているものの、2018年には同性間の合意に基づく性行為は違法ではないとする判決が下されている。クィア・コミュニティによる活動も盛んなベイルートはアラブ世界のLGBTQの首都とも呼ばれるが、2020年に港で起きた爆発事故(それは30万人もの人々が住む家をなくすほど大規模なものだった)によって壊滅的な打撃を受け、コミュニティはいまだ再建の途にある。

私はこれらの情報をこのドキュメンタリーと会場で配布された資料から知った。イスラエルのピンクウォッシングについて知ってはいても、中東のクィアとそのコミュニティが具体的にどのような状況に置かれているかについては知らなかったのである。我が身の無知を恥じるばかりだが、だからこそ、ピンクウォッシングへの抵抗として、中東のクィアの物語を伝えるこのようなイベントには大きな意味がある。

マイケル・コリンズ監督『ベイルートは今日も鮮やかな夢をみる』(2021)より[©ThoughtfulRobot]

同時上映されたハーディーの短編作品(日本語字幕:秋田祥)のうち『帽子』(2022)は、ハーディーがフランスで体験する二重の差別──それはまずはアラブ系の見た目とクィアな装いという外見によって引き起こされる──を浮かび上がらせるような映像作品。出かける前の身支度を映したような映像に差別的なニュースの音声とそれへのコメントを重ねたつくりはシンプルだが、それだけに観るものに問いをストレートに投げかける強さをもっている。中東のクィアを取り巻く問題を俯瞰して映すかのような『ベイルートは今日も鮮やかな夢をみる』と、アラブ系クィアの視点からフランス社会を切り取る『帽子』。こうして複数の短編映像を上映するプログラムは、単一の視点では見落としてしまうものがあるということを観客に体感させ、さらにその映像が誰の視点を反映したものなのかということを意識させるという点において、ピンクウォッシングへの抗いとして大きな意義をもっている。

ハーディー・ムーサッリー監督『帽子』(2022)より

ハーディー・ムーサッリー監督『帽子』(2022)より

ハーディー・ムーサッリー監督『帽子』(2022)より

さて、一方でハーディーの作品のなかには短いながらもクィアな映像作品としての魅力に溢れたものもあった。『ベリーダンス・ヴォーグ』(2020)は幼きハーディーの誕生日を祝う家族の様子を捉えたVHSの映像と、コロナ禍で外出に制限が課されるなか独り自らの誕生日を祝うハーディーを映した映像とをリミックスした映像作品。ウェディングドレスを思わせる白い装束に身を包み、しかし髭が顎を覆う明らかにクィアなハーディーの姿が、幼き日のハーディーの姿と、そして父母の姿と重なり合い、現在の孤独は過去の団欒と溶け合い等価なものとなっていく。見出されるのは直線的な時間を撹乱する、クィアな時間の力強さだ。ここに登場したサルマー・ザホールというハーディーのもうひとつのペルソナはもう1本の映像作品『男の華』(2023)に再び登場することになるだろう。

ハーディー・ムーサッリー監督『ベリーダンス・ヴォーグ』(2020)より

ハーディー・ムーサッリー監督『ベリーダンス・ヴォーグ』(2020)より

ハーディー・ムーサッリー監督『男の華』(2023)より

大きな物語に回収されるものではない、個々のクィアの小さな営みをこのようなかたちで掬い上げていくこと。それもまたピンクウォッシングへの抵抗なのだ。

鑑賞日:2024/04/23(火)