このページでは編集部のスタッフが交代で、著者とのやりとりや取材での出来事、心に留まったこと、調べ物で知ったこと、考えたことなど、つらつら書いていきます。開設から30年近い記事がすべて読めるartscape。過去の記事も掘り起こして紹介させていただきたいと思います。読者のみなさまには箸休め的な感じで楽しんでいただけると幸いです。

7月27日(土)と28日(日)、これまでの記事に関係するイベントが二つ開催された。それらはまったく違うテーマのイベントで、正直ここの欄にはおさまりきらない濃い内容。思い切ってどちらかを選択したほうがいいだろうと思うのだが、捨てきれない。いずれ、きちんとした記事としてお伝えできたらと思うが、現時点では編集味噌帖的なものとして残させていただく。

気候危機とアートセクター

登壇しているのは左が茅野恒秀さん、右がロジャー・マクドナルドさん[撮影:artscape編集部]

7月27日(土)に、気候危機とアートのシンポジウム「アートセクターはどのようにアクションを起こせるか」が東京代官山のヒルサイドプラザホールで開催された。主催は特定非営利活動法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト]

これは、2023年11月15日号で坂口千秋さんに取材していただいたGallery Climate Coalition(ギャラリー気候連合)からインスパイアされた活動の次のステップを示すものだ。実は、昨年から気候危機とアートの勉強会「Green Study Meeting」が続けられていて、5月には4回目を数えていた。これまでは10〜20数名の参加者の規模だったが、今回の定員は120名、それが開催前に予約でいっぱいになっていた。この問題に対するアート業界での関心が急速に高まっていることがわかる。

AITのロジャー・マクドナルドさん、環境社会学の茅野恒秀さん、森美術館館長/国立アートリサーチセンター長であり、CIMAM(国際美術館会議)前会長の片岡真実さん、十和田市現代美術館館長の鷲田めるろさん、Yutaka Kikutake Galleryの菊竹寛さん、ヤマト運輸株式会社(美術)コンサヴァターの相澤邦彦さんが登壇し、それぞれの立場からどんなアクションを起こせるか、事例紹介や意見交換があった。最後に小林エリカ氏の朗読パフォーマンスも行なわれた。

さて、実際にアートセクターができることって何だろう。かいつまんでここにメモしておく。

  • ・実際に組織としてどれだけのカーボン排出量があるのか把握すること(カーボン・カリキュレーター:https://galleryclimatecoalition.org/carbon-calculator/
  • ・飛行機を使って移動することを、その必然性や回数、人数など、熟慮してコントロールする
  • ・作品輸送のためのクレート(木箱)をリユースする、リサイクルする、共有する
  • ・展覧会でつくる展示台、仮設壁などをリユース、リサイクルする
  • ・作品保存のための温度湿度管理を個別の作品にとっての必要最小限にとどめる
  • ・報道や研究ではないアプローチで、この問題を喚起する

[撮影:artscape編集部]

これらは美術館などの会場側で計画できることだが、実はもっともカーボン排出量を高くしているのは美術館ではなく私たち、つまり来館者の移動で排出されるものである。さて、遠くのあの芸術祭、美術館に行くのに、何に乗っていくか。値段や時間だけではない、これからは検討事項としてもうひとつ加えて考えたい。そして、編集部としてできることについても。

また、気候危機について、いろんな分野や立場の違う人たちが一緒に話し合うことの重要性を実感した。立ち位置によって課題は異なるし、アイデアも異なる。行くことを我慢する、やることを我慢するのではなく、そこから生まれる新しいアイデアやネットワークなどポジティブになれる要素を多様な人たちと共有できるのは楽しみである。

茅野さんは語っていた。学ぶことと対話のさきに協働がある。省エネは経済的な効果があり、トレードオフではなくなる。いまできることと未来にはできるようになることを分けて考える。未来にできることを考えることは、結局は私たちがどんな社会をつくりたいのかということと直結している。未来にこうなっていて欲しいから、私たちはいまこういうことをする。それをきちんとステートメントとして伝えていくことが、研究者やエンジニアに伝わって、未来は変わっていく。これからの10年が本当に大切で、取り組みが停滞して、政治的にも経済的にも無理だということになると、社会のモラルハザードが起きる。明日からがんばろうではなく、今日から誰もが頑張れる仕組みをつくりポジティブな変化をつくること、など。

今日、さまざまな社会問題を扱う展覧会やアートイベントは多い。しかし、それがアートという非日常のフレームのなかにある敷居の低さは、日常に戻ったときには簡単にまた遠い話に逆戻りしてしまうことにもつながるのではないか。

この日会場から出たとき、私たちを待っていたのは「災害級の暑さ」だった。

民話採訪者、小野和子さんの凄み

7月28日(日)は神宮前のLAG(LIVE ART GALLERY)へ。「キュレーターズノート」に書いていただいている清水チナツさんが編集された本『あいたくて ききたくて 旅にでる』『忘れられない日本人――民話を語る人たち』の展覧会が催されていた。展覧会場には、本の装丁につかわれた志賀理江⼦さん、菊池聡太朗さんの作品が壁面に展示されている。目をひくのは、中央のテーブルにあった宮城県の地図。この本の著者、民話採訪者の⼩野和⼦さんが訪ねた村落を印した赤い点で埋め尽くされている。そして、民話の語り手たち、いまはもういないお婆さん、お爺さんたちの古い写真。取材ノート、出版された民話の記録集、小野さんの書斎机を再現したコーナーもあった。

展示風景[撮影:artscape編集部]

展示風景[撮影:artscape編集部]

この日は⼩野さんが民話を聴く現場をとらえたドキュメンタリー映画『うたうひと』の上映と映画を監督した濱口竜介さん、清水チナツさん、アーティストの吉國元さんのトークが開催された。

本を読めば、小野さんが尋常ではない「聞き手」であることがわかる。小野さんはどんなふうに語り手と接するのか。その映画は意外な方法で撮られていた。

語り手の正面に聞き手はおらず、カメラを設置して、語り手はカメラに向かって話している。聞いている小野さんの正面にいるのは語り手ではなくカメラ。濱口さんは、震災後にたくさんのカメラが入って被災者の言葉や身体を撮影する、そこに発生する暴力性、映像の演出がどうしても持ってしまう「作為」を避ける方法を模索したという。濱口さんがとった手段はフィクションを撮る方法で現実を撮ることだった。あらかじめ「これは虚構である」と仕切ることが被災者を守ることになると考えたそうだ。(この映画は濱口さんと酒井耕さんによる東北記録映画三部作の最終部で2013年に公開された。https://silentvoice.jp/utauhito/)この三部作の撮影と編集方法については、高嶋慈さんが2017年のレビューで考察されているので、その記事をぜひ参照していただきたい。

本だけではなく、映像でも残しておきたい。小野さんがそう望まれたわけは映画を見れば一目瞭然。タイトルがなぜ『かたるひと』ではなく『うたうひと』なのか。民話はまさにうたうように語られていた。

本を読んで熱い感想を送ったという吉國さんが、清水さんと濱口さんが知る小野さんという特異な聞き手の人間性に迫っていく。

小野さんが出会い、語る人が見せる一面はその人のなかのほんの一面でしかない。しかし、それはその人が小野さんに見せたい「いい面」なのだ。それだけで、人と人は出会うことができるのか。信じることができるのか。自分はこういう人間なのだと思われたい、本当はこうありたいのだという未来の自分に踏みこむような姿をおろそかにはできない。小野さんは全面的にその人をありがたく受け入れる。聞くとは古い自分を打ち捨てていくこと、自分自身を変革すること。この言葉の実践が小野さんという人間の根底にある。

小野さんを多くの人が畏敬するのはなぜか。あの上品で深い眼差しの奥に、語り手がもつ「切れば血が吹き上がる切実な現実」を見とおす目がある。民話のなかに潜んだ冷たく鋭く尖った刃が心の一番深いところにときには優しく、ときには残酷に触れる。生きることの厳しさとそれを耐え抜く強さ、東北の山村の年老いた人たちの体のなかにそれを支える知性・文化があることをこの二つの本は教えてくれる。『あいたくて ききたくて 旅にでる』は、立ち上げたばかりの小さな出版社PUMPQUAKESが出した最初の本で、著者も一般に名の知れ渡った人というわけでもない。しかし、独立系書店を中心にひろがり、いまでは5刷、10,000部を超えたという。いま、三作目を準備中だそうだ。


二つのイベントはまったく異なるテーマだと最初は思っていたけれど、振り返ってみると共通項があった。未来の自分を、未来の社会を思い浮かべて、差し出すこと、受け取ることの大切さだった。そしてそれが未来を変えていくのだ。


最後に、「キュレーターズノート」の執筆陣に加わっていただいた島根県立石見美術館の廣田理沙さんのことについて少しふれておきたい。廣田さんはファッションが専門で、企画された展覧会が全国を巡回しているので、島根以外の地域でご覧になった方も多いのではないだろうか。また、美術館は劇場と併設されていて「グラントワ」の名前で知られている。建築は内藤廣さんの設計で、昨年大々的な内藤廣展が開催されたことも記憶に新しい。このようなちょっと変わった美術館に務める廣田さん。これからのお仕事についてさらに注目していきたいと思う。(F)

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